第38話 辺境伯の令息と王太子の秘密の会話②(グレイside)

 図書館に入ると、レイチェルと女子生徒が話している姿が目に入った。しかし、グレイは声をかけることはせず、少し離れた所に身を隠し、聞き耳を立てる。



 レイチェルとその女子生徒は、アリシアについて話しているようだった。



(あれは確か……没落寸前のマリア伯爵令嬢か?)



 レイチェルと話すマリアの姿は、噂で聞いた没落寸前とはほど遠く、身に付けている物の推定総額は、金貨の塔が建つほどだ。服装は指定の制服――純白ブラウスに黒のリボンと長めのワンピースだが、袖と裾に金糸の刺しゅうがしてある特注品。



 さりげなく付けている首飾りは小振りだが、希少価値の高い宝石が付いていた。目利きの商人が見れば、喉から手が出るほどほしい宝石だろう。



(あの令嬢は、何かある……)



 グレイはそう睨んだ。



 ファウスト王立学院には、同じ年の上位貴族が集まっている。彼らの考え方や価値観、貴族としての在り方や掲げる理想は、当然それぞれ違った。敵対する派閥の令息令嬢もいれば、風の吹くままに流される臆病な令息令嬢もいる。また、情報に精通することで、地位を築く商売上手な貴族もいるのだ。



 伯爵令嬢であるマリアに、相容れない何かを感じたグレイは、背後からそっと近寄る。



「……羨ましい。レイチェル嬢はアリシア様と仲がよろしいのね。……私も茶会に誘われたいわ」


「マリア嬢がアリシアのファンだなんて、最近の話題の中で一番驚いたわ。そうね……、茶会の件はわたくひぃがぁ……ふぉごぉ……はなひぃて!」



 ――――招かれざる令嬢を呼ぶ訳にはいかない。

 


 気付けばグレイは、レイチェルの口を手で塞いでいた。レイチェルの口からくぐもった声が発せられ、レイチェルの印象をだらしなく変えたが、グレイは気にせず爽やかに声をかける。

 


「レイチェル、待たせたな」



 驚きながらも顔を見上げるレイチェルの表情は、美しい赤色に染まっていた。



「遅くなってすまない。時間も惜しいから、つい口を塞いでしまった……。マリア嬢、その話は後日でいいか?」



 天井から薄っすらと射し込むひかりが、グレイの顔に陰影を落としている。隙のない双眸とは反対に、口元は笑みを乗せたまま、しなやかに曲がっていた。それが色香と呼ぶかは定かではないが、図書室にいる令嬢たちの視線を奪ったのは間違いなかった。



「――――ッ」



 話を邪魔されて、気に障ったのだろう。一瞬、マリアの穏やかな部分が剥がれ攻撃的な表情になったが、グレイは構わず睨み返す。

 


「……立ち去ってくれ、とハッキリ言った方がよかったか?」

「は……いえ。それでは、レイチェル嬢。私はこれで……」



 マリアが立ち去るのを見届けてから、グレイはレイチェルの口を塞いでいた手をどける。



「ちょ、ちょっとグレイ。このような野蛮なこと、マリア嬢にもわたくしにも、失礼だわ。まぁ、わたくしは許してあげないこともないけれど……。きっと明日には噂を立てられるわね……はぁ」


「悪かった……。アリシアのことは、たとえ彼女のファンであっても、話さない方がいいと思ったからな」


「……あら、でもアリシアは社交に力を入れているのよ。将来、王太子妃になるのだから、味方は多い方がいいわ」


「本当に味方ならな……。今後は、令嬢たちの会話に俺も入れてくれ」



 レイチェルは戸惑い、呆れ、少し怒ったような顔をしたが、グレイはその主張を譲らなかった。



「……グレイ。わたくしも、アリシアのことが好きよ。グレイも相当、アリシアのことが好きみたいね。幼馴染として、今までしてあげられなかったことが、してあげたくなったのかしら?」


「……さぁ、どうかな」



 グレイが濁して言うと、レイチェルの険しい顔がもっと複雑になったが、彼女はすぐに心を切り替え、淑女としての対応をした。



「ま、いいわ。それより、何の用で図書館に? まさか、私の話を邪魔するためだけに、来たのではないでしょう?」


「ああ、ここにアリシアと殿下がいるらしい。呪いについて調べ物をしているのだろう」


「じゃあグレイは、その手伝いをするために?」


「ああ、それに殿下と話したいこともあったしな。もちろん、レイチェルも暇を持て余しているから、一緒に行くよな?」


「もちろん、暇よ。誰かさんが話をぶった切ってくれたおかげでね」



 レイチェルはそう嫌味を言ったが、その顔はどことなく嬉しそうだ。




 共通の目的ができたレイチェルとグレイは、広い図書館内を静かに移動して、ルイスとアリシアを探すことにしたが、それはあまりに簡単だった。時間はそうかかっていない。ルイスもアリシアも人目を惹く容貌で魅力オーラがあるため、すぐに見付かったのだ。



 しかし、見付けても、すぐには声をかけられなかった。アリシアのその横顔を見ただけで、彼女が誰を想っているのか、簡単に予想が付いてしまったからだ。しかも、その予想は思いの外、グレイの心をチクチクと刺してくる。



(アリシアが殿下の婚約者に選ばれなければ、きっと俺が婚約者になるはずだった……。いや、違う。そうじゃないだろ……)



 グレイは黒い欲望を自ら否定したが、足が動かず、暫く立ち尽くしてしまった。不自然に棒立ちするグレイの横で、レイチェルは何も言わずに待っている。賢い彼女のことだ、状況を見てベストな判断をしたのだろうと、グレイは思った。



「……殿下の金髪が眩しくて、つい立ち止まった。悪い」

「……大丈夫よ、私も同じことを考えていたから」



 そう淡々と返したレイチェルの言葉に、気遣いを感じる。同じ零性遺伝子持ちとは言え、レイチェルは少なくとも愛されて育った。言葉や所作から、それがひしひしと伝わってくる。


 

 グレイは下方に漂わせていた視線を前方へ向けると、泣きそうになっているアリシアに、努めて明るく声をかけた。



「お、いたいた」

「ごきげんよう。アリシア、探したわよ。ルイス様と一緒だったのね」



 なるべく自然に手を振り、アリシアの視線をこちらに向けさせる。



「レイチェル!? グレイも……。どうしてここに?」

「おい、俺はおまけ扱いか」

「おまけでしょ。グレイもわたくしも、ルイス様には勝てないおまけよ」

「いや、場合によっては殿下より貴重な、おまけかもしれないな」



 じゃれ合うように会話を進めていくと、思惑を読んでか、レイチェルは場を盛り上げる協力をしてくれた。そのおかげで、アリシアの顔に安堵が戻っている。



「2人は私にとって大事な友達よ。おまけじゃないわ」

「あら、気を遣わせてしまったわね。お邪魔でなければ、わたくしたちも何かお手伝いがしたいのだけれど。よろしいかしら?」



 レイチェルが尋ねると、それまで黙っていたルイスが答えた。



「……構わない。人手が欲しかったところだ。今、アリシアの呪いについて調べている。ここにその呪いのヒントになる記載があるらしいが」



 グレイとレイチェルは、ひとまず着席した。ルイスの隣にはグレイが座り、アリシアの隣にはレイチェルが座ると、アリシアは本を見せながら説明し始める。

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