第6話 濃密な時間①(ルイス・セバスディside)
*「第4話途中~5話」のルイス視点/セバスディ視点になります。
『お部屋に戻り、勉強の続きをしてください』
セバスディにそう言われたルイスは、自分の無力さに腹が立ちながらも、部屋へ戻っていた。
窓際には年季の入った執務机が置かれている。戴冠前の王太子は皆、代々それを使い続けていたが、今その周りは、目も当てられないほど散らかっていた。開いたまま置かれた本と真っ白な紙にはインクが飛び散り、その下の絨毯には、雪崩れた本の山と散乱した紙がある。羽ペンは少し離れた所にあり、無残にも折れていた。
この光景は、ルイスが逃亡する前と同じ状態だ。
逃亡する前のルイスは、自由のない過酷な王太子教育が嫌になり、心を荒ませていた。不安定な感情は無意識に魔法を暴走させ、周りに影響を及ぼすことがあるが、同じことがルイスの身に起きたのだ。その時のルイスは、チャンス到来だと喜んで、セバスディの隙を突いて部屋から逃亡した。
そこで、アリシアに出会った。
今のルイスには逃亡前のような気持ちはない。あるのは、雷に打たれたような衝撃と情動がルイスを突き動かしている事実だけだ。アリシアに感化され、セバスディにはスイッチを押されたルイスは、王太子としては遅咲きだが「自覚」が芽生え始めていた。
机周りを片付けながら、ルイスはセバスディの言葉を思い出す。
『青いリボンが付いたバレッタは、最初から落ちていませんでした』
そう断言したセバスディ。何も言わなかったが、その
セバスディに限っては、「逃亡者のルイスさまが関与することではありません」と、きっぱり言い切っている。アリシアは戸惑っているようだったが、セバスディはルイスがその事情に踏み込むことを許さなかった。
セバスディは、王太子付き指南役でもあり、補佐官でもある優秀な助言者だ。まだ未熟なルイスは、彼の言うことを絶対に守らなければいけなかった。国王がそう指示したからだ。しかし、それがルイスを苦しめ、2人の関係を息苦しいものにしてしまった。
その一方で、ルイスは「セバスディの言うことには、いつも明確な根拠がある」と、信頼を寄せていた。一言では言い表せられない2人の関係は、コインのように裏と表がある。
「セバスディなら、どう考えるだろう……」
ルイスは暫し、考えに耽った。
やがて今取るべき行動が見えてくると、ルイスは口の端に静かな笑みを乗せる。慧眼を持つ冷酷な獣は、この時、初めて頭角を現したのだ。
◆
ローランド・メロディアス公爵と2人の公女たちは、セバスディに見送られる形で、領地へと帰って行った。その後、セバスディは国王と会談して、出立時に公爵と2人の公女が複雑な表情をしていたことを爽やかに報告。
それが終わると、ルイスの部屋へ向かったが、その途中で見た西の空には、黒みがかった雲が広がっていた。3人を乗せた馬車が向かった方角だ。
「ああ、嫌な色ですね。銀髪の公女様の未来は、明るいといいですが……」
暗雲は、メロディアス家だけでなく、王家にも立ち込めている。それを見越しているセバスディは、せめて天候の心配だけは取り除きたいと思い、魔法で一時的に雨雲を取り払った。
「ルイス様、入りますよ」
セバスディが入室すると、椅子に座ったまま一点を見据えて動かないルイスの姿が見えた。こちらを少しも見ようとはしなかったが、それはいつもルイスがする拗ねポーズなのだ。
セバスディはクスっと小さく笑うが、構うことはしなかった。気になることは、ただ一つ。「言われた通りに、ルイスが勉強をしたかどうか」だ。セバスディは机周りを観察した。
ルイスの机は綺麗に片付けられている。逃亡前の雑然とした様子はないが、勉強をした形跡も見当たらない。本や紙はあるべき場所に仕舞われていて、ペンスタンドには真新しい羽ペンが立ててある。その羽ペンでインクが使われた形跡はなかった。
「まだ勉強は、終わっていないのですか?」
思わず溜め息を吐きそうになったセバスディだが、ルイスの顔を見て、即座に溜め息を引っ込めた。
「まさか……!」
違和感を覚えたセバスディは、机周りを隅々まで調べ出した。本棚にある本の中身を一冊ずつ確認し、それから机の引き出しの中まで入念に目を通した。未使用だと思われた羽ペンとペンスタンドも、合わせてチェックする。それが一通り終わると、セバスディは満面の笑みで、感嘆の溜め息を吐いた。
「はぁ、さすがです、ルイス様。机が綺麗になっていたのは、座学の勉強を終わらせて、片付けたからですね。私を欺くために、羽ペンの先を拭いて」
「ああ」
「では、次は魔法学の勉強に移りましょう。その後、休息を兼ねてディナーの時間にします。それから、ダンスの練習、語学の勉強。就寝前には私と、とあるテーマについて議論をします」
「……分かった、セバスディ。お前の言うことは、全てやる。もう逃げないと約束する。だから、アリシアのことを今すぐ教えて欲しい」
ルイスはセバスディに提案した。13歳の目付きにしては、どっしりと構えたような威圧感がある。ルイスの風格を肌で感じたセバスディは、怯まないどころか恍惚とした表情で、答えに点数を付けた。
「う~ん、その答えでは不十分です、60点」
「……やっぱりダメか」
「はい。それに、私もアリシア様の事情を一部しか知りません。今日知り得た情報だけで推察することはできますが、偏った見方になりますし、どうせならもう少し調べ上げた上でお手伝いしたいのです」
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