バレンタイン

 今年のバレンタインは平日だった。

 これが休日なら朝から集まってお菓子作りをするのだけど、学校がある限りはそうもいかない。今日ばかりは真面目に勉強をする日じゃなくて、友達とお菓子を分け与え合う日なのだから。

 学校から帰った私は、当然のようにマユの家へと顔を出していた。芽衣と睦の双子姉妹も揃っている。今日は、それぞれに戦利品たるチョコを自慢する日だった。マシュマロとか、クッキーとかでもいい。とにかく、楽しかったぜ! と喜びを分かち合う日なのである。

 マウント合戦とかじゃないんだぞ。

 開口一番、偉そうにしていたのはマユだった。

「むふふ……みたまえ、諸君」

 自信満々にテーブルへ並べたチョコの数は、圧巻の一言である。赤と銀でタッピングされたお洒落な箱から、落ち着いた白の箱、可愛らしいピンクの包装紙と外装だけでも十分にカラフルだった。

「いくつもらったの?」

「分かんない。数えたことないし」

「ふーん。ふーーーーん?」

 果たして、テーブルに並べられたチョコは何個あるんだろう。

 指折り数えるとダルくなるし、なぜか腹が立つのでやめておいた。マユは、色んな子からチョコを貰っている。クラスメイトが配っていた義理チョコ、彼女が友達から貰った友チョコに加えて、熱心なファンから貰っている本命チョコもある。形も丸から星形、そして定番のハートまで様々である。

 ちょっとの羨ましさと、妬みと。

 隠し味にしては多い量の独占欲が滲んでしまう私は、彼女の幼馴染である。

 マユの妹達は、姉のモテ具合に感心していた。

「凄いね、お姉ちゃん」

「でっしょー。私ってばモテ女だからさー」

「……でも、まだ本命からは貰ってない」

「芽衣は一言余計なの」

 べちべちと互いの頬をつねりあって、マユと芽衣が不毛な喧嘩を始めた。

 その横で、睦が自分の貰ったチョコを並べ始める。

「今年はねー、クラスの子から一杯貰った!」

「良かったね、睦」

「へへっ。ありがと、ユカ姉」

 無垢な笑みを向けられたので、私は睦を撫でてあげることにした。

 今年も、先生たちは多目に見てくれたということだろう。

 友達が多い睦は、その分チョコの数も多い。たとえ友チョコなのだとしても、当時の私よりもモテているのは間違いなかった。そして、チョコをひとつも並べないのは私と芽衣である。芽衣は誰からも受け取っていないようだ。睦と同じ学校に通い、似たような同級生に囲まれているとは考えにくい生活をしている。まぁ、それも彼女なりに義理を立てた結果のゼロ個なのだろう。私の手元にチョコがないのは、既に学校で義理チョコを食べてしまったからである。決してクラスメイト含む誰からも貰えなかったとか、そういうことではない。

 ちなみに、母親からは金一封を貰った。いつものことである。

「んじゃ、恒例のお渡し会をしまー……」

 昨日のうちに作っておいたチョコを取り出そうとしたところで、廊下を歩く人影が見えた。私が視線を向けると同時に、マユが廊下から人影の正体を引っ張ってくる。

 光明くんだった。女子会に混ざるのが嫌だった、などといった言い訳も本日ばかりは通用しない。中学三年生、思春期の真っただ中にいる彼がバレンタインデーにチョコを貰えたかどうかは、彼の姉妹でなくとも気になるところである。

 抵抗虚しく連れてこられた光明くんに問いかける。

「みっちー、今年はどうだった?」

「ユカ姉、俺にもプライバシーってものがあるんだよ」

「は? 隠すならチョコあげないぞ?」

「……守秘義務があるのでぇ」

 言い訳を重ねて逃げようとしたみっちーをマユに拘束してもらった。

 少年の心を壊さぬよう、荷物を直接覗き込むことはしない。通学鞄にそっと触れて、その膨らみとビニールの音から彼が貰ったチョコの数を推測してみる。

「……五個? 一個はクッキーな気がする」

「ユカ姉、たまにマジでキモいときがあるよね」

「あ、当たったんだ」

「もー。マジで勘弁してくれ。頼むから」

 暴れて部屋を出ていった光明くんからはそれ以上の情報が得られなかったけれど、彼も青春を楽しんでいるようで結構である。ひょっとしたら、本命の子からチョコを貰えたのかもしれない。

「あとで絞り上げてみようかな……」

「マユ、やめときなさいよ」

 嫌がる子に無理やり、というのは私の本意ではない。ちぇっ、と唇を尖らせたマユも、流石に本気で弟君の秘密を暴いたりはしないだろう。

 他人の恋話を聞くのは思っていたよりも楽しいから、是非とも色々話をしてもらいたいものだ。あとで、ソラにも聞いてみようかしら。

 さて。

「それじゃ贈与式を行います」

「やったー。ユカ姉のチョコ、美味しいんだよね」

「うむ。気合を入れているからな」

 ニコニコと両手を差し出してくる睦が、この場で一番バレンタインデーを楽しんでいると言えるだろう。

 マユと芽衣も、私に向かって手を差し出している。だけど、そこに滲み出る必死な感じが、どこまでも彼女達を幸せから遠ざけてしまう気がした。どちらへ先に渡しても角が立つから、ふたりには同時に手渡した。それから睦へと丁寧にラッピングしたチョコをプレゼントする。三人とも中身は一緒だけど、それを知った上で私へと満面の笑みを返してくれる。

 やっぱり、作り甲斐があって、楽しい。

「チョコありがと、ユカち」

「うん。来年もあげるね」

「えへへ。楽しみにしてるよ」

 芽衣は、本当に嬉しそうに笑った。

 マユはどこかほっとしたような顔をしている。もしも貰えなかったら、とか要らない心配をしていたのだろう。その辺り、芽衣は図太いので安心できる。作り忘れても謝れば許してくれそうだし。芽衣は、どこまでも私に甘い女の子なのである。

 チョコを配り終えた後は、みんなで開封しながらチョコを食べた。さながら四人姉妹のように仲良く、雑談をしながら時間を過ごす。ホワイトデーのお返しを楽しみに待ちながら、私は自分のチョコを食べてくれる日々家の姉妹たちに感謝を捧げるのだった。

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