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選択
クリスマスを控えた女子高生がやることと言えば?
答えは簡単。彼氏、あるいは彼女へのプレゼント選びである。
「ねぇ、ユカちゃん。これなんかどうかな」
「んー……」
「色が地味かな? こっちの方が可愛い?」
「んんんんんんー」
私達には彼氏も彼女もいないので、マユの妹たちへのプレゼントを探していた。
今日はマユと私、ふたりでのデートである。ソラは残念ながら都合が合わなかったので、ふたりでショッピングモールを巡っていた。クリスマス前最後の週末ということもあって、随分と多くの人でにぎわっている。
手袋やマフラーなどの冬場に貰って嬉しいものを一通り見終わったところだ。あまりピンと来るものはなく、他のものを探すことに決めた。相手が小学生の子供とは言え、手を抜いたプレゼント選びをする気は毛頭ない。もし手抜きをして、「私達って大切じゃないんだ……」とか思われたら一生モノのトラウマを植え付けることになってしまう。私にとって、それは断固として避けなければならない事態だ。
両親に望んだ愛を貰えなかった子供として、同じ轍を踏ませたくない。
ぐっと握る拳には私の愛が滲んでいる。それはきっと、赤い色をしていた。
「絶対に喜ばせないと……!」
「ユカちゃん、その意気で私へのプレゼントも選んでね」
「その辺に生えた花とかでいいでしょ」
「雑ぅ! 待って。あまりにも格差が激しいじゃん」
べしっと肩を叩いてくるマユだが、私が普段から注いでいる愛情、もとい友情の量を考えれば納得の采配だろう。睦と芽衣よりも遥かに多くのものをあげているつもりなので、クリスマスくらいは妹たちに花を持たせてやってほしいものだ。
とまぁ、半分は冗談で言葉を濁す。
「ユカちゃん、結局プレゼントどうするの?」
「んーっとね……実は決まってない」
「なははー。やっぱり。遊び道具がいいんじゃないかな」
「だよねぇ。んじゃ、そうしようかな」
マユの妹達のことも日頃から可愛がっているし、彼女達は私に随分と懐いてくれている。せっかくだから喜ぶものをプレゼントしたいけど、これがなかなか難しい問題だった。私の趣味に合わせてぬいぐるみを送るにしても、部屋のスペースには限りがある。それじゃ嵩張らないものをと考えても小学生を相手に半端なアクセサリーを送っても喜ぶだろうか?
ここはマユの提案に従って、無難にボードゲームを選ぼうか。
そう思い立って、おもちゃ売り場に向かう。てくてくとモールの反対側に歩いていく最中、同じ学校らしい生徒が親と一緒に歩いているのを見た。らしい、というのはマユが反応したからだ。私は顔を知らない相手だけど、マユにとっては顔見知りの相手みたいだ。マユが手を振り名前を呼んで、短い言葉を交わしたのを見てそう思った。親を引っ張るようにして離れていく相手の子は笑顔を覗かせていて、マユとは仲が良いようだ。
気付けば私は歩みを止めて、マユを見上げていた。
「……友達?」
「そうだよ。柔道部の子」
「ふーん。その割には、ほっそりしていたね」
「それ私がごついって意味ぃ?」
冗談だと分かっていて、マユの言葉は受け流した。
おもちゃ売り場へと急ぐ私に不穏な空気を感じ取ったのか、マユが私の手を掴んできた。通路の端によって、私よりも大柄な身体で包むように抱きしめてくる。指先を搦めてくるのは、甘えたがりな彼女にはありがちなことだった。マユの匂いに心が落ち着く。階段の裏の人気が少ないスペースでくっつかれたけど、誰が来るとも限らないので彼女の身体を押しのける。
マユの瞳が不安で揺れ動いた。あ、これは勘違いさせたな。
言い訳という名の説明をしておかないと。
「マユには友達がいて、羨ましいなと思って」
「……ユカちゃんにもいるじゃん」
「学校ではね? でも、外で会っても挨拶とかしないし」
「なんで? 普通に声を掛ければいいじゃん」
「……そういう意味では、私には友達がいないんだよね」
休日に街を歩いていて、偶然に同級生と鉢合わせたとしよう。私が自分から声を掛ける可能性はゼロだと言っていい。ごく僅かな例外が、マユだった。最近になって、そこにソラが加わろうとしている。その程度には私の心の壁は厚く、友人層は薄い。教室で話す相手はいるけれど、学年が変わってクラスも変われば、果たして言葉を交わす相手で居続けられるだろうか。
私は隣にマユがいればいい。
幼馴染と仲良くしていれば、他の人はいらないのだ。
だから友達が少ないし、その現状を変えなくちゃいけないという認識はある。あるのだが、だからと言って何をするでもなく日々をのんべんだらりと過ごしていた。マユへの依存度を下げねばと思うほどに、マユ以外の誰かが私の隣で笑っている場面が想像しにくくなる。私の表情から内心の複雑な機微を読み取ってくれたのか、マユは小さく息を吐いた。握った手の平から伝わってくる力も、同級生とすれ違った直後に比べれば弱くなっている。
「ユカちゃんは気難しいからなぁ。友達作るの難しいんじゃない?」
「ホントにねぇ。マユみたいな能天気に生まれたかったよ」
「いやいや。ユカちゃんも相当なマイペースだからね」
そんなことはあるまい、と笑っているうちにおもちゃ売り場へ着いた。
