DV -Diverse Viruses-
風説
風邪をひいた。
マジかー、と天井を見上げている。
今日はマユとソラがお見舞いに来てくれて、ベッド脇に座って私の様子を眺めていた。熱っぽい頭で、ぼんやりと考える。二人に心配をかけるのは申し訳ないけど、こうなった以上は仕方がない。無理に身体を起こそうとすると、目がくるくると回る。なんで風邪をひいたのかなー、と体調管理に自信のあった私は自分が不甲斐なかった。
「何か欲しいものはある?」
「スポドリが飲みたい」
「分かった。安静にしているよーに」
マユが率先して世話を焼いてくれていた。
ソラと一緒にマユの背中を見送って、残ったふたりでぼんやりと見つめ合う。
特に何もない。お土産に持ってきてくれたプリンも食べる気力がわかなくて、机の上で寂しそうにしていた。手持ち無沙汰だ。私は寝転がったまま、ベッド脇で本を読んでいるソラの方に顔を向ける。暇なら帰ってもらってもいいのだけど、それを私が切り出すと彼女を追い出そうとしている気分になる。どうしたのもだろうか。
「ソラ、読書が好きなんだね」
「……まぁ、それなりには」
「いいねぇ。私はあんまり得意じゃないので」
「図書館にはよく来るのに?」
暇を持て余して遊びに行っているだけだ。
別に私は、小説が好きなわけではない。
ソラは相変わらずの文学少女で、今も熱心に小説の世界に没頭していた。その横顔を見ていると、なんだかムズムズしてくる。いつもなら何ともないはずなのに、彼女の頬をつついて遊びたくなる。熱でテンションの弁が壊れて、おかしくなっているのだろう。
情動に耐えられず、私はソラの頬に手を伸ばした。温かくて、滑らかな、彼女の肌に指先が触れる。手のひらを当てて、ぐい、と私の方へ引き寄せようとしたが上手くいかない。ソラは驚いたのか、目を大きく開いている。
「あの、どうしたんですか?」
「暇だから。甘えん坊モードになったの」
「どういう意味です?」
「そういう意味なのです」
つまり、何も考えていない。ただ触れたくなって、そうしたら止まらないのだ。私の手は彼女の頬を滑り落ちて、首筋や鎖骨に触れる。くすぐったがりなのか、彼女は身を捩るが逃げようとしない。ただ、触れられること自体は好んでいないらしく、手を握って動く私を止めに来た。だが、私はあえて無視をした。腐っても元体育会系の体力を生かして、非力なソラへと覆いかぶさる。細い彼女の上に跨って、べったりと密着した。冬場の制服は少し硬くて、肌触りが良くない。それでも他人に抱き着くのが好きな私は、少し満足した。
「湯上さん……」
微かに、彼女が私の名前を呼んだ声が聞こえる。そこでようやく、彼女に恐怖心のようなものを見た気がする。顔を上げて彼女の瞳を覗き込む。そこには、怯えにも似た感情が浮かんでいた。すぐに消え去って、後には諦めに似た何かが残っている。そりゃそうだよなぁ、と離れようとしたけど、なぜかソラの方から抱きしめられて離れられなくなった。
「……ソラさん?」
思わず敬語になるほどの違和感だった。
風邪で身体が思うように動かない私を押し倒したソラは、私の胸に耳をつけた。彼女の髪がくしゃりと私の喉元に触れて、こそばゆい。何をしているのだろうと見守っていたが、彼女の呼吸音は穏やかで、心臓の音を聞いているのだと察せられた。
この子、本当になにをしているんだろう。
「お待たせ……ってぇ! 何をしてんの!」
「あ、おかえりなさい」
「ちょ、なんでユカちゃんに抱き着いてんのさ」
「気になることがあったので。日比さんもどうぞ」
「なに? え、どういうこと?」
私に抱き着くことで分かることがあるんだろうか。
ソラからマユへと抱き枕のごとく受け渡された私は、マユの胸にダイブした。ソラよりも大きくてクッション性が高い。何がとは言わないけど。制服越しにも伝わる柔らかさに沈みながら、果たしてソラは何を調べていたのだろうかと耳だけを向ける。質問は、私の代わりにマユがしてくれた。
