第37話 辺境伯の令息と王太子の秘密の会話①(グレイside)

 その日、辺境伯の令息であるグレイ・ドワースは、ライト伯爵家の次男であるカイルに声をかけた。



「よぉ、カイル。もうすぐテストだな、調子はどうだ?」

「相変わらずかな、グレイは?」

「こればかりは、大変だな」



 グレイはおどけてみせたが、カイルはグレイの気持ちを見透かして、グレイの肩を優しく叩く。



「俺はせっかちな性格だし、次男だから爵位は継げない。この学院で優秀な成績を収めても、せいぜい騎士止まりだ。でも、グレイは違う。お前ならドワース家を見返してやれるさ。アリシア様と同じ眼をしているからな」


「俺がアリシアと……同じ……?」


「ああ、入学してまだ日が浅い頃、闘技場で魔法の練習をしているアリシア様を見た。その時のアリシア様は、巨悪に独りで立ち向かうような眼をしていたな。まるで、今のグレイのような……」


「そうか……、確かにアリシアも色々と抱えているからな。でも、今のアリシアは独りじゃない」


「……だな。グレイはどうだ? また独りで抱え込んだりしていないか?」



 カイルは圧をかけるようにじっと見つめてくるが、グレイがたじろぎながらも首を振ると、納得してくれたようだった。



「……そう言えば、つい先ほどアリシア様と会って、話をしたぞ。光栄なことに、茶会やサロンに来ないかと誘われた」


「……それなら、次回の茶会で会えるな。歓迎する」


「はい、楽しみにしていますっ! アリシア様は、落ちこぼれ上位貴族の私たちにとって、希望ですからっ!」



 グレイとカイルの会話に、隣にいるアンナが目を輝かせながら割って入ってくると、カイルも負けじとアリシアについて語り出した。



 それを見たグレイはやや引き気味に、

「……確かにアリシアを見てると、――――って思うよな」とボソッと呟く。




 アリシアと幼馴染だったグレイは、アリシアに好意的な感情を持っていた。



 パーティーでヴィヴィの言葉に惑わされたグレイは、その言葉を信じてしまいアリシアと決別するが、月日が経つほどに違和感を抱くようになっていく。しかし、その違和感の正体を突き止めようとする機会は、ことごとくヴィヴィに潰されていった。



 次第に苛立ちを募らせていったグレイは、調性格を捻じ曲げながらも、表面上はドワース家の優秀な次男として、報われない理不尽な日々を過ごす。



 ……ヴィヴィさえいなければ、俺は今頃、アリシアの隣で笑い合っていたのに。



 幼馴染として好きなのか、恋愛感情として好きなのかは分からないが、グレイは気持ちを溜め込んだ。そうした分だけ、グレイの身体からだには何倍ものドロドロした熱量が宿る。それを原動力にして、グレイは人一倍努力し、不遇な環境と戦ってきた。



『努力家で優秀だが、零性遺伝子持ちであるがために、使2番手次男



 そんな肩書を与えられながらも、グレイが努力をし続けるのは、魔法学だけ成績が伸びなかったからだ。



 ドワース家では、ファウスト王立学院に入学する前に、魔法学の基礎を家庭教師から教わる。それはドワース家のしきたりで、グレイの兄も通った道だった。



 原性遺伝子持ちのグレイの兄はすぐに基礎魔法を身に付けたが、同じことをしてもグレイにはできなかった。やがて、グレイは1つの結論を出す。



 零性遺伝子持ちは、魔法に関しての能力が著しく低いのではないか、と。



 乗馬も教養も、兄以上の成績を収め、器用さを発揮したグレイ。零性遺伝子持ちでも原性遺伝子持ちに勝てると結果を出したが、魔法学に関しては逆に無能さが証明されてしまった。努力だけでは越えられない壁があるのだと知り、絶望がグレイの視界を覆う。



 それ以来、その絶望を振り払いたくて、グレイは「魔法と零性遺伝子の関係性」について、独学で研究し始めた。その結果、分かったことは1つだけ。参考にしようと取り寄せた研究機関の資料が、閲覧不可になっているということだった。



 あのパーティーを境に、今まで上位貴族なら誰もが見れた資料が、見れなくなっていたのだ。いつの間にか研究機関は、研究資料や情報を厳重に保管する、不透明で排他的な組織になっていた。



 今にして思えば、半年間に渡り断続的に開かれたあのパーティー自体、きな臭かった。



 そこで、次にグレイが目を付けたのは、色々な設備が整っているファウスト王立学院だ。入学すれば、ジュラベルト王国でもっとも優れている設備や研究施設が使えるのだ。情報の宝物庫と呼ばれる図書館もある。



 何か分かるかもしれないと、グレイは一縷の望みをかけて、この学園に入学した。



(そう言えば、アリシアも零性遺伝子持ちだったな。それがコンプレックスだったが、それが嬉しいなんて……。単純だろ)



 どこか遠い目をして、グレイは感慨に耽る。



 アリシアの隣には申し分ない婚約者がいるが、もしかしたらと淡い期待を抱かずにはいられない。零性遺伝子持ち同士、気持ちは前よりもぐっと傾いていた。



「グレイ、ずっと黙っているけど、大丈夫か……?」


「ああ、大丈夫だ……少し昔のことを考えていた。それはそうと、アリシアが今どこにいるか、知っているか?」


「確か……ええっと、アンナ。覚えてるか?」


「もちろん。アリシア様と別れた後、生徒たちが噂しているのを聴きました。ルイス様と図書館に行ったようですよ」


「図書館か、ありがとな」



 グレイは2人に別れを告げると、図書館の方へ足早に歩いて行った。

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