睦と芽衣。マユの大切な妹達へのプレゼント選びを再開しよう。
マユは別個で買いたいものがあるらしく、一旦別行動をとることにした。
棚に並んでいる商品を眺めて、どれがふたりの好みに合うかを考える。ボードゲームなら、お正月もみんなで一緒に遊べるだろう。ルールを覚えるのが難しいゲームもあるけど、あの双子は賢いからすぐに理解してくれるはずだ。しばらく店内を巡って、ひとつの箱を手に取った。かなり有名なボードゲームだ。手札を駆使して領土を拡大し、勝利を狙うゲームである。話には聞いたことがあるけれど、ルールが初心者にはやや複雑なためにこれまでは敬遠していた。美麗なイラストに目を惹かれただけではあるけれど、これも一種の御縁だろう。
「これに決めた」
ひょいと掴んでレジへと向かう。
道中、様々なボードゲームに興味を惹かれた。外箱も可愛い感じのデザインが多いし、値段も手頃なものが豊富だ。対象年齢の幅も広くて、小学生から高校生まで、果ては祖父母の世代と一緒に遊んでも楽しめるゲームまであった。手に持った箱と棚から私を見下ろす商品たちとを見比べて、でもやっぱり、と私は手にしていた箱を抱え直す。直感を信じよう。これは私が、睦と芽衣に喜んで貰いたくて手に取った品なのだ。
短い脚を懸命に動かしてレジへと向かう。ショッピングモールのドン突きに居を構えたおもちゃ売り場は広くて、目的の品を持って会計に行くのも一苦労である。
「……っと」
レジには、既にマユの姿があった。
そして、先程すれ違った同級生とは別の女の子と話をしている。また知り合いに出会ったのか。クリスマス直前ということもあって、誰も彼もが自他へのプレゼント選びに夢中なようだ。マユの腕に抱かれているのはちょうど私の頭くらいの大きさの人形だった。小熊のぬいぐるみだ。私が部屋での癒し役を一任しているクマ吉よりもずっと可愛くて、子供向けのぬいぐるみだった。ちょっとだけ欲しいなと思った私も、多分、きっと子供なのだ。
「――――」
マユはまだ、知らない子とお喋りをしている。
遠くて、会話の内容までは聞き取れないが笑顔だった。
マユがひとつしかぬいぐるみを抱えていないところを見るに、双子のどちらかに贈るものだろう。そうなると双子の妹の方、芽衣が候補かな。あの子は小さくて可愛いものが好きだから。睦の方はもっと格好良さを兼ね備えたものを好む。デフォルメされたクマのぬいぐるみよりも、ごついツノを携えた鹿の人形の方が好きな子だった。
「……後にしよ」
マユの知り合いと鉢合わせたくなくて、少し遠回りをしてレジへ行く。
相手がクラスメイトだったとしても、私は相手の名前を憶えているだろうか。無関心が招いた羞恥心に苛まれながら、店内をぐるっと歩いて回る。抱えたボードゲームよりも面白そうなものは見つからなくて、仕方なしにレジへ戻る。マユと、知らない女の子の姿は消えていた。やや疲れ顔の店員さんに会計を済ませてもらった後、マユの姿を探してもう一度店内を回る。
ぬいぐるみのコーナーにいたマユは、私を見つけるなりぱっと明るい顔をして駆け寄ってくる。
知らない女の子はどこかに消えていた。
「ユカちゃん、買い物終わったの?」
「うん。……マユは?」
「終わったよー。で? 何を買ったのさ」
「秘密。マユが何を買ったか教えてくれたら教える」
「言わなーい。ま、クリスマス当日を楽しみにしておくよ」
「マユじゃなくて、双子ちゃんに上げる奴なんだけどな」
「そっか。それもそうだね」
にへへと笑ったマユが売り場を出ていこうとするのを、私は引き止めていた。
無意識の行動だった。マユの服の裾をつまんで、きゅっと握りしめている。マユはぼけっとした顔をした後、何やら悪戯っぽい笑みを浮かべる。彼女は私に見られていたことを知らない。知らない女の子と楽しそうに話していたマユに、どういう視線や感情を向けていたのかを知らない。恐らくは、おもちゃ売り場に来る前にすれ違った子との仲を心配している程度にしか思っていない。
それでいい。
私の幼馴染へ向ける感情は、そこまで重くない。
重くないってことに、しておきたいのだ。
「どうしたのよユカちゃん」
「……おつり。意外と予算が余ったから」
「ん? そういえば私と半分ずつの出資だったね」
「余ったお金で、ドーナツ食べに行こ」
我ながら、引くほど余ったるっこい声が出た。私は今どんな表情をしているんだろう。マユがやや驚いた顔をしたところを見るに、目も当てられないほどの甘えモードになっている可能性もある。マユは一言、いいよとだけ返して私の手を握ってきた。右手に掴んだマユの手は大きくて暖かい。私からマユへと寄り添って、とても仲の良い姉妹みたいにモールの通路を歩いていく。
マユの妹を喜ばせるプレゼントを買いに来たはずが、自分の心の平和を願って行動している。悪いお姉ちゃんだ、と独り言ちながらも、マユと握った手を離せない。
ショッピングモールの出口は吹き抜けになっていて、正面玄関のガラス張りの壁からは外の風景がよく見える。例年通りに積もらない雪が降り始めて、本格的な冬が来ていることを知った。
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