第30話 試練ノ塔の意味
「本題は中で話すとしよう」
月守さんと共に屋敷の中に入る。
和風屋敷は珍しいモノがあり、実際目にしたのは人生でも初めての事である。
都内に和風の建物がまだ残っていると噂には聞いていたが、それは俺にとってあくまで教科書の中の世界であった。
長い廊下を通り、茶の間と呼ばれる場所に着くと、大きな木が描かれている和風絵が飾られていた。
テーブルの前に並んだ座布団に座ると、透き通った緑色のお茶が運ばれてくる。
口の中に広がるお茶は今まで飲んだ事もない甘く深い味わいのモノだった。
「さて、本題に入るとしよう。今日君達に来てもらったのには理由がある。まず、東京を覆っている結界は完璧なモノではない」
「!?」
「世界で唯一生き残っている人間は日本しかいない。それと同じく国民にその事実を伝えていないのだ」
不安はやがて恐怖を生み、恐怖が広がると国内に大きな混乱が起きることになる。
きっと、それを案じての事だろう。
「どうしてそれほど大事な事を俺達に?」
「まもなく始まるであろう絶望のためだ。他の誰でもなく『試練ノ塔』を突破した君にしか世界を救えないからだ」
試練ノ塔を突破という言葉に、一瞬身構えてしまう。
俺が塔を突破したとは誰にも話していない。
「驚くのも無理はないだろう。その理由というのも――――君を『試練ノ塔』に送ったのが他でもないわしだからだ」
「っ!?」
少なくとも最強天能を持つ俺達を試練に送った人がいるとは思っていたけど、帰って来てからそこから目をそらしていたのは事実だ。
月守さんの言葉に一気に現実に引き戻される。
「試練ノ塔で何があったかは分からないが、あの塔を突破できるのがたった一人である事は事前に知っておった」
「!? どうしてそれを黙っていたのですか!」
「それが
「条件!?」
「世界が女神によって崩壊の一途をたどる中、わしらに力を貸してくれる存在が現れた。それが最強天能を齎した存在であり、試練ノ塔を齎した存在だ」
試練ノ塔を齎した存在という言葉を聞くと、試練の最後に天の向こうから現れた巨大な顔が思い浮かぶ。
彼女もまた救済の力だと言っていたし、たった一人だけだとも言っていた。
「世界を覆っているのは――――女神による眷属達だ。我々はそれを魔物と名付けているが、言葉を変えれば神獣とも言えるだろう。その中でも高い知能を持ち、エリアを占拠するSランク魔物――――通称魔王達の侵略も時間の問題となっている。十年前。たった一体の魔王によって多くの被害が起きた。水落夫妻や天王寺夫妻もまたあの時に命をかけて君達を守った」
十年前の悲劇。
俺達だけでなく凪咲の両親もまた命をかけて日本を守った悲劇。
「あの時、ここを守れたのは紛れもなく多くの力を持つ人達によるものだ。だがそれも次回はないに等しかった。それくらい多くの能力者があの戦いで命を散らしたのだ。そこで我々はとある存在と契約を結び――――最強天能を
試練ノ塔での出来事は俺にとってもっとも辛い事だった。
彼らに踏みつけられるよりも、死なない体だからこそ死ぬ事よりも…………ここに、七海の隣に帰って来れないかも知れないという恐怖が最も大きかった。
両親を失ってから俺達兄妹だけで生きて来たからこそ、七海を置いて死にたくないと必死になっていた。
そう思うと、目の前の男を殴り付けたいとさえ思えるくらい心の奥から怒りが込みあがってくる。
その時、月守さんが頭を深々と下げる。
「本当にすまなかった。できるなら君達に辛い思いをさせたくはなかった。だがわしでは日本を守る事ができなかった。言い訳に聞こえるかも知れないが、わしがやれたらわしが代わりたいと願っていたがそうもいかなかったのが現状だ…………だから、我々に力を貸してもらいたい。頼む」
隣の彩姫さんも深々と頭を下げる。
拳を握りしめて眺めていると、七海が拳を包んで来た。
「にぃ。私も許せない。でも……失くしたのは私達だけじゃないから。守れる力があるなら私は守るべきだと思う」
「七海!?」
「私はにぃを守りたいから力を欲したの。それで力を手に入れて、でもまだまだ弱くて……でも少しずつ強くなってナギ姉の戦いも見て思ったの。強くなってお父さんお母さんのように子供達を守りたいって。まだ外を自由に走った事もない子供達のためにって」
試練ノ塔から帰って来て久々に会った七海は、俺が思っていたよりも一回りも二回りも大人になっていた。
いつまでも可愛い守ってあげなくてはならない妹ではなくなったと、少しだけ寂しく思う。
「月守さん。分かりました。ただ俺は俺のやりたいように世界を守ると決めています。軍の言いなりになって自由を奪われるつもりはありません」
「それはわしが確約しよう。そこでわしから一つ提案がある」
そして、月守さんは想像もできない言葉を口にした。
「わしの娘を貰ってはくれないだろうか?」
一瞬、言葉の意味が分からず、間抜けな顔になった。
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