第53話 姉妹格差と入学日(ルイスside)
他の寮が慌ただしい朝を過ごしている中、青薔薇寮だけは入学式に相応しい朝を迎えていた。最上階にあるルイスの自室で、ルイスと側近による最終チェックが行われている。3人にしては珍しく立って話をしていた。
「今夜、3人の飲み物にこれを混ぜてほしい」
ルイスはそう言うと、紅い液体の入った小瓶をノイドに渡した。その小瓶にはアリシアの魔力を吸った、オースソーワケ草を液体にしたものが入っている。それは血のように真っ赤だが毒々しさはなく、光沢のある滑らかな液体で無味無臭だ。
効果は名前の通り、運命あるいは記憶のおすそ分け。
全ての魔力には、その魔力の持ち主が歩んできた運命や記憶が刻まれている。アリシアの魔力をぐんぐん吸い取り紅く染まったオースソーワケ草にも、アリシアの運命や記憶が宿るのだ。
これを食した者は、魔力の持ち主と同じ運命を体験することができるが、結果は持ち主と同じになるとは限らない。同じ体験をしたからと言って結果まで同じになるとは保証されておらず、食した者次第と言われている。
それ故、別名「ギャンブル草」。同じ運命を辿ることができても結果は千差万別であるため、使い勝手はあまり良くないが、それでも恨みを持った者が好んで使うと言われる稀有な草だ。「同じ苦しみを味わえ!」と不運をおすそ分けし、結果をその者の選択に任せる工程からギャンブルのようだと名が付いた。
今夜の特別会で、ルイスとアリシアはこの液体を3人に飲まそうとしているのだ。3人とは無論、ローランド、リーサ、ヴィヴィのこと。
「了解、使用人にもう一度、確認しておきま~す」
ノイドは軽い返事をすると、ルイスから小瓶を受け取った。
「それから、アレク。セバスディと連絡は取れたか?」
「はい。セバスディ様は公爵夫妻と一緒に会場入りします。夫妻は最初、特別会に対して不信感を抱かれていたようですが、セバスディ様がおだててくださったおかげで、その心配もなくなりました」
「そうか。さすがセバスディだな」
ルイスはそう言うと、窓の外を見に行った。外にはまだ誰もいないが、ルイスはしきりに紅薔薇寮の方角を眺める。
「……気になりますか?」
アレクにしては珍しく鋭い発言だと思いながらも、ルイスは窓の外から視線を動かさなかった。
「……ああ、きっとヴィヴィ嬢のことだ。アリシアの気持ちなど微塵も考えていないだろうな。早朝だろうが構わず部屋を訪れて、今頃、口汚く罵っているだろう」
ルイスは苦痛を湛えた表情で、唇を噛み締める。アリシアとヴィヴィの状況は簡単に想像できるのに、今夜の件が終わるまで何もできない自身を無力だと責めているのだ。爪が食い込むほどに握り締めた拳がその想いの強さを語っている。
「……では、寮の周りを散歩されてはいかがです? ルイス様ならヴィヴィ嬢の気も引けるでしょう」
「散歩!?」
思わず窓から目を逸らしてしまうくらい、アレクにしては珍しく気の利く提案だった。
「へぇ、アレクってば頭でも打った? でも良い案だよね~、ルイス様もそう思いますよね?」
ノイドが手放しで褒めている。今夜は雪が降るかもしれない。
「確かに良案だが……」
慎重に答えを出したいルイスは返答を返しあぐねていると、アレクとノイドは顔を見合わせてにんまり笑い、示し合わせたかのように同じ行動を取る。「行きましょう、行きましょう」とノイドが言い、ルイスの背中を押して急かした。扉の前に来ると、最後の一押しのようなアレクの『えい!』というかけ声と共に、ルイスは廊下に放り出されてしまう。
人生の中で初めて部屋から追い出されたルイスは、暫し放心状態で固まった。
(王太子たる私が部屋を追い出された、だと……? はぁ、仕方ない。散歩でもしてくるか)
そう結論を出すまで実は300秒ほどモヤモヤして逡巡したルイスは、長い廊下を進みながら2人の側近について考えていた。頼もしいのかお節介なのか、2人の取る行動や態度を嬉しく思う一方で、まるで友人のような距離感に戸惑っているのもあるのだ。が、それ以上に考えるべきは、2人の扱い方だとルイスは強く頭を縦に振る。
普段は正反対の2人がルイスのことでタッグを組むと最強になるのは、身を以て知ったばかり。「私がアリシアのことで悩むと、奴らは私でさえ部屋から追い出すという暴挙に出るぞ……」と半ば愚痴のように呟き、ルイスは2人の情報を綿密に上書きした。
玄関扉から外に出ると、ルイスは迷わずアリシアのいる紅薔薇寮の方へ向かう。数歩進んだ時、散歩の目的がアリシアに会いに行くことになっていたと気付いて、ルイスは慌てて方角を調整した。紅薔薇寮でも白薔薇寮でもなく、あくまで目的は散歩だ。そしてその道すがら、アリシアからヴィヴィを引き離してルイス側に惹き付けることなのだ。
間違っても、ヴィヴィにアリシアとの関係を知られる訳にはいかない。
白薔薇寮と紅薔薇寮から賑やかな声が聴こえる位置までルイスが近付くと、寮の玄関口からヴィヴィが出てきた。
