第4話 無能の挑戦
俺に向かって勝ち誇った笑みを浮かべたみんなは、眩い光に包まれた。
女神の選択肢によって、ここから生き残れた者達だ。
目の前で今すぐ帰れる切符があるのに、俺にはそれを手に取る権利すらなかったらしい。
でもなぜか悔しい気持ちはなかった。
妹に会えないという事実は悲しい。でも誰も目の前で死なずに済むのが、どうしてか嬉しいとさえ思えてしまった。
光が消え、周囲を漂っていた力も消え去り、女神の形を彩っていた光の残滓も跡かたなく消えていた。
誰もいなくなった空間に一人だけ取り残された。
ひとまず、その場に倒れるように大の字で横たわる。
そういや、空を見るのは久しぶりだな。
ここに来てからというモノ、生き残りたい一心で余裕もなく、必死に前しか向いてなかった。
たまには空を見上げてゆっくり時間を感じるのも良い。
俺の両親は『挑戦者』だった。
数百年前の日本は、全国至る場所に人が住んでいたそうだ。
しかし、魔物が溢れるようになって日本は東京という街を除いて、全て魔物に呑まれてしまった。
それから数百年間東京に張られている結界は破れることなく、魔物の襲撃を受けずに生き残れた。
しかし、一つ重大な問題が起きる。
食糧問題と住処問題だ。
まず、食糧問題は魔物の肉を食べるようになり、何とかクリアできて無理なく生きれるようになった。
しかし、住処問題は簡単に解決できなかった。
日本だけでなく、各国も重要都市に追いやられ、街を守るだけで精一杯だと聞く。
そんな各国は、住処を伸ばすべく、追いやられた土地を奪い返すために動き始めた。
そこで生まれたのが『挑戦者』と『守護者』である。
本拠地である東京は結界で守られているが、その中で住めない人達もいる。
彼らが住んでいるのは東京の周辺の土地だ。
その土地は常に魔物に晒されているが、東京付近は比較的安全だと言われていて、大きな災害は訪れない。
そんな土地を守っている人達を『守護者』と呼び、奪われた土地を攻略して土地を広げる人達を『挑戦者』と呼んでいる。
どちらも大切な存在だが、強い力を持つ天能持ちはどちらかに属する責任があったりする。
うちの両親もまさにそうだったのだが、能力の特性上、守護者よりも挑戦者寄りの天能だったため、挑戦者となった両親は討伐戦に参加してその命を落とした。
だから俺の肉親は妹しか残っていない。
挑戦者として命を落とした両親だが、俺は誇りに思っている。
増える人の命を守るためにエリアを攻略する挑戦者となった両親。人類のために戦った両親だからこそ、誇りだ。
そんな尊敬する両親が付けてくれた名前が――――蒼空という名前だ。
どこまでも果てしない青色の空。
そんな広い人間になって欲しいと付けてくれた名前だ。
こうして空を見上げていると、試練ノ塔の中も広い青空なんだな。
雨が降る事もないし、曇った事もないからずっと青空なのか?
雲一つない空をただただ眺める。
お腹からぐ~って音がなって空腹を訴えた。
仕方ないと言えば仕方がない。
でもここで腐っていても結果は変わらないから、これからの事を悩むことにする。
俺がその場を立ち上がり、周辺を見回した。
その時、床に落ちていた――――真っ白い牙を見つけた。
これは…………ブラックドラゴンを倒して手に入れた牙だ。
リーダーである清野が持っていたはずなのに、どうやら外には持ち出せずに落として行ったらしい。
握ってみると、ブラックドラゴンの力強い気配を感じる。
その時、自分の中で一つ疑問が浮かんだ。
もしこの牙で魔物を刺せば、倒せるんじゃないだろうか?
俺の手に握られている牙から伝わる力が、それが可能かも知れないと訴えていた。
気づけば、俺は牙を二つ、それぞれ両手に持ち、走り出していた。
ここまで来た道を逆戻りしていく。
清野が倒した魔物は、ボス魔物以外は全部時間で復活するようになっている。
数十分走って戻った場所に復活した虎の魔物が見えた。
俺の天能が特殊な理由の一つに、身体に関する絶対的な効果がある。
例えば、傷がつかないという漠然とした答えだと分かりにくいが、いくら空腹を感じて食事を取らなくても死なない。
痛みや空腹は感じるが、俺の身体が空腹で弱る事はない。
つまり、身体が何かしらで弱る事がないので、どこまで走っても疲れる事はない。
今までならパーティーで動いてたから役に立たなかった力だが、今ならとんでもない力だと分かる。
俺は真っすぐ虎に向かって走り込む。
こちらに噛みつく虎を左腕で
噛まれた左腕に激痛が走る。
しかし、すでに慣れた激痛でもある。
俺は残った右手で虎の頭を目掛けて牙を刺しこんだ。
肉を抉る生々しい音が周囲に響いて、右手に持つ牙が虎の頭部を貫通した。
――【魔物『ガランドタイガー』を倒して、貢献度100%のため、全ての経験値を獲得しました。】
全ての経験値を獲得したという、人生初めてのアナウンスが頭に響く。
左腕に感じていた痛みを忘れるくらい嬉しくて思わず両手を空高く突き上げた。
「よっしゃあああああああああ!」
絶望の中にも希望はある。
それが俺が見出したこの絶望に抗う一筋の光だった。
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