第7話 濃密な時間②(ルイス・セバスディside)
話を切り上げ始めたセバスディに、ルイスはもう一度100点を取りにいった。
「セバスディが僕に手を貸すというなら、今日から真面目に勉強すると誓う。戴冠後には、立派な王となろう。国民や貴族の意見に耳を貸し、彼らを上手くまとめ上げられるような王だ」
ルイスは決意と覚悟の言葉を力強く言い切り、再び言葉を紡ぐ。
「巧みな話術と駆け引きで、ジュラベルト王国に利をもたらす外交をする。もちろん、軍備を強化して、他国を牽制することも忘れない。常に相手の3つ先を考え、平和の上に玉座を構えず、強い意志と決断力、慈愛と冷酷さを持ち、覇業を成すような覚悟で公務を全うする。僕は、それに繋がる努力を今日から怠らない」
まるで国王演説のように気高く、勢いがあったルイスの言葉は、完全にセバスディの心を鷲掴みにした。
ルイスが言葉を発した時、セバスディは頷きながら聞いていたが、途中から雷にでも打たれたように、身動きができなくなった。セバスディが席を外している間、ルイスの身に何が起きたのか。それを知りたくなったセバスディは、自身が持ち得るルイスの情報を駆使し、ルイスの思考を辿ろうとする。
指南役であるセバスディの目から見ても、小さい頃からルイスは、喜怒哀楽が激しい活発な子だった。最近では反抗的な態度も多いルイスだが、幼少期から今に至るまで、セバスディはずっとルイスに手を焼いている。それでも、あの手この手で手懐けながら、役目を果たしてきたのだ。
それがどうしてこうなったのか。
この展開は読めていなかったセバスディは、爪が食い込むほどの力でこぶしを握った。
ルイスに影響を与えたのは、長年仕えてきたセバスディではなく、今日出会ったばかりのアリシアだ。セバスディはこの事実に、
しかし、それはあくまで私情を挟んだ感想だ。
指南役の立場としての本音は、また違った。セバスディは、予想以上の効果だと高笑いしたい気持ちでいっぱいだったのだ。今までの苦労がこんな形で報われたのだから、そう思うのも無理はない。しかし、「利用価値のある婚約者」を利用しない手はないと、そんな悪い部分も顔を出し始めていた。
「……セバスディ、お前が今日知り得たアリシアの情報を教えなかったのは、今の僕では正しい判断ができないと思うからか?」
「ご明察」
「なるほど。アリシアは難題を独りで抱えているのか……」
「はい。それで、その……噂のアリシア様は本日付で、ルイス様の婚約者になりました」
「……え? それは本当か!?」
「はい」
ルイスの表情は喜びで染まったかと思えば、焦りともどかしさが入り混じったような複雑さを表情に刻ませている。
「困っているのが婚約者でも、すぐには救えないのか?」
そう問うルイスは、まるで子犬のようだった。
「落ち着いてください、ルイス様。権力を持つ者が無知で短見浅慮だと、物事が悪い方へと進みます。アリシア様をお救いしたい気持ちは分かりますが、上手くいかなかった場合、何らかの形で足元をすくわれるのはルイス様です。今は王の器を完成させることに専念してください」
できるだけ優しい声音で諭したつもりだが、ルイスはうんざりしたのか顔を歪めた。
「また、王の器……」
それは、セバスディがルイスに何度も聞かせた言葉だった。諸々の条件を満たして初めて完成するのが王の器だ。
勤勉であること。人々を導く器量を持っていること。物事を諦めずに成し遂げること。また、その過程において失敗した場合、逃げ出さずに責任を取ること。その他にもたくさんある条項を全部満たした時、王の器は完成し、戴冠式を挙げることができるようになる。
しかし、年齢以外の条項は、努力で満たせるものばかりだ。
「……分かっている。焦ったりはしない。弱みは……決して見せない」
「はい。ルイス様が王となる器を完成させるまでは、手を貸しましょう。もちろん、国王陛下も私と同じ考えですよ」
「父王も……?」
「ええ。アリシア様をお救いするのは、ルイス様がもう少し大人になってからでも、手遅れではありません。ですが、彼女を救うのはルイス様自身でないと意味がない」
「く……色々と制約が多いが、分かった……」
ルイスはこくんと頷くと、再び勉強に勤しむ。時間が惜しいようだった。そんな献身的なルイスを見ると、セバスディの胸は人並みにチクリと痛んだ。
◆
それから数日後。
今日もルイスは、勉学に励んでいる。
合間に気分転換を兼ねて、ルイスはアリシアから届いた2枚のハンカチと手紙を確認した。嬉しくて気分が高揚し、有意義な時間を過ごせたが、恥ずかしい所をセバスディに見られてしまい、揶揄われていた。そのせいで、ルイスの顔は赤い。
「……手紙を書きたいが、そろそろ休憩時間が終わる。どこかで時間を取れるといいが……」
「その時間があるなら睡眠をとることをお勧めしますよ。予定をこんなに詰めたのは私ですが、少しは手を抜くことも覚えていただかないと」
「…………」
「はぁ、分かりました。私が代筆して手紙を書いておきましょう」
「ありがとう、セバスディ。ふぅ……5分だけ仮眠を取らせてくれ」
「かしこまりました。5分後に起こしますので、お耳をお留守にしないように」
「なッ……セバスディ~~ッ!」
ルイスの悲鳴を堪能しながら、羽ペンを手に取ると、セバスディはすらすらと代筆文を書き綴っていく。書き終わる頃にはすっかり悲鳴は消えていて、代わりに静かな寝息が聞こえてきた。確認すると、ルイスは椅子の背もたれに寄りかかり、目を閉じて仮眠を取っている。
「……仕方ないですね、あと10分はこのままにしておきましょう」
セバスディはそっと部屋を出ると、研究機関を訪れた。代筆した手紙をローランド・メロディアス公爵に届けるために。
それから幾日と時が過ぎたが、ファウスト王立学院に入学する日の半年前まで、ルイスとセバスディは忙しくて濃密な時間を過ごしたのだった。
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