接ぐ
幼馴染のマユの家へ遊びに来た。
彼女の希望で、お雑煮を作っている。
「散々食べたんじゃないの?」
「いいじゃん。ユカちゃんが作ったのを食べたいの」
「いや、種類の話ではなく……」
量の話だ。
初詣の後、出店を何店も巡ったはずなのだがマユの食欲は底を知らない。彼女のお腹がどうなっているのか触って調査してみたいけれど、もしマユの羞恥心を刺激してしまったら大変だ。私のか弱く細い指がへし折られてしまう可能性もある。お風呂の時間にこっそり確認すればいい話なので、今は我慢することにした。
猫をも殺す好奇心は、祟り神として扱おう。
「マユも料理すればいいのに」
「ヤだ。面倒じゃん」
「お雑煮を難しいっていう人、いないと思うよ」
我が幼馴染は、頑なに台所へ立とうとしない。
慣れれば料理も楽しいものなのにね。
お雑煮は、出汁を取って具材を入れて煮込むだけの簡単料理だ。私達の地域では鰹節で出汁をとって、そこに白菜と、少しのキノコ類を入れて煮ればお終い。実に簡素な作りだ。それでも喜んでくれるマユは、チョロすぎて歯ごたえがない。難しい料理を求められても困るけれど、私の料理スキルを発揮する機会は来るのだろうか。
「他に食べたいもの、ある?」
「お汁粉」
「お餅フルコースじゃん」
材料を探したけど、小豆がないから今回は店じまいだ。
雑煮を食べた後、日比家で作った芋きんとんを貰った。甘さ控えめだけど、主原料は薩摩芋なんだよな。エネルギーの塊だし、寝正月をしていたら食べるのも遠慮していただろう。今の私は稽古をしている身ゆえ、食べたいだけ食べてもいい。多分。メイビー。分からん。その辺も今度、師匠に聞いてみよう。小学生の頃も理解できなくて、食生活に対する意識が低かったし。
今の私なら、もっと強くなれる気がする。
気がするだけ、かもしれないけれど。
ご飯を食べ終えて食器も洗い終わった私達は、マユの部屋でごろごろすることにした。睦や芽衣を含めた他の日比家のメンツは、全員で初詣に行っているらしい。マユだけが残って私と別行動をしていたようだ。私に気兼ねしたのだろうか。
「一緒に行けばよかったのに」
「ユカちゃんとふたりが良かったもん」
「……家族との時間も大切にしなよ」
「ユカちゃんも家族みたいなもんだし」
「ただの幼馴染なんだけど」
「いいじゃーん。照れるなよぅ」
ぐへへと抱き着いてきたマユの額にデコピンをした。
洗った食器を乾燥機に詰め込んで、台所も綺麗さっぱり片付いた。私の背中にリュックみたく張り付いていたマユを揺すって、今後の予定を聞いてみる。特に予定もなく集合して、何事もなく一晩過ごすというのが常態化していたからだ。マユと過ごす平穏無事な毎日も好きだけど、それは退屈に負けない前提があってのことである。
今の私は娯楽に飢えているのだ。
「マユ。なんか面白いことして」
「急に無茶ぶりするじゃん」
「だって暇になったから。ほら、はやく」
「むー。じゃ、芽衣が帰ってきたらお世話よろしく」
「それはちょっと……困る……」
重すぎる交換条件に尻込みした私を押して、マユが移動を開始した。
埃ひとつない廊下をずりずりと滑って到着したのは、マユの部屋だ。ぽんと押し出された私は、勢いそのままにマユのベッドへダイブした。私のベッドよりもスプリングが弱っている。私よりも大柄なマユに毎日酷使されているから、バネの摩耗が早くなっているのだろう。布団を被って、もぞもぞとベッドの上から手を伸ばす。テレビのリモコンを手に入れた私は、無敵の体勢になった。ゴロ寝のポーズである。
「なんか面白いの、やってないかな」
「バラエティか、お笑い系か、だよね」
「それしかないからねー、お正月は」
この時期はアニメもなくなる、とマユは頬を膨らませた。
