法被

 久しぶりの学校だった。

 冬休み明けの学校は、夏休み明けのそれと違って登校への抵抗が薄い。宿題の量が夏休みと比較して圧倒的少量だから、あれもこれもと追われずに済むのだろう。

 やや道に迷いながらも無事に登校を果たし、クラスメイトとも顔合わせの挨拶をした。正直、友達と呼べるかは怪しいラインの相手だ。学年が変わり、クラスが変われば言葉を交わすことがあるか微妙な知り合いばかりである。まぁ、私にとっては誰もが等しい。唯一、マユだけが私の親友だ。その閉塞的な関係を壊したくて、ソラという相手を見初めてみたのだけど。

 私は友達が少ない。他人をないがしろにしすぎなのだ。自分を振り返るほどに、その醜さから顔を背けたくなる。まず、ソラより先にクラスメイトと仲良くなるのが先決では? とか思った。

「やっほー、おは……あけおめー」

 新年の挨拶をすっ飛ばして普通の挨拶をしかけたクラスメイトの子に向けて、あけおめと返す。彼女は、確か――。

 名前は忘れたけど、何度か会話を交わしたことはあるはずだ。あまり目立つタイプではなく、どちらかと言えば地味な子だと思う。私が言えたことではないかもしれないけれど。そして、挨拶を交わしてくれる相手の名前すら憶えていない自分のことが嫌いになる。私の世界はあまりに狭い。どうにかして抜け出さないと、と決意を新たにした。

 友人同士の雑談に明け暮れる少女達を横目に、私は机へと伏せる。頑張るのは、明日からにしよう。

「……ん?」

 ちょいちょい、と肩を突かれて起き上がった。いつの間にか浅い眠りに落ちていたようで、私の口元は少し湿っている。ごしごしと拭ってから向き直るも、クラスメイト達はにこやかな笑顔で迎えてくれた。

 知ってる。これ、年下の幼女を相手にするときの顔だ。むむむっ、と私の警戒心が一段階引き上げられた。

「湯上ちゃん、これ知ってる?」

「……いや。初めて見た」

「そうなの。面白いからやってみたら?」

「うーん。どうかなぁ」

 彼女が差し出してきたのは、1枚のチラシだった。

 そこには、『あなたの願い叶えます』の文字と共に、こう書かれていた。

「……どんな悩みも解決します! 恋愛相談、進路、人間関係、何でもござれ」

「いかにも怪しくて、逆に面白くない?」

「こんなのどこで拾ったの」

「家のポストに入ってたの。ね、今の時代にこのセンスだよ。逆にすごくない?」

 彼女の言う通り、あまりにも怪しくて却って興味がそそられる。私は彼女から受け取ったチラシを手に取り、まじまじと見つめていた。書かれているのは、本当にありふれた文言だ。ただし、爆発する怪しさがその平凡を台無しにしている。

 最後の行には電話番号らしき数字が羅列されている。私はちらりと視線を上げて、同級生達の様子を観察した。誰も、私が真面目にとり合うとは思っていないようだ。

 内容は覚えたから、持ってきた子にチラシを返す。

「ありがとう」

 そう告げると、その子は嬉しそうに微笑んだ。そして、再びの喧騒が訪れる。私はチラシに書かれた番号をスマホに打ち込んだ。検索結果に出てきたのは、見知った建物である。

 私の師匠の家だった。

「えぇ……」

 どうしよう。どうしようもないけど。

 悩んだ末、私は師匠に電話を掛けることにした。スマホの通話ボタンを押して、コール音を聞きながら、少しだけ緊張する。色々思うことはあれど、直接会うならこちらの方が確実だし、早い。

「……あれ?」

 しばらく待っても応答がない。留守電サービスへと繋がってしまった。メッセージを残すかどうかの案内が聞こえてくる。メッセージを残そうとしたところで、声が届いた。

「もしもーし。嶋井です」

「あ、湯上です。あけおめです」

「ん。あめー」

 あけおめを更に短縮した文言を創出したのは私の師匠、嶋井奈乃だ。私も大概だと自覚しているが、師匠はそれ以上のマイペースだ。電話口の声もふわふわしていて、どこか掴み所のない人である。

 とりあえず、用件を伝えることにした。

「師匠、変な商売始めましたか」

「は? なに、新年から喧嘩売ってるの」

「勝てない勝負は申し込みませんよ……」

 クラスメイトの家に奇妙な広告が届いたことと、そこに記載されていた電話番号が師匠の家の固定電話に繋がっていたことを説明する。

 ふむふむと頷いて、師匠が振り返ったようだ。

「お姉ちゃん? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 やいのやいの、ふたりが話している声が聞こえる。師匠のお姉さんはすらりとした体型の美人さんだ。お辞儀ひとつ取っても所作が美しいため、彼女のカラテにはファンも多い。マユほど厄介なファンがいないのが救いだろう。

 しばらくして、師匠が電話口に戻ってくる。彼女は短く、要点だけを告げた。

「今週末、ウチに来たら教える、だって」

「えぇー、私は」

「来ないとしばくってお姉ちゃん言ってたから。んじゃ、私は伝えたからね」

 不穏な台詞を残して、師匠は電話を切ってしまった。むぐぐ、好奇心はやはり封印しておくべきだったか。

 どうすっかなー、と悩む。悩みに悩み抜いて、同級生の肩をつつく。

「このチラシの正体、分かったよ」

 墓を掘るなら穴も多い方がいいだろう。どうせなら、と私はクラスメイトも道連れにすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る