第55話 幸せの階段から見下ろす日②
暫くの間、会場内は騒がしかったが、階段上にいるルイスとアリシアの表情が少しも変わっていないことを受けて、段々とその勢いを失っていった。折を見て、ルイスは特別会と称した断罪を進めていく。
「……さて、今の言葉に対する私の
一期生が緊張した顔付きで見守る中、皆の顔が二期生に注目した。演技派揃いの二期生でもさすがに不安が滲み出ていたが、4人は違う。グレイ、レイチェル、アンナ、カイルは頬を紅潮させて、興奮している様子だった。
グレイは一歩前へ出ると堂々とした様子で、
「ルイス様とアリシアほどお似合いの2人はいないと思うが……。その眼は節穴か? 原性遺伝子持ちって案外、大したことないんだな」
と煽り文句を言い会場中のヘイトをかっ攫ったが、グレイ自身はやり遂げたと誇らしげな顔を見せた。メロディアス家に向けて放った言葉は、ドワース家にも火の手が回っている。ドワース辺境伯は北方の寒冷地にいるせいで、陶器のように白くなった肌を真っ赤にして激怒した。
「そもそも、わたくしの大親友であるアリシアを呪い持ちにしたのは、メロディアス家よ。娘を欠陥品に仕立て上げておいて、何を言っているのかしら? わたくしならたとえ金を積まれても、友達は売らないわ。言葉巧みに仲違いさせるなんて、
グレイに引き続きレイチェルも口撃を決めると、「金を積まれて」という部分に引っかかりを覚えたレイチェルの父の顔が、思い切り引き攣る。当然メロディアス家にも攻撃の手は入っているが、
(2コンボ攻撃……。グレイ、レイチェル、ナイスだわ。この攻撃はきっと後からじわじわと効いてくるわね)
アリシアは達観したような眼でことの成り行きを見守る。
「あのっ……わ、私も……」
グレイやレイチェルと比べてか弱い出だしだが、アンナは別人格が乗り移ったように切り替わり、役者っぷりを魅せ付けてくる。その変わりように会場中の眼が彼女に注目した。
「アリシア様はメロディアス家に虐げられていましたわ。それを暴くために、私たちは一芝居打つことにしたのです。マリア嬢の報告が全て真実であると鵜吞みにしたヴィヴィ嬢は、おめでたい頭ですこと」
自前の手扇子をバチンと閉じて、迫力満点の演技でギロリとヴィヴィを睨めば、気の弱い貴族たちはごくりと唾を飲む。その音は階段上まで聞こえてきた。
「ま、そういうことだ。もちろん、証拠はある」
最後にカイルがそう締めくくると、それぞれ疚しいことを抱える家門の動揺が目に見えて広がった。
ローランドとリーサは受け止めきれない真実の数々に半ば我を忘れて押し黙り、ヴィヴィは報告書と目の前の光景が違うことに、怒りを抑えきれない。
「どういうことなの、マリア!! 何でお姉様の味方が4人もいるのよ! 何もできない零性が寄って
この状況を信じたくないのか、本当におめでたい頭なのかは知らないが、ヴィヴィはアリシアの味方が4人だけだと思っているようだ。ヴィヴィに問い詰められたマリアは、メロディアス家から報酬としてもらったネックレスの石を触りながら、「私は騙されただけです……」と言い訳ばかり呟いた。
埒が明かないと思ったアリシアは、よく燃える物質に火種を与えるように、言葉を付け加える。
「マリア嬢、貴女はヴィヴィがいないことを良いことに、噂に疑問を持ちながらも当たり障りのない報告を上げたわね。報酬として貰える宝石のために……」
「えっ……嘘でしょマリア!?」
マリアを見るヴィヴィの眼には不信感が表れている。
「ち、違います。私は本当に茶会で裏を取りました! 流れている噂と茶会で聞いた話は真逆で、最初は戸惑いましたけど。他の令嬢令息にもちゃんと言質を取って……ヴィヴィ嬢、信じてください」
ヴィヴィとマリアの間には、いつの間にか目には見えない大きな裂け目ができている。周りの貴族たちは「どういうことだ?」と首を傾げながら事態を見守った。
「でも、裏が取れようが言質を取ろうが、ずっと引っかかっていたのよね? 貴女は賢い犬だもの。勘もそれなりにいいから、舞踏会後も今朝も私を疑い、確認しに来た……。そこは褒めてあげましょう。けれど、その報告も一緒に上げるべきだったわね。貴女たちの間に友情があるなら……」
図星だったのかマリアの表情は強張り、喉がヒュッと鳴った。呼吸に異常をきたすほど、緊張や恐怖を与えてしまったことに申し訳なく思いながらも、