私がポチポチとチャンネルを弄る間に、マユは部屋に散らかっていたボードゲームの備品を片付け始めた。札の様子から推測するに、弟姉妹を連れての四人プレイを楽しんでいたようだ。一人っ子の私には永遠に不可能な遊び方だから、やはり兄弟がいるのは羨ましいものだなと思う。喧嘩するから、とか言われても私の羨望は揺るがない。手に入らないものほど、美しく見えるものだしね。
ベッドに寝転んでお正月特番を見る。駆け出しの俳優が、中堅芸人に混ざって体当たりのロケを敢行していた。時代の変遷と共に変わるコンプライアンスに対応して、あれやこれやと工夫を凝らしたロケが行われているようだ。同じシチュエーションでも芸人がやれば笑い声が、若い俳優がやれば黄色い歓声が上がっていた。スタジオにいる観客たちも現金なものである。私は俳優と芸人のどちらにも推しがいないから、両方に頑張ってほしいと思った。
番組が終わったのでチャンネルを変える。特にめぼしいものはやっていなかったので、テレビはつけたまま視線をマユへと移した。
彼女は私に背を向けて、机に向かって何か作業をしている。邪魔をするのも悪いので、声を掛けずに大人しく待った。手元に覗く、手のひらサイズの白い紙。しばらく考えて、年賀葉書だと気付いた。私の元には誰からも届いていない。強いて言えば、マユから電話で新年の挨拶を貰ったくらいだろうか。あぁ、あとはソラとも謹賀新年のやり取りをした。親戚回りに忙しいらしく、彼女と会えるのは冬休みが開けてからになりそうだった。
「マユ。年賀葉書、どのくらい届いた?」
「ん? んー……いっぱい」
「端折ったな。貸してー」
別に送り主には興味がない。
ただ、年賀葉書とはどういうものだったのか、それが気になっただけである。
葉書の表には宛名が書かれている。手書きか、印刷かの違いこそあれど、どれも日比真由子様と書かれている。何枚かお姉様と書かれているものもあって、厄介なファンはどこにでもいるのだと感心した。裏返しにすると、様々に個性が出ていて面白い。ウサギちゃんが描かれているのは基本的に同じだけど、挨拶を書くだけのものもあれば、近況の写真を張り付けている子もいる。プライバシーやらの観点で、本当はこういった写真は載せない方がいいんだろうなぁ、とか変わってしまった社会に対して思うところも多い。まぁ、私はマユ以外から貰った記憶がないんだけど。
あと、厄介なファンは長文をしたためていることが多かった。拗らせ方が似通ってしまうのも面白くて関心が向く。マユに紙の束を返すと、彼女は一枚一枚、丁寧に目を通していく。厄介なファンのそれもちゃんと通読しているようで、その真面目ちゃんぶりには頭が下がる思いだ。
「偉いねぇ」
「んー。だって、私を応援してくれている子だし」
「真面目だねぇ」
「いいじゃん。悪いことじゃないんだし」
ぷくっと頬を膨らませたマユが、葉書を引き出しへと仕舞い込む。
ごろりと、マユはカーペットの上に寝転んだ。スマホを操作して、SNSのチェックをしているようだ。私はというと、特に何もしていない。テレビでは芸人さん達が笑っている。何が面白いのか分からないけど、画面の向こうの世界では大層楽しいことが起きているらしい。マユに倣って、私もベッドの上でごろんと寝返りを打った。仰向けになると、部屋の天井が見える。年末に取り換えたのか、真新しい蛍光灯になっていた。発光ダイオードののっぺりとした光が眩しくて、少し目を細める。
静かな部屋だった。
マユがスマホをタップする微かな音だけが響いている。マユのベッドは温かくて、頭がぼんやりしてきた。瞼が重い。このまま眠ってしまいたいような気もした。でも、せっかくだからマユとお喋りしたいなと思う気持ちもある。相反する感情を持て余して、布団を脱ぎ捨てる。電気ストーブがついていても、まだ部屋は寒かった。平然としているマユは、私よりも一枚余分に着込んでいるようだ。ベッドを降りてマユの横に寝そべる。私が横に来たのに、彼女はまだスマホを弄っている。相手は誰だろう、と少し興味が湧いた。
「マユ。お餅っていくつ食べたっけ?」
「んー? まだいっぱいあるよ。冷蔵庫に入ってるから持ってこようか?」
