第32話 取り返す公女とフォローする王太子の茶会①

この学院内でできる社交は、全部で3つある。




 その1つが茶会だ。茶会は、気兼ねなく簡単にできる社交の入り口と言われている。お茶を飲み、茶菓子を食べることがメインだが、世間話や噂、趣味や流行りものについて語り、互いの仲を深めるきっかけ作りとして開かれるものが多い。



 次に、サロン。知的な会話を楽しむ真面目なサロンから、もっぱらゲームに興じるサロンもある。共通の趣味を通じて仲を深められるサロンは、この学院内だけでも幾つかあり、小さな社交場として成り立っていた。



 最後に、舞踏会。学院内で行われる舞踏会は、一年に一回の頻度でしか行われない。行事の一環として、全員参加が義務付けられているものだ。



 今すぐできる社交となれば、舞踏会は含まれない。そのため、アリシアが望んだ「社交」は、茶会という簡単な形式で開かれることになった。





 晴れ渡る空の下、風がそよいで大輪の薔薇が揺れる。 



 薔薇庭園ガーデンの中に設置されたテーブルには、王室御用達のティーセットや茶菓子が並べられている。ルイス、アリシア、グレイ、レイチェルは、そのテーブル席に腰かけていた。



(次の日にでも、すぐ噂になりそうなメンバーだわ。ルイス様は言うまでもなく、レイチェルは美人で、グレイはハンサムだもの。これが普通の茶会なら、気劣りしていたわね……)


 

 アリシアは気まずい空気の中、ティーカップを手に取る。

 


 「グレイとレイチェルの下調べが済んだ」とルイスから報告があったのが、1週間前のことだ。招待状を出し、2人の参加表明の手紙を受け取ったのが昨日。こうして今日、無事に茶会を開いているのは、ルイスが手際よく進めてくれたおかげだろう。



 香り高い紅茶を一口飲んで、アリシアはティーカップを戻した。



(それにしても……。無事に茶会が開かれたのはいいけれど、これはこれで奇妙な展開になってしまったわね。どうしたらいいのかしら)



 簡単な自己紹介と挨拶を終えてから、沈黙は続いているが、たまに合いの手を入れるように、食具の大合奏が起こるのだ。



 その度に、グレイとレイチェルの顔色は不機嫌になったり、青ざめたりして、表情豊かに表れる。



 アリシアには見慣れた光景でも、2人には不思議な光景に見えるだろう。それをどう上手く説明しようかと考えただけで、アリシアは眩暈がした。  



 アリシアの隣に座っているのは、レイチェルだ。肩まで伸びたブラウンの髪は、綺麗に切り揃えられている。小さい頃から彼女の一つ一つの所作が美しいと思っていたが、それに磨きがかかったようだ。今の所作は、完璧に完成されていた。



 アリシアの目の前には、赤髪のグレイが座っている。派手な髪は目を惹くが、その鋭い目付きは、周りの視線を独り占めするような力があった。孤高で裏表がなく、令嬢に対する態度は親切で丁寧。そのような噂をアリシアは聞いたことがあるが、その通りだと思った。



 グレイもまた、この目の前で繰り広げられているハプニングを、まるで蟲を一匹ずつ確実に踏み潰すように、こっそり対処している。



 グレイの方を見ると、目が合った。グレイは不機嫌そうにしていた顔を整えて、笑みを見せる。その笑みは裏でしていることを包み隠すような笑顔だった。



(そういう所は、変わっていないのね)



 アリシアは真正面に向けていた視線を、左に移す。アリシアから見て直角に座っているルイスは、相変わらず嬉しそうに笑みを浮かべ、同じくハプニングに対処していたが、いつもよりその対処の仕方が甘かった。



 何か考えがあるのだろう、そう思った矢先――――。



「あぁ……!」



 レイチェルの蕾のような唇から、小さな声が聞こえた。



 視線を左に移すと、彼女はパニックを起こしている。どれ程美しい所作をしようが、ハプニングのせいで台なしになるのだろう。このような屈辱を味わうのは、彼女にとって初めてなのかもしれない。


 

(どう説明したら……)



 アリシアが話の切り出し方を考えていると、グレイが口を開いた。



「……で、この茶会の趣旨は何だ? 何となく想像は付くが、それにしてはトリッキーな茶会だろう」



 動くティーポットを引き寄せ、上からがしっと押さえ付けながら、グレイは威圧的な視線をルイスに向ける。



「こうして、また機会を与えくれたことに感謝いたします。ルイス様、そして、アリシア……様も……。ですが、わたくしもグレイと同じく、この茶会の説明をしていただきたいです。ふざけているのなら……」



 レイチェルはこちらの様子を窺いながら発言していたが、途中で言葉を噤んでしまった。



「そうだな……。これについての説明は、アリシアがする。アリシア、貴女のどんな説明も、私は受け入れよう。真実であろうと、配慮した発言であろうと、どちらでもフォローする」

「ルイス様……。ありがとうございます」



 ルイスの言葉に背中を押されて、アリシアの決意は固まった。話を始めるための準備として、思い切り息を吸い込む。それから、吐き出すように言葉を紡いだ。



「あ、あの、今日の茶会について――――」




 カチャカチャカチャッ……。




 話を邪魔するように食具が音を出したが、鳴り始めた音は割とすぐに止まった。アリシアだけでなく、ルイスもグレイもレイチェルでさえ、身の回りの食具を手や魔法で押さえている。



「――ったく。せっかくアリシアが話す気になったっていうのに。少しは静かにしろってもんだ」

「そうですわね。これ以上、茶会の邪魔をして、わたくしの所作から美しさを取り上げないでほしいわ。それと、アリシア様との…………も」



 堂々と意見をするグレイに対して、レイチェルの言葉は最後までよく聞き取れなかったが、いずれも好意的な意見だったと、アリシアには何となく分かった。



「ふふ……、息はぴったり。グレイ、レイチェルも……。まずはお礼を言わせて。こうして集まってくれて、ありがとう」



 アリシアはグレイとレイチェルを交互に見る。



「……まぁ、俺もアリシアとはまたいつか話をしないといけないと思っていたからな……」

「わたくしもよ。良かったら、昔のようにアリシアと呼んでもいいかしら?」

「もちろん、好きなように呼んで。グレイ、レイチェル、まず昔の誤解を解く前に、今の状況を説明させてくれないかしら」

「ああ」「ええ」



 グレイとレイチェルは力強く首肯した。


 その2人の様子を見て、アリシアは配慮した偽りの言葉ではなく、真実を話すことに決める。

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