「うっ……」
ヴィヴィを視認したルイスは、まるで魔物にエンカウントしたような気分になり、逃げるように踵を返してしまう。ヴィヴィと眼が合ったことも原因かもしれない。獲物を見付けた時のような眼は、まさに魔物のそれと同じだった。
(……思わず反射的に逃げてしまったが、ヴィヴィ嬢は付いてきているな。あちらも私の顔を知っているようだ)
ヴィヴィとは初めて会うが、メロディアス家の肖像画で見たことはあった。アリシアの抱える事情や公爵家のことを調べる時に、資料として取り寄せていたのだ。有名な絵師が描いた肖像画は実物のヴィヴィと差異はなく、むしろ実物通りであったことに感心してしまうくらい上手だと、本人を目の前にして今さらながらに知った。
その点だけは、ヴィヴィと出会って良かったことかもしれないとルイスは思う。もちろん凄腕の絵師だと分かったからだが。
「ねぇ、ルイス様、お待ちになってください! 私はルイス様の婚約者、アリシアの妹ですわ! ヴィヴィと……ヴィヴィと申しますわ……」
ヴィヴィの言葉尻は息切れしているため、途切れ途切れになっている。
体力がないせいではなく、ルイスが大股で早歩きしているため、それに追いつこうとするヴィヴィも早歩きをしているのだ。しかもヴィヴィは、「ルイス様は肖像画通りのお方だったわ……」と眼を輝かせている。それ以外にも「美しい」やら「ほしい」など、鳥肌が立つような独り言を言っていたため、ルイスは恐怖で後ろを振り返るのが怖くなった。
女性に嫌悪感を持つのは、これで何人目だろうか――そんなことが頭をよぎったが、考えるのをすぐやめた。アリシアや側近のためにも、目的を遂行しなくてはいけないのだ。
(ふぅ……もう少し紅薔薇寮から離れてもらいたいが、追い付けないほど離れても困るな)
ヴィヴィが出てきた寮は紅薔薇寮だったことを思い出し、ルイスは速度を落とす。もうすでにヴィヴィはアリシアを口汚く罵った後かもしれないが、また戻るとも限らない。せめて今夜の件が終わるまでは、もうこれ以上アリシアにヴィヴィを近付けさせないと、ルイスは心に決めていた。
そのため大回りで逆戻りしようと試みる。
「うっ……!」
ルイスは二度目の短い叫びを発した。視界に映ったのはヴィヴィを追いかけるマリアの姿で、思わず足が止まってしまったのだ。その隙をヴィヴィに突かれて、猛スピードで距離を縮められてしまう。ルイスはすぐに凍て付くような瞳で圧をかけたが、ヴィヴィには効いていないようで、気付けば腕を搦め取られていた。
――――ぞくり。
その不気味な気配はヴィヴィでもマリアからでもなく上空から落ちてくる。直後、
「きゃああああ……!」
地面には抉られたような穴が空き、そこからシュウシュウと煙が上がっていた。空気は土埃で汚れていて、その威力は小さいながらも計り知れない。
(これは……アリシアの魔法だな……)
ルイスは意識的に顔から表情をスッとかき消すと、駆けつけた側近2人にしれっと全てを擦り付けることにした。
「……ヴィヴィ嬢。婚約者でもない婚姻前の令嬢が、男性に許可もなく抱き付くのは淑女としてあるまじき行為だ。それから、話したいことがあるなら距離を置いて話そう。私の側近たちが私の身の安全を守るために、こうして威嚇してしまうからな」
「は……はひぃ……」
「さ、さすがはルイス様の……そ、側近です、こと……」
ヴィヴィは返事をするのがやっとだったが、マリアは辛うじて話すことができた。しかし、2人共完全に委縮してしまい膝をガタガタと震わせている。
それを見たノイドは頬を膨らませながら、笑いを堪えていた。
「こ、こちらこそ、申し訳ない……。じ、自分は公女様に……な、何てことを……。だが、悔いはない……ルイス様をお守りするため……」
側近としては優秀だが、演技は壊滅的に下手なアレク。かなり不自然な顔になっている。たどたどしい棒読みで何とか謝罪をすると、それを見たノイドが笑い声を押し殺すのに必死の形相になった。
この謝罪は体裁を気にしてかけた言葉でもあるが、アリシアがしてしまった些細な
これは鼻の利くマリア対策でもあったが、その謝罪は2人に届いていないようだった。余程、アリシアの放った魔法と強面のアレクが怖かったのだろう。
そうしてこの場が片付くと、ルイスは嬉しそうに紅薔薇寮の3階を見上げる。
ルイスにはこの状況が全て理解できていた。ルイスの腕にヴィヴィが絡み付いた時、即死レベルの魔法が放たれたその理由もだ。それが紛れもなくアリシアの嫉妬であると確信をして、思わず頬を緩ませる。
(……近い将来きっと私は王になるが、その時には側妃を取らないと誓おう。だが、嫉妬するアリシアの姿は見たい気もするが……)
見上げた先でアリシアと眼が合ったルイスは、そんなことを考えていた。
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