第31話 変わりゆく公女と王太子の弱点②

その後、ルイスと「呪いの解き方」についての話もしたアリシアは、「約束」をしてからルイスと別れた。約束とは、学院内にある図書館で、呪いについて書かれている本を探すという約束だ。



(ルイス様はこの呪いが厄介なものだと気付いていた。親身になってくださるのは、本当に嬉しいことだわ。突風が襲ってきた時のルイス様は、どこか余所余所しかったけれど……)



 色々と考えているうちに、紅薔薇寮の部屋に辿り着いた。アリシアは、そのままベッドに倒れ込む。はしたないとは思ったが、最近の目まぐるしい展開のことを思えば、無理もなかった。



「やることはたくさんあるけれど、まずはレイチェルとグレイね。2人は私とお話してくれるかしら……」



 最後に会った時の2人の顔は、酷く怯えていて、青ざめていたように思う。





 レイチェルに初めて出会った場所は、メロディアス公爵家の城館、銀の杖ワンドアリアンだ。確か、魔法遺伝子について新発見をしたローランドを祝うパーティーだった。



 研究機関に所属する伯爵や侯爵だけでなく、その夫人や子供も招待されている規模の大きいパーティーは、ずいぶん豪華だったと思う。昼は庭園パーティー、夜は城館内にあるホールで舞踏会と、ずいぶん金をかけていた。招待客は別館で、一週間ほど滞在した記憶がある。



 10歳になるアリシアはそのパーティーの席で、隣に座っていたレイチェルとすぐに仲良くなった。その輪に、ローランドと同じ研究機関で働いている侯爵家の次男で、幼馴染のグレイも加わると、話に花が咲く。夢のような楽しい時間だった。



 ヴィヴィはその様子をじっと無言で見つめていた。珍しく黙っているヴィヴィを見たアリシアは、『さすがのヴィヴィも、友達や幼馴染まで奪うことはしないだろう』と思ってしまったのだ。その考えが甘いとも知らずに。



 それから半年くらいは叙勲祝賀会や受賞祝賀会など、いずれも仰々しい名前が付いている研究機関関連のパーティーが頻繁に開かれていた。研究に進展があればその都度、国王から褒美を賜っていたのだろう。



 アリシアは子供ながらに、このパーティーはどこかおかしいと思っていた。



 異変を感じたのは、何もパーティーだけではない。そのパーティーが開かれる度に、顔を合わせていたレイチェルは視線を合わせなくなり、グレイは睨み付けるような視線をアリシアにぶつけるようになった。加えて、ヴィヴィの態度は大きくなり、高飛車な笑顔をアリシアに向けてくることが多くなる。



 終いには、


『レイチェルとグレイは、零性遺伝子持ちのお姉様とはお話したくないって。これからは、ヴィヴィと一緒に遊ぶそうよ』


 と、幼気いたいけな瞳で恐ろしい言葉を吐き捨てたヴィヴィ。


 まだ、魔法遺伝子について今ほど詳しくなかったアリシアは、その言葉を聞いて気が狂いそうになった。



 ……きっとヴィヴィが、レイチェルとグレイに嘘を吹聴したんだわ。2人はそんなことで私を差別するような人間ではないもの。



 そう思えるようになった頃には、パーティーは全く開かれなくなった。パーティー以外で一度、両親に連れられたレイチェルとグレイにあったが、必ずヴィヴィの邪魔が入り、とうとう誤解を解くことはできなかった。



 しかし、今この学院にはヴィヴィがいない。



 これはアリシアにとって、最大のチャンスだ。しかも、今のアリシアには心強い婚約者のルイスがいる。きっと誤解は解けると希望を持ったアリシアは、絨毯の上に置かれた陶磁器製のアンティークドールを見た。



(直せてよかったわ。以前は棚の上に置いてあったから、ハプニングのせいで、落ちて割れてしまったけれど……。もう二度と壊させはしない。私たちの友情だってきっと……!)



 友達の証として、レイチェルからもらったアンティークドールは、アリシアの宝物だ。これだけは奪われてなるものかと思い、部屋の扉から見た時に、死角となる棚の上の位置に飾ってあったもの。



 アリシアは上半身を起こすと、ぐっと気合を入れ直した。



◇◆◇



「今夜の予定について、セバスディは何か言っていたか?」



 青薔薇寮の最上階に着くなり、ルイスは大木のように立っているアレクと、そわそわしながらその到着を待っていたノイドに、颯爽とした声で話しかけた。



 いつもなら、ルイスの傍を少し離れた距離で護衛をする2人だが、今日は予め席を外すよう、ルイスから命令されている。そのため、2人はこの場所から一歩も動けずにいた。アレクもノイドも、気が気じゃなかったのだろう。言動の端々に、分かりやすい変化が見られる。



