第52話 姉妹格差と入学日②

「……まだ何か?」



 アリシアはマリアに問うと、視線を漂わせていたマリアの顔がアリシアに向いた。



「……いえ、安心しました。最近、呪いの効力が弱まっているのでは……と感じていたので、ヴィヴィ嬢に報告をしようか迷っていました。ですがその必要はないようです」


「私は弱まってくれた方が嬉しいけれど……。でもそうね、貴女がそう感じたのは、呪いに慣れた私が単にそう見せるのが上手くなっただけだと思うわ」


「見せるのが上手くなった……? ああ、それはそうかもしれません。避けたり何ごともなかったように演じる技術的な部分は、確かに向上しているように思いますから」



 それを聞いたアリシアは、ふぅ、と心の中で溜め息を吐く。



(……マリアの疑念は取っ払ったつもりだったけれど、勘が良いのかまた気付かれそうになっていたわね。舞踏会の時、早々に退場した私の後を追いかけてきたのは間違いなく彼女だわ)



 アリシアは気を引き締めたが、表情だけは隙のある笑顔を貼り付けた。



「では謎も解けたことですし、どうぞお帰りください」



 アリシアは手を扉の方へ向けて帰るよう優しく促したが、その心の中では「早く帰れ」コールが鳴りやまない状況だった。しかし、マリアは直感的に思う所があるという素振りをして、しぶとくその場に留まろうとする。



「……次のハプニングが起きる時間は、そろそろですよね?」


「はい?」


「部屋に来た時、焦げたような臭いがしました。ハプニングが起きたばかりだったのでしょう。つまり、あと少し時間を潰せばまたハプニングが起きる」



 今までそんな些細なことを気にしなかったマリアが、急に鋭い発言をした。



(ああ、そういうこと……。今までヴィヴィがいなかったから、多少疑問に思うことがあっても目を瞑って適当に報告をしてしまえたけれど、今はヴィヴィがいる。ちゃんと抜かりなくやっている所を見せたいのね、宝石のために)



 アリシアは扉の方に向けた手を引っ込めて、



「……ええ、そんなに気になるならどうぞ」と言った。その言葉が「受けて立つ」という意味で使われているとも知らずに、マリアは「感謝します」と言う。





 頃合いを見計らい、アリシアは魔法を使った。



 その姿はまるで、ルイスが図書館でしたようなやり方だ。一見、ただ立っているように見えるが、水面下では魔力痕跡を消してこっそり魔法を使っている。茶を飲むように自然に魔法を操る姿からは、魔法学が苦手だと言っていた頃の面影はない。



 アリシアはハプニングが起きているように見せるために、の火魔法で部屋中のガラクタを落としたり、転がせたり、爆ぜらせたり、割ったりした。こういう時のために用意されている備品なので、壊れても懐は痛まない。


 部屋を用意してくれたセバスディには、痛むところはあるかもしれないが。




「きゃ……ぁああ! ほぉ! はっ! んきぃいいーとぉう!!」



 マリアは飛び散った破片に驚いて声を上げると、咄嗟にしてしまった変なポーズでそれを避ける。しかし、避けた先でもハプニングの被害に遭ってしまい、またもや変なポーズをした。可笑しな「かけ声」と共に。



 あとは言わずもがな、その繰り返し。また避けた先でハプニングに巻き込まれ、醜態を晒す始末だ。その一連の行動はまるでパフォーマーのように笑いを誘った。



 アリシアは唇に笑みを乗せながら、マリアに駆け寄る。



「大変! この呪いは私の身の回りで起きるから、近くにいると危ないわ。さぁ、早く部屋を出た方が……」



 えいっ! と勢いのままマリア嬢を部屋から追い出し扉を閉めると、アリシアは声も上げずに笑う。

 


(ふふ、マリア嬢でついつい遊んでしまったわ。でも、このくらいの仕返しは、妥当……よね?)



 アリシアは右手に無色の炎を纏っていたが、その炎は段々と色付いていく。紅、蒼、紫、金、銀と色々な色に変化する炎は、覚醒したアリシアだけの炎だった。



「さて、邪魔者もいなくなったことだから、部屋を片付けましょう……とその前に……」



 洋服やドレスが閉まってあるクローゼット開けて、ルイスから贈られてきた物に被害が及んでいないか確認する。その中は質素な部屋とは違い、まるで宝箱のように豪華絢爛だった。そして、アリシアのお気に入りの空間でもある。



(うん、大丈夫そう……。よかった)



 クローゼットを閉めて片付けに取りかかっていると、窓の外から黄色い声が聴こえてきた。ヴィヴィの声だ。アリシアは手を止めて窓から見下ろすと、ルイスを追いかけているヴィヴィの姿が目に映った。その後ろにはヴィヴィを追うマリアの姿もある。 



 マリアを見る限り、先ほどあったことをヴィヴィに報告する感じはない。



 安心すると同時に思わずクスっと笑ってしまうアリシアだが、ルイスを見ると気の毒になってくる。ルイスは嫌悪感で表情を歪ませながら、ひたすらヴィヴィから逃げているのだ。しかも、ヴィヴィの執拗さに反撃したくても、今夜のイベントのためにじっと耐えている。



 ヴィヴィはもどかしさを滲ませたルイスの表情を好き勝手に捉えて判断し、ローズ以上の強引さでルイスを追いつめていた。たとえるなら、その姿は獰猛なモンスターだ。



(はしたない……傲慢で無知で、可哀そうな私の妹)



 アリシアの苛々が募り始めた時、ヴィヴィの両腕がルイスの腕を包み込むように掴む。絡み付くようなその抱擁に、ルイスよりもアリシアの方が先に反応してしまった。



 一秒もかからない時間で、小さな火礫ファイアーストーンを隕石並みの速さと威力でルイスとヴィヴィの間に落とす。   



「きゃああああ……!」



 ヴィヴィの悲鳴と共に駆け付けたのはルイスの側近、アレクとノイドだった。2人はいつも、ルイスから少し離れた所に身を潜めていて、何かあればこうしてルイスを護衛する。護衛対象はルイスとアリシアだが、そこにヴィヴィは含まれていない。



 そのため2人はヴィヴィをそっちのけにして、しきりにルイスの身の安全を気にしていた。



(どうしよう……、無意識というか反射的にやってしまったわ……)



 アリシアは焦り窓際でオロオロするが、ルイスにはそれが誰の仕業か気が付いたようで、アリシアにそっと微笑みかけてきた。



「う……。と、とりあえず、こういう時は……笑顔?」



 アリシアは咄嗟にぎこちない笑みを浮かべる。後のことはルイスがいつも通り上手くフォローしてくれるだろうと見込んで、窓から離れることにした。あまり目立っては、マリアに気付かれる恐れもあるからだ。



 そうして再び部屋の片付けをし出したアリシアは、鼻歌を歌いながら「これはくまのぬいぐるみの分」と言った。

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