第3話 選択肢

 ブラックドラゴンを倒してから三日後。


 まだ傷だらけだが、ようやく立ち上がれるくらいには回復したみんなと共に、攻略を続ける事にした。


 そもそも普段から俺と清野さえいれば、進められたのだ。


 できるなら、ブラックドラゴンで最後であると嬉しいと願う。


 ブラックドラゴンが佇んでいた場所から先に続く道を歩いていく。


 以前よりも格段に落ちた速度だが、俺達は一歩ずつ歩き続けた。


 その間も当たり前のように魔物が現れては、俺が体当たりで魔物を怯ませている間に清野が魔法でとどめを刺す。それを繰り返しながら道を進んだ。


 ブラックドラゴン戦以降、清野の魔法はもっと強力になり、彼が話していたところによると、魔法を使うために必要な魔力の量も格段に上昇したという。


 俺達の支配していた絶望を救うかのような唯一の希望であった。


 あれからパーティーメンバーの会話も激減して、清野ですら物静かになり、俺達はただひたすらに続いている道を進んだ。


 塔というからには上を目指すのが普通だと思ったけど、この『試練ノ塔』は上に上がる道はなく、ただひたすらに前に続いている道を進み続けるしかなかった。


 そして、俺達はようやく――――不思議な祭壇の部分に到着した。




「祭壇?」


「道が丁度ここで終わっている。もしかしたら最後の場所かも知れない!」


 俺の予想にみんなが嬉しそうに笑みを浮かべた。


 絶望に染まっていたからこそ、ここが最後かも知れないという現実が嬉しいのだろう。


 俺も心の底から今までの痛みを味わわなくてもいいと思うと、込みあがってくるものがある。


「祭壇に手をかざすようだけど、どうする?」


「…………水落。お前が先にいけ」


「いいのか?」


「ああ。もしかしたら何かの罠かも知れない。それなら唯一傷を負わないお前が適任だろう」


「分かった。俺が先にいく」


 痛い目に遭うのはもう嫌だ。でも傷を負わないのは本当の事で、彼らの痛々しい姿を見れば、今の俺は健康に生きている。


 痛みを感じるのは一瞬で、戦いが終われば痛みはすぐに消えていく。


 激しい痛みは少し続く場合もあるが、それもいずれ回復して、痛みはなくなる。


「じゃあ、先にいくよ」


 俺は恐る恐る祭壇に右手をかざした。


 俺達の周囲に眩い光が広がっていき、やがて一か所に集まり、大きな人の形を成し始めた。


 完成した光の群れは――――女神の姿に酷似した形を灯していた。


【汝ら、希望の戦士達。全員がこの場に来れた事を嬉しく思う】


「っ!? 女神なのか!?」


【いかにも。我が女神と呼ばれている存在である】


 その答えに思わず、拳を握りしめる。


 すべての――――元凶が目の前にいる。


 女神のふざけた設定さえなければ、俺がここまで苦しむ必要はなかったはずだ。


 でもどうしてか…………みんなを助けられたのも、この力のおかげだと思うと怒りが消えかかっていた。


【汝らに最後の試練を与える】


「最後!?」


【汝らがここに来るまで、最も貢献した者に選択を与える】


 すると光の一部が飛んで来て――――清野の身体を覆う。


【汝、魔導ノ極に選択を与える。ここに居残った全員で最後の試練を受けるか、一人を選び残り者は助かるか、選ぶがよい】


 女神の言葉に、身体が震えた。


 ここにいる全員で最後の…………試練に立ち向かう。その選択が何を意味するのか分かっているからだ。


「め、女神よ! 最後の試練とやらは、ブラックドラゴンよりも強いのか!?」


【然り。かの者よりもずっと強いだろう】


 女神の答えに全員が清野に注目する。


 生き残る道は――――


「清野くん! お願い! 私は死にたくないの! ね、ねえ! ここから出られたら望むモノなら何でもしてあげる! だからお願い!」


「待って! 私も! 何ならいまでも構わないわ! だからお願い! 私を捨てないで!」


「清野! 俺達……友達だよな?」


「清野くん! これからずっとお前の言う事は何でも聞く! 頼む! 殺さないでくれ!」


 全員が一斉に清野を囲んで許しを請うかのようにしがみついた。


 その気持ちは俺にも痛いほど分かる。


 どうしてか心が痛い。


 俺も待っている家族と会いたい。


 たった一人しか残っていない肉親の妹は、寂しがり屋で俺がいなくなれば、毎日泣いてしまうかも知れない。


 でも…………。


 俺は天能のおかげで死ぬことはない。


 もし、女神の言葉を読み取るとすれば、一人を除いてに出るモノだと思う。


 ここに残るなら――――誰よりも俺が適任だ。


 悔しくて拳を握る。


 生きるためなら何でもすると決めたのに、目の前の命と自分の絶望を比べるとどうしても命を優先したい。


 だって…………死んだらおしまいだ。


 もしかしたら、俺はここでも生き残る事ができるかも知れない。


 だからこそ、賭けに出よう。


「清野。構わない。俺を選べ」


「!?」


「俺は天能のおかげで死ぬことはない。餓死もしないし、怪我もしない。だから、もし一人だけがここに残るという選択ならば、俺が残った方がいい」


 一瞬驚いた表情だったが、すぐに目頭を押さえて震え始めた。


 しかし、


「くくくっ……くっくっ……くーははははは!」


 大きな声で笑い始める。


「ふざけるな! クソ盾の分際で俺に指図すんじゃねえ! てめぇみたいな壁しかできない雑魚なんざ、誰が助けると思ってるんだ! 当たり前な事をさも英雄みたいに自分から語ってんじゃねぇ!」


 彼の悪意が、そして生きたいと願う他のメンバー達の悪意が、俺を襲う。


「てめぇみたいな弱くてくだらないゴミに選択権なんてねぇんだよ! いちいち悟った表情でこっちを見るんじゃねぇ! てめぇに権利はただそこに立っているだけが! 元々お前に俺様・・と一緒に行ける権利なんてねぇよ!」


 そうか…………それが…………清野の本心か。


 顔が崩れる程に笑う清野は、女神に俺の名前を告げる。


「水落蒼空! こいつを選ぶ・・!」


【選択は果たされた。汝、水落蒼空には罰を、他の全員には祝福を――――】


 それが女神の最後の言葉だった。

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