「セバスディ様は若手の部下を数名、公爵領へ偵察に行かせました。セバスディ様自身も、一足先に転移魔法を使い、公爵領へ。暫く、こちらには来れないとのことです」



 アレクはいつも通り淡々と答えるが、その眼はいつもに増して鋭く尖っていた。しっかり留守を守っていたと言わんばかりの顔で、褒めて欲しそうな顔だ。目が鋭くなっているのは、欲求の表れだろう。



「ルイス様。夜の報告会の相手は、僕に務めさせてください。どうか、このノイドにセバスディ様の代わりを……!」



 一方、ノイドは切実な声と縋るような目で、じっとルイスを見つめている。ルイスのためなら何でもすると言いだしそうな表情からは、執着しか感じられない。



(ああ、私の側近は相変わらずだな。この一癖も二癖もある2人に、セバスディの代わりが務まるとは思えないが……)



 不安に駆られながらも、ルイスは仕方なく承諾した。



 2人を部屋に招き入れると、ルイスは呼び鈴を鳴らす。瞬時に駆け付けた使用人に、いつもと同じ指示を出すと、程なくして茶と茶菓子の準備は整った。



「うわぁ~、美味しそうなお茶ですね」

「茶菓子も、豪勢です。お気遣い感謝します」

「今夜は同じ生徒として、話をしよう。砕けた話し方でいい」

「分かりました」「はぁ~い」



 アレクとノイドの声が重なった。



「さて、まずお前たちに頼みたいことがある。伯爵家のレイチェルと侯爵家のグレイについて、調べて欲しい。アリシアの友達と幼馴染だそうだ」

「レイチェル・ランドラーですか? ランドラー伯爵家の一人娘がそのような名前でした」



 アレクがそう言うと、ノイドもルイスの期待に応えて言う。



「侯爵家のグレイと言ったら、ドワース辺境伯の次男坊ですね。ルイス様の恋敵になりそうな相手なんですか?」



 思わず茶を噴き出しそうになるのを必死に堪えながら、ルイスはアレクとノイドを交互に見た。



「詳しいな、2人共……。今度、そのレイチェル嬢とドワース辺境伯の令息を茶会に招こうと思っている。犬と繋がりがないか、よく調べて欲しい」



 アレクとノイドの顔に、緊張感が走る。犬は隠語だ。もちろん、説明しなくても、アレクやノイドには伝わっていた。



「では、自分はレイチェル嬢を調べよう」

「アレクは令嬢の背中しか追いかけたくないのかな~?」

「ノイド、言葉を慎め」



 アレクがギロリと睨む。



「はいはい、僕は令息の背中でもいいよ。どうせなら、ルイス様の背中がいいけど」



 ルイスはそのやり取りを聞いただけで「はぁ」と口から溜め息が出たが、今日の茶が気分を落ち着かせるリラックスティーであることに気付くと、ティーカップに口を付けた。



「ところで、ルイス様。僕もセバスディ様と同じように、今日の報告が聞きたいです。どんなハプニングがルイス様とアリシア様を襲ったのか、そこら辺をぜひ詳しく……!」



 興味津々な顔でノイドが聞くと、ルイスはティーカップを置いた。



「どんな……? 特別なことは何もないな。ただ、突風が吹いて……」



 アリシアの銀髪が顔にかかった、と言いそうになったが、思わず口に手を当てて止めた。思い出せば出すほど、その時押し込めた熱が、身体の底から迫り上がってくる。


 

(アリシアの綺麗な銀髪から、とてもいい匂いがして、魔法を使うのを忘れてしまったなど……。そんなことが知れ渡れば、死ぬまで揶揄われそうだな。くそ……)



 ルイスは気恥ずかしさを誤魔化すように、茶を一気に飲み干した。



 ローズの時は、その強い薔薇の香りに眩暈がしたが、アリシアは違った。その違いを明確に意識すると、理性がカタカタと音を立てて崩れていく。王太子としてあるまじき失態だと完全武装し直しても、アリシアの前ではただの男なのだと思い知らされるのだ。



(こればかりは克服できない弱点だな……)



 メロディアス公爵家の件が片付くまで、ルイスがひた隠さなくてはいけない弱点は、思いの外、簡単に露出した。



「……ルイス様、顔が赤いですよ~?」

「風邪か? 強い風が吹いたせいで、風邪を引いたのか? ハプニングにしては、なんて小癪な……」



 見透かした顔をして、目を輝かせるノイド。何も分かっていない、鈍感なアレク。その2人の顔を交互に見たルイスは、「ふっ、ふははッ」と笑い転げてしまった。

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