「まぁ友情のためではなく、宝石のためにマリア嬢は動いていただけだものね」
と悲し気に演技しながら、アリシアはとどめの一撃をお見舞いする。ヴィヴィとマリアの間に真の友情があったかどうかは分からないが、アリシアは声を大にして2人に問いたいことがあった。
(ねぇ、
表立って言わなくても答えは分かり切っているため、もちろん口に出して訊くことはないが。
息も絶え絶えのマリアは、か細い声で必死にヴィヴィに弁明する。
「いいえ、私はヴィヴィ嬢のために何度も確認しました。騙されたのです……」
「ふぅん、そう……。で、誰に?」
「私の勘が正しければ、二期生のほぼ全員に……」
「――はぁ?」
それはあり得ないとヴィヴィは全否定し、二期生たちが集まっている場所へ視線を移す。すると、最初は雰囲気に呑まれていた二期生たちの表情がぱっと華やぎ、次の瞬間、彼らは本性を現した。
「アリシア様、作戦は上々ですね」
「私たちも嬉しいです、見下してきた側を見下せるなんて、まさに爽快です。小説のように上手くいってホッとしていますが、まだ喜ぶのは早いですよね?」
「俺たちはルイス様とアリシア様のファンなんだよ、ヴィヴィ嬢。ちなみにファンクラブ名は『2人の幸せを見守り隊』だ」
それは知らなかったと、ぶはっ、と笑ってしまいそうになったアリシアだが、ナイスな発言だと仕草で褒め称える。和気あいあいな雰囲気が流れ、二期生が自分の意志でアリシアに協力しているのを見た他の貴族たちは、その生徒たちの鮮やかな手のひら返しに冷や汗が止まらない。あちこちで「熱いな」と汗を拭う姿が見られた。
「最初の祝杯は、ルイス様とアリシア様の勝利を祝うための乾杯だ……。父上、零性で無能な僕だって、もう不遇な環境を黙って受け入れられるほど弱くはない!」
二期生の集団の中から声が上がるのを皮切りに、次から次へと言葉が紡がれる。
「私は原性遺伝子を受け継いでいるけど、序列は爵位だけで十分よ。家族を分断するやり方は、もううんざり。魔法遺伝子の型で細かく序列を決めるのは、どうせ利権のためでしょう?」
剣よりも強いその言葉は群衆に火を付け、「そうだそうだ」と賛同する者を増やしていく。その様子を見た貴族たちの何人かは、今日の特別会の趣旨にやっと気付いたようで、顔が真っ青になっていた。
だが、これはまだ序の口だとアリシアは気を引き締める。
(私がどれだけ言葉を尽くそうと、あの人たちに届かないことは分かっていた。だから、周りを巻き込むこういうやり方を選んだのよ。外堀から少しずつ攻撃されるのってどういう気分かしら……)
もっとも、アリシアに協力している生徒たちは自身の意志で巻き込まれることを望んだ者ばかりだ。
いい具合に会場内が無数の感情で熱く滾り始めると、
「そういうことだ。後でまたその
ときっぱり言い切り、ルイスはその話題を強制的に終わらせた。
長い夜はまだ始まったばかり。まだまだ解決しなくてはいけない問題はたくさんあるのだ。気を抜けば眩暈でふら付いて、階段を転げ落ちそうな時もあるが、アリシアは深く呼吸をして精神管理に気を配る。
「ここからは仮面婚約者を演じなくてもいいな。いつも通りにことを進めていくとしよう」
「え……?」
アリシアの腰を支えるルイスの手と時々頭上から降り注ぐ謎の視線を感じ、アリシアは隣を見上げる。
(うん……? 何かしら……!?)
ルイスの表情は相変わらず整っていて、隙がない。公の場に相応しい顔付きだったが、アリシアはその違和感を拭えず、何度かルイスの方を振り向いて確認した。が、異常はなし。
愛でるような視線をたっぷりとアリシアに降り注ぐルイスの姿は、アリシアには認識できなかったが、会場中の誰もがその光景を目の当たりにしていた。
ルイスとアリシアのやり取りを見て笑みを浮かべる二期生やファンは、あたたかい眼差しを向けてそっと見守る。いつの間にか一期生の生徒たちも階段上の2人に対して憧れを持ち、胸の内に熱狂的な愛を育んでいた。ファンの爆誕である。
動揺や屈辱や怒りが静かに広がる一方で、こういう幸せの連鎖も少なからず起こっていたのだ。
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