第54話 幸せの階段から見下ろす日①

 学院の塔にぶら下がっている大鐘ベルが特別会の開催を告げると、ひんやりする夜風が一層強まった。


 準備を終えたアリシアは、開催時刻きっかりに舞踏会場に足を踏み入れる。



 選んだドレスはルイスから贈られてきたものを着用し、同じくルイスから贈られた装身具アクセサリーでさり気なく華やかさを添えたが、それらの合計金額はマリアの比ではなくなった。ルイスが贈ってきたドレスも装身具も靴も髪飾りも全て、どれも希少価値の高い宝石がふんだんに使われていて、金額として数値化するのも怖いくらいなのだ。



 ちなみに、ドレス以外はシャシャセレクトで色合いや形、素材は調和が取れている。



 歩くたびにふわりと揺れるゴールドベージュのドレスは、舞踏会の日に着れなかったもの。シャシャの計らいで結局は自室で着た訳だが、ルイスから贈られた数あるドレスの中でそれを選んだ理由は、ひとえに想い出のドレスだから(これを着てキスをした)。アリシアにとっては勝負ドレスと言える一着だ。



(舞踏会の日にも訪れた場所だけれど、全然違う会場に思えるわ。あの時はすぐに帰ってしまったから)



 ふわりひらりとアリシアが歩くたびに、会場内は感嘆の溜め息が上がった。そこへルイスが颯爽と現れて腕を差し出すと、アリシアはそのままルイスにエスコートされる。目指す先は階段の上。主催者であるルイスとアリシアは、そのままゆっくり真っ直ぐ進んだ。



 視界にはまだ初々しい一期生の顔と今日の作戦を知る二期生の生き生きとした顔がずらりと並ぶ。それから、なぜこの場に招待されたのか理解できていない生徒たちの両親と、研究機関に所属する家門が所狭しと勢揃いしていた。彼らは揃いも揃って行儀が悪く時々小声でヤジを飛ばしてくるが、可愛らしいことに、ルイスに一睨みされると竦んでしまう弱小振り。気骨のある貴族はいなかった。



 そんな中、数メートル先にいるグレイとレイチェルは、密かに合図を送ってくれている。アリシアはその合図を受け取ると、バチンと片目を瞑ってウィンクした。その合図は役者が全員揃ったこと、またその者が配置に就いたことを意味し、計画が順調であると伝えていた。



 そこからさらに奥へ進んでいくと、ローランドとリーサ、ヴィヴィの顔が見えた。



 久し振りに見るアリシアの両親の顔は人形のように冷たくて、終始何かを言いたそうに視線を投げかけてくる。ヴィヴィは早朝のことを引き摺っているのか、ルイスの後方を死守しているアレクとノイドばかりを気にしているようだった。



 何も知らず、何も気付かない愚かな妹を一瞥してから、アリシアは階段を上る。



 王宮の舞踏会場を模した造りになっているこの会場は2階席まであるが、階段上にある玉座までは備わっていない。アリシアとルイスは見晴らしのいい階段上の、本来玉座が置かれている場所まで上がった。

 


 アリシアたちが階段下を見つめると、会場内のざわめきは波が引くように静まり返る。



「特別会を設けた理由を話す前に、祝杯をあげようと思う」


 

 ルイスがそう言うと、貴族たちは「何の祝杯だ?」と訝し気に言ったが、メロディアス家は訳知り顔で頷いていた。それを見た同じ派閥の貴族たちは、まぁいいかと納得し、使用人から紅い液体の入ったグラスを受け取る。中身は葡萄酒だが、生徒たちには葡萄ジュース、そしてメロディアス家にはオースソーワケ草入りの特製ドリンクが入っているグラスが渡された。



「皆に行き渡ったようだな、では乾杯」



 氷のような笑みを貼り付けて、ルイスは声高らかに言った。



「乾杯」と叫ぶ生徒たちの明るい声と「よく分からんが、乾杯」と首を傾げて言う研究機関に所属する貴族たち。そのグラスはすぐに空になった。使用人たちがグラスを回収すると、とある伯爵が「音楽はまだか」「余興はどうした」と騒ぎ立てる。