「何を調べたの」
「……湯上さんの好み? みたいな」
「……で。何が分かったのか教えて欲しいんだけど」
「少なくとも私のことは、友達としか見ていないことが」
「そっかー。ならヨシ!」
何も良くないが。
ふぃ~、と肺の空気をすべて出すほどにマユは深く息を吐いた。彼女の身体から、空気と一緒に緊張も抜けていく。それでも胸がしぼまないの、普通に腹が立つな。別に私は自分の体形に不満があるわけじゃないけど。でも、なんか腹が立つな。
「判断の根拠は?」
「心拍数と、密着したときの態度です」
「ふむ。好みのタイプ相手に、ユカちゃんはどうなるの?」
「……それは秘密で。日比さんなら分かるでしょう?」
「そっかー。うん。そうだね」
パーフェクトコミュニケーションだぜ! とマユが指を立てた。
相変わらず、私には分からない会話をするふたりである。
私がソラのことを友人として好いていることは、別に何も疑う余地のないことだと思っていた。私は浮気しないし。そもそも、マユのことだって幼馴染としか思っていない。特別に仲が良い相手ではあるし、彼女が他の誰かと恋仲になることを想像すると不快な気分にはなるけれど、それは友人としての独占欲が強いからこそ……などとろくろを回す。
私をハグする彼女の力は僅かに強くなって、胸元に押し付けられた私は息が苦しくなった。せっかくスポドリを持ってきてもらったのに、まだ飲めていない。喉が渇いて、身体も熱くなってきた。
「マユ、離して」
「なんだよう、照れるなよう」
「喉渇いたの」
ぺちぺちと彼女の背中を叩くと、仕方なしに解放してくれた。
介抱してくれるのはありがたいけど、拘束が強いのはどうにかしてほしいわね。
ゴクゴクとスポドリを飲む。身体が冷えて、少し身震いをした。
「あの、ふたりとも忘れているかもだけど、私風邪だから」
「くっつくと感染するって?」
「換気しているので大丈夫だと思いますが」
「……どうりで寒いと思った」
気付いたら窓が全開になっている。
ふたりが部屋に入ってきたとき、私は寝ていたからな。
私の両親が仕事に出ていることを知っているマユが、合鍵を使って家に入ってきたのだ。頼れる幼馴染と捉えるべきか、それとも不審者として追い返すべきか。人肌恋しさと、風邪によって弱った心は迷いなく前者を選んでしまうだろう。
そんなことを考えつつ、私は布団に潜り込んだ。私の身体は汗まみれで、きっと気持ち悪いに違いない。しかし、それを気にすることなく、マユはベッドの中へと侵入してきた。少し大袈裟なくらいに、彼女は私を抱き寄せた。マユの体温を感じて、私は目を細くする。ソラはベッドの外で、ただ静かに微笑んでいた。
「いいですねぇ、幼馴染」
「でしょー」
「……暑苦しいんだけど」
「さっきは寒いって言ってたのに」
布団の中で、マユが頬を寄せてくる。ソラの前だというのに躊躇がない。見せつけて威嚇でもしているんだろうか、と思うけど。それにしては邪念が少なくて、いつも通りの心地よいスキンシップでしかなかった。私がソラのことをただの友達としてしか見ていないことを確認して、彼女への警戒心が薄れている、とかだろうか。
分からん。
幼馴染だからといって、すべてが分かるわけじゃないのだ。
「んで。いつ帰る気?」
「んー。マユの匂いを嗅ぎ飽きたら」
「キモい。ソラ、あと三十分経ったらこいつ連れて帰ってね」
「いいの? 湯上さん、随分と癒された顔をしているけど」
「……だから、もう十分なの」
私はそんな顔をしていたのか。
急に恥ずかしくなって私は布団へと潜り込む。
「にしし。ユカちゃん、私のこと好きなのかい?」
耳元で、ソラには聞こえないように囁いてくるマユの腹に肘鉄を入れる。
これだから油断ならないんじゃ、と私は頬を膨らませるのだった。
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