第25話 凪咲の剣

 凪咲がうちに来て三日経過した。


 毎日一緒に登校して授業を受けて帰って来ては食事を食べる。


 そして、その日も夕飯を食べている最中の事だった。


 凪咲のところから勢いよく愉快な音楽が流れる。


 いつもはクールな表情を浮かべている彼女だが、血相を変えてポケットからスマホを取り出して受け取った。


「凪咲です」


 表情だけで只事じゃないのが分かる。


 俺も妹も彼女に注目する。


「Dね。急行するわ」


 そう話した彼女はスマホをしまい込んで、俺達を見つめて「緊急仕事で出て来る」と話した。


「それなら俺も一緒に行こう」


「えっ!?」


「この前みたいに大型蛙が出てきたら困るからな」


「…………いいの?」


「もちろんだ。七海。すまないが待っていてくれるか?」


「っ……分かった。二人とも絶対に帰って来てね」


 不安そうな妹の頭を撫でてあげると、隣から凪咲も一緒に頭を撫でてあげる。


 愛でられる可愛らしい子猫のように目を閉じて堪能する妹が可愛らしい。


 俺達は家を後にした。




「凪咲。すまん」


 俺はいくら走っても疲れる事がないので、凪咲をお姫様抱っこして走り始める。


 一瞬だけ驚いていたけど、緊急時のためか、素直に受け入れてくれた。


 彼女が指差す方向に全力疾走で向かう。


 結城先生の魔法を避けるために全力疾走を続けていたので、走り方も慣れてきた。


「蒼空くんって疲れないんだよね?」


「ああ。息一つ変わらないだろう?」


「そうね。こんなに早く走ってるのに……それに、私を持ち上げても速度が落ちないのも不思議」


「凪咲は軽いからな。普段ちゃんと食べているのか?」


「ふふっ。七海ちゃんのご飯が美味しすぎて太るかもね。あ、あそこを右ね」


「分かった」


 続いている道を右に曲がっていく。


 建物が続いていた景色から雰囲気が変わり大きな軍用建物が続く。


 敷地の中に入って彼女の指示通りに走っていくと、とある倉庫の前に着いた。


「こっちこっち!」


 こちらに向かって手を振るのは、藤原くんだ。


 彼は軍用車両の助手席に乗っていて、後部座席が空いていたので、急いで俺と凪咲は乗り込む。


「おまたせ!」


「めちゃくちゃ早くない!?」


「蒼空くんが頑張ってくれたから! それよりも急ごう!」


「出発するぞ!」


 運転席には初めてみる人がいて、そう話した直後に車が勢いよく走り出した。


 さすがに走るよりずっと早いか……。


「相手は恐らくAランク魔物だと思われる。大きなトカゲだと連絡が届いたけど、相当大きな被害が出たみたい」


「っ…………」


 凪咲が悔しそうに拳を握りしめる。


 これ以上被害が出る前に止めたい。


 すっかり暗くなった夜だが、空の星々の明かりが眩しく、まん丸い月が照らす中、地平線の向こうに真っ赤に燃える色が立ち上っていた。


 時々大きな炎が跳ね上がったりと、戦いの激しさを物語っていた。


 全速力で走り、やがて巨大なトカゲが見え始めた。


「最初は俺が出る。様子を見ながら攻略していこう。特に凪咲」


「えっ!?」


「焦らなくても大丈夫だ。焦ったら終わりだから、落ち着いていこう」


「わ、分かった……」


 車が勢いよくドリフトしながら止まる。


 すぐに飛び出して巨大トカゲの前に出て、大盾を展開した。


「止めるのは任せてください!」


「!? か、かたじけない!」


 トカゲの前脚が俺の大盾に直撃すると重苦しい音が響く。


 ダメージはないし、大盾に当たっても怯む事はないが、音で攻撃の重さが判断できる。


 試練ノ塔で戦った相手程ではないけど、前回戦った大型蛙に匹敵する重さがある。


 あの時は全身で踏みつぶされての重さなのを鑑みれば、トカゲがどれだけ強いのかが分かる。


 大盾を発動させたまま、体当たりを当てて巨大トカゲを吹き飛ばす。


 全長10メートルくらいはありそうな巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられ土煙を上げながら轟音が鳴り響いた。


「今です! 遠距離攻撃を!」


 俺の合図と共に、後方から魔法攻撃や銃撃が始まる。


 空を埋め尽くす色鮮やかな光が一斉に巨大トカゲに集まり、大きな爆発を起こした。


「蒼空くん!」


「凪咲。恐らくこれだけでは倒れない気がする」


「分かった。蒼空くんの盾って、味方の攻撃なら通せるんだよね?」


「ああ。俺が味方だと思った相手なら前後ろ関係なく通る」


「うん……! これならいけるかな。もしあれで倒せなかったら私に任せてね」


「分かった」


 俺の隣に立つ凪咲。


 毅然とした態度で爆炎を見つめる彼女は、どこかこの世界ではない人のような神秘的な美しさを灯していた。


 その時、爆炎の中から全身がボロボロにはなったものの、まだまだ元気な巨大トカゲが咆哮をあげながら、こちらに向かって走ってきた。


 大盾の展開時間ぎりぎりだが、まだ十数秒残っているし、もしもの時は『シールドバッシュ』も残っている。


 巨大トカゲが頭から大盾に突っ込んできた。


 もちろん、大盾はピクリともせず、巨大トカゲは自重の速度からいかつい顔が半透明な大盾を通して目の前に広がる。


 普通ならば、誰でも恐怖する場面。


 でも隣から感じられる――――圧倒的な気配に、全ての恐怖が消えていく。


 真っ赤な髪が小さくなびいている凪咲は、刀を突く構えをして全身から凄まじい力の気配を放っていた。





絶対・・切断。奥義『一絶刺突いちぜつしとつ





 彼女が右手に持っていた刀が前に突かれると共に、凄まじい突撃が放たれて巨大トカゲの顔から中心部を貫き、大きな穴が開いた。


 そして、その場で倒れ込む彼女を抱きかかえた。

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