第56話 幸せの階段から見下ろす日③

 会場内は完全に二分割された。元々、今日の招待客は派閥ごとに立ち位置が指定されていたが、先ほどのやり取りでそれがよりくっきりと浮き彫りになってしまった。



 アリシアから見て右側がルイス・アリシア派である生徒たちとその一部の両親、中央の道を挟んで左側が、メロディアス家を代表とする原性遺伝子かつ第二王子派に別れている。左側の派閥には一部の生徒の両親も含まれており、親子対決となる構図もでき上がっていた。



 左側の派閥には緊張が走り、先ほど受けた口撃で精神状態が不安定な者も多くいる。反対に、右側の派閥では小休憩に入ったかのような雰囲気が流れ出し、士気の高まりと強者の余裕を強く感じた。



 その悪い流れを止めようとしたのか、ローランドは殺気を魔力に乗せて放ち、右側の勢いをスパッと止める。誰もがローランドの魔力と殺気に驚き怯み、目が釘付けになった。



「さぁ殿下、続きをどうぞ」



 ローランドは魔力をオーラのように放ちながら、淡々とルイスに進行を促した。紛れもなくローランドは断罪される側だが、隙あらば獅子にでも喰らい付く牙を隠し持っている。獣染みたものをローランドから感じ取ったアリシアは、両腕を擦りながら心の中で唱えた。



(あれは、馬鹿の一つ覚えのように『原性万歳』と言う雑草よ。大したことない……)



 苦手なものや嫌いな人物を雑草に置き換えるという手法は、ルイス直伝。アリシアには効果抜群の手法で、なんなら左側が全て雑草に見えるくらいだ。


 

(ぺんぺん草、とんとん草、ちりちり草……)



 アリシアは姿勢を正すと笑みを浮かべ、「大丈夫よ」と右側へメッセージを伝える。逞しさだけは雑草を上回る生徒たちは、すぐに士気を取り戻した。



 両派閥が睨み合う。






「呪いが先か、魔法遺伝子が先か……」



 今まで黙っていたルイスがそんなことを言い出した。まるでドラゴンが先か卵が先かという因果性のジレンマを問うようなニュアンスでルイスはその言葉を呟いたが、その問題の解答をドワース辺境伯に訊ねる。



「遠い所からここまで出向いてくれた辺境伯に、どちらの問題から解決したいか、その選択を委ねようと思う」


「げっ、いえ、恐れ入ります。では、呪いの問題から解決するのはいかがでしょう」



 ドワース辺境伯は自身が関わる話題は避け、同じ派閥であるローランドに当て付けるような形で呪いの方を選択した。



 グレイは父親であるドワース辺境伯を睨み付けて、逃げ腰である姿勢を責めたが、隣にいるレイチェルにそっと手を握られるとグレイの怒りボルテージはみるみる下がっていく。



 2人の微笑ましい様子を階段上から心置きなく眺めたい気もしたが、それは後にしようと思い、アリシアはルイスの言葉を待った。



「では、ドワース辺境伯の意を汲み、魔法遺伝子について話をするとしよう」


「なっ、殿下!?」



 話が違うと言いたげな瞳でドワース辺境伯はルイスを睨むが、ルイスはそれを無視して進めていく。グレイとレイチェルがこっそりと喜び合う場面シーンを見て、アリシアは人知れず口角を上げた。



「さて、まず問題の前に、研究機関が誕生した理由を知っている者はいるか?」



 ルイスの問いに左側にいる貴族が答える。



「魔法が使える我々も魔法についてよく知りません。魔法の根源や歴史を調べ、その正体を暴くことはジュラベルト王国の悲願でもありました。それ故、研究機関は魔法について調べるために建設されました」



「ああ、そうだ。付け加えるなら、戦いや決闘の時にしか使い道がない魔法の可能性を探るためでもある。王国は、国王陛下は魔法産業という分野を開拓するために、研究機関を作ることを許可した」



 チッ、という舌打ちが聞こえたが、ルイスは構わず続ける。



「そういう背景がある中、研究機関に勤めるメロディアス公爵たちは3種の魔法遺伝子を突き止め、その特性や受け継がれ方について新しい発見をし、陛下から称号や褒賞を賜った訳だ」



 アリシアはその言葉を聞いて、銀の杖ワンドアリアンで連日のように開かれたパーティーのことや、舞踏会の日にルイスと話したことを思い出した。真実が分かった今、無表情を貫いているローランドに対して憤りを覚える。



(これから罪を暴かれるお父様は、さぞ悔しい思いをするでしょうね。けれど、それだけのことをしたのだから当然だわ。でもその前に……)



 アリシアは左側の貴族を観察して、ルイスに代わり舌打ちの犯人を捜し始めた。ルイスの言葉が紡がれる中、程なくしてその人物は見つかった。



「そこで私は、過去から最近の資料まで取り寄せて調べた。もちろんその資料はある時を境に閲覧不可になっていたみたいだが、まぁ私には関係ないことだ。特権があるからな」



 その人物は再度、チッ、という舌打ちをしたが、そこはアリシアが対処する。ルイスは「多少の失言には目を瞑る」と言ったが、発言に水を差すような舌打ちは許せない。本来なら不敬罪ものだ。



(鳥模様の銀ブローチ……。お父様と同じ研究員だわ。地に落ちたものね、力を持ちすぎて)



 アリシアは魔力痕跡を消して無色の炎を使い、舌打ちをした研究員の舌を火傷させた。舌打ちの相手はパーティーで見たことがある厚顔無恥な初老貴族。何が起きたか分からないその貴族は「アッチアッチアッチチ!」と言いながら、舌をはしたなく出す。



 何ごとだとざわざわし出すが、それに答えられる人は誰もいなかった。アリシアの隣で咳払いをするルイスを除いては。



「ゴホン……研究機関の人間は原性遺伝子を持つ者が一番優れているとし、その次に中性、一番無能なのが零性だと区別した。陛下に「王国の中枢を担うのは原性遺伝子を持つ者が相応しい」と進言し、配置換えを迫ったそうだな」



 左側にいる貴族たちがじりじりと追い詰められていく様は、ローズの件を想起させる。ルイスのやり方は相変わらずで、処刑台に列をなす罪人に罪状を突き付ける処刑人のようだった。アリシアには優しく甘く囁く声が、今では身震いするくらい冷たい。その眼差しも表情もオーラも仕草も何もかもが、冷酷そのものだ。



「そうして陛下の周りをで固め、王の権力を削ぎ、裏から操ろうとしたのか? それとも王国転覆を狙ったのか?」 



 左側の貴族だけ、全員俯いてしまった。ルイスの圧に耐え切れなくなったのだろう。雑草たちは、まるで枯葉剤を撒かれた後のように生命力がない。



「あ、の……」


「何だ?」


「こういうことは陛下が判断することかと……ハ、ハハ……」



 俯きながらも、最後の抵抗をする貴族に対して答えたのは、セバスディだった。奥の方に控えていたセバスディは中央まで出てくると、



「国王陛下は薄々気付いておられましたが、周りを囲まれて動けずにいました。そこで、私に調査するよう命じたのです。この件とアリシア様の抱える問題が繋がっていることを知り、この問題をルイス様に託すことにしたのですよ」と爽やかに言う。



 国王から託された王印が押された書状を見せて、「これが証拠です」と言った。



「それはつまり、私に裁量を任せているということだな」


「はい」


「この件が片付けば、私が次期国王になることは確定する。第二王子を推していたようだが、残念だったな」



 ぐうの音も出なくなった貴族たちだが、本題はこれからなのだ。

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