「いや、食べたいわけじゃないから」
「持って帰るつもりかねー」
「ただの四方山話だよ。食いつかないの」
ぺちぺちとマユの二の腕を叩く。
やっぱり、少しふっくらしている気がした。顔色も良くなって、肌艶も増している。ようやくスマホでの連絡を終えたマユが、傍にいた私を抱きかかえた。わしわしと頭を撫でてくれる手は、いつもより冷たい。そして、控えめな感じがする。
「誰だったの?」
「部活のグループ。新年からの練習日程貰った」
「……あれ、まだ練習始まってないんだ」
「顧問がね、始業式までは意地でも部活やらない! って言ったんだ」
「へー。珍しいこともあるもんだ」
柔道部、生真面目に練習していたのに。
話を聞くに、顧問の先生の親戚関係で少々の揉め事が起こっているらしい。冬休みの間は県外にいるらしく、部員達には筋トレなどを各自で行うように通達が出ているようだ。部長さんがグループに投稿したメモには基本的なメニューが書かれていて、確かにこれなら一人でもやれるだろう。……まぁ、マユの身体に触れてみれば、ここ数日はサボっているというのが如実に分かるけど。
「今月末には試合あるんじゃないの」
「いいの。チートデイも大事だし」
「もはやチートウィークになっていると思うけど」
「いいじゃん。強くない私は嫌い?」
「……別に、そうは言ってない」
強い方が好きってだけだ。
マユは勝利に拘泥しない。勝つための努力はするけれど、必要以上に踏み出さない、というのが正しい。絶対に勝てない相手が眼前に立ち塞がれば、彼女は潔く負けを認めるだろう。強者故に相手との力量差も的確に見極められるのだ。
負けても、楽しかったと笑える。
それが、強者の証だと思う。
「私と一緒に走る? マユ、訛ってそうだし」
「あー。明日からなら……」
「ん。じゃ、それで」
古武術なら教えられるけど、柔道に関しては素人だ。私には、マユの体力作りの手伝いくらいしか出来ないだろう。
柔道は危険なスポーツだ。投げ技にも締め技にも事故の危険がつきまとう。生徒だけで集まって無理に練習をすれば、きっと怪我をすることになってしまう。だから無理な稽古をせず、練習を休みにしてしまうのも正解と言えるだろう。
そのおかげで、私はマユと終日のんびりできるのだから。ま、ずっとこのままというわけにもいかない。それは、彼女もきっと、分かっているに違いない。
「ふぁ……」
「ユカちゃん、さっきから欠伸漏れすぎじゃない?」
「そうかな。そんなことは……」
言いながらも、私の唇から息が漏れた。
気が付かないうちに体力を使い果たしていたようだ。
早朝にランニングして、お昼はマユと初詣に行って。まだ、日比家の面々が帰ってきたら遊びつくす予定もあるのだし、ここは少し休憩を入れておくのも賢いだろう。ベッドに向かおうと身体を起こしたら、マユに肩を掴まれた。そのまま、彼女の胸に抱かれる。厚着をしているせいで、いつもの柔らかな感触は分からない。でも、マユの匂いがした。
スマホを手放したマユの手が私の背中に触れた。とんとん、と心音に合わせて私をタップする。布団に潜りこむよりも、ハグしてもらう方が落ち着くし気持ちがいい。背中から首元へ、耳の後ろをくすぐるようにマユの手が伸びてきた。甘やかすような手つきが心地よい。
「お昼寝、していいよ」
「……ん。ありがと」
「今年もよろしくね」
うん、とマユの胸元で首肯を返す。
マユへと体重を預け、私は瞼を降ろした。テレビから聞こえてくる音が波打って聞こえる。寝落ち寸前の証だ。マユが私の額に唇を寄せ、何かを喋っているが聞き取れない。魂まで溶けてしまったように、私は幼馴染の中で安堵を得る。
幼馴染に抱きしめられているときが、一番の幸せだ。
そんなことを考えている間に、私は浅い眠りに落ちていった。
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