「お待ちなさい。今夜は私たちのための特別会なのですよ。ねぇ、王太子殿下?」



 ルイスよりも先に言葉を挟んだのは、リーサだ。その言葉に背中を押されたのか、ヴィヴィはすっかりいつもの調子に戻り、発言した。



「その通りですわ。つい先日、今日の会の主役は私たちだとセバスディ様から聞きました」


「……ああ、そうだ。私の婚約者に対して意見があると思い、父王……陛下に代わり私がこの場を用意した。どんな意見でもまずは聞こう、多少の失言には眼を瞑る」



 その言葉を受けて、ローランド、リーサ、ヴィヴィの3人は階段下までやってくる。



「殿下、まずこの機会を与えてくださったこと、私から礼を申し上げたい」



 ローランドは深々と頭を下げてから面を上げたが、その顔は少しの遠慮もない。「無礼講をお許しいただけて光栄です」と堂々と言ってのける。ルイスの隣にいるアリシアにも、ローランドの表情や態度から「無礼な発言をして、この特別会を引っ搔き回してやろう」という気概を感じるほどだった。



「殿下の婚約者は、アリシアには務められません。アリシアは零性遺伝子持ちであり、禁呪指定されている呪い持ちです。王国の前例に倣い婚約を破棄するべきかと……」



 ローランドがそう言うと、会場内はどよめいた。零性という言葉に敏感に反応したのは生徒ではなく、生徒の両親や研究機関に所属する貴族たち。それがまるで禁句タブーであるかのように俯いて黙ってしまう貴族もいれば、「零性か……駄目だな」と馬鹿にする貴族もいた。それからついでのように「呪い持ちならもう救いようがない。紛れもなく欠陥品だ」と言う。



「容姿は傷一つなくても、まぁそういうことだ」と口々に結論を出した。


 そんな中、リーサは喧噪にも負けない声で言葉を付け足す。



「その代わり、アリシアの妹であるヴィヴィを殿下の婚約者として推したいと思いますわ。優秀な魔法遺伝子を持っているから、2人の子供もきっと優秀でしょう。オホホ、将来が楽しみだこと」



 そこへリーサの言葉に自信を持ったヴィヴィが衝撃の一言を発した。



「本当はあの日、私が婚約者として選ばれるはずだったんです」と。



 アリシアは思わず首をこてんと曲げた。



(――うん? いけしゃあしゃあと何を言っているのかしら、あの子は……。確かに候補には選ばれていたけれど、最終的に決めたのは陛下だわ)



 ヴィヴィの溢れんばかりの自信がどこから来るのか全く理解できないアリシアは、無表情でヴィヴィを睨んだが、その隣にいるマリアの鬱々とした表情を見て笑みを取り戻した。



(見えない振りもそれなりに見せるのも上手だとは思っていたけれど、勘もそれなりにいいのよね。マリア嬢は……)



 仮面婚約者を演じるために、ルイスからこのドレスや装身具アクセサリー等を贈られた訳ではないこと。それから、会場入りしてからちっともハプニングが起きていないこと。マリアの表情から察するに、薄々真実に気付いているのだと確信したアリシアは、ヴィヴィとマリアを交互に見遣りながら子供のように胸をときめかせる。



 ずっと傍にいた訳ではないが、1年も同じ学院にいてアリシアを観察していたマリア・ノベルタ。噂に翻弄されながらも犬としての嗅覚は鋭く、その才は今なお発揮中だ。一方、アリシアと付き合いが長い公爵夫妻とヴィヴィだが、アリシアに微塵の興味も抱いていないため、何も見えていない。



(……両親よりもずっとマリアの方が私のことを観察していると思うと、一抹の虚しさくらいは出て……いえ、これっぽっちも出てこないわね)



 アリシアは誤魔化すように咳払いする。



「ルイス様……。お姉様は人望がなく、学院生活も孤独だったと友人のマリアから聞きましたわ。やはり零性には荷が重たかったようです。だって何も成せないんですもの。ルイス様も嫌でしょう? 間違った噂を流して体裁を整え、仮面婚約者を演じるのは……」



 ヴィヴィは一呼吸吐くと、



『さぁ、ルイス様、どうぞ遠慮なくお姉様に婚約破棄を――――!』と言った。会場内にいる貴族たちの代弁者であるかのように言い放たれた言葉は、拍手喝さいを誘う。



 今夜の断罪イベントはこうして幕を開けたのだ。

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