ソラ③

 黒髪の真面目系美少女、ソラと一緒にデートをしている。

 いつも一緒にいるマユが部活動をしていて、ヒマな時間を彼女とのデートにあてたのだ。平日の昼間、学校帰りの開放感に良好な天気が組み合わさって、かなりいい気分だった。

「ソラは駅前、あんまり行かないの?」

「はい。私は安鉢町に住んでいるので……」

「あぁ、駅とは逆方向なんだね」

 ソラが住む安鉢町は、学校を挟んで駅の反対側に位置している。特別な用事がなければ駅前を訪れないと言うのは、確かに道理な話だった。

 不慣れな彼女のために、私が道を先行する。

 風を切る感覚が気持ちよくて、私はペダルを踏む足に力を入れた。ソラは後ろからついてきている。道交法をキッチリ守る彼女は、私の横で並走する気がないようだ。マユなら「私がルールだ!」と叫びながら私の隣を走っていることだろう。それか、私を後ろにしての二人乗りを強行するだろうな。妄想の質感はあまりにリアルで、おかしくて笑ってしまった。

 やがて目的の店が見えてきたところで、私はブレーキをかけた。

 隣を走るソラも、同じように停止する。訪れたのは超有名なチェーン店だ。店内に入ると、甘い匂いが鼻腔を刺激してくる。お腹の虫が甘えるように鳴き始める。

 カウンターには様々な種類のドーナツが並べられていて、ショーケースの中には私のお気に入りも残っていた。流石にこの時間で売り切れることはないらしい。お洒落な大学生風のお姉さんの後ろについて、私達もカウンターに並ぶ。悩みに悩み抜いて、普段は選ばないフレーバーに決めた。いつも食べたいと思っていたけど、推しドーナツのために諦めていた製品だ。

 ソラは無表情にショーケースを覗き込んでいる。

 この読めない表情が、彼女の普段の顔だった。

「ソラはどれにする?」

「そうですね……。チョコの付いたのが美味しそうだな、と」

「じゃあそれにしよっか。一個でいいの?」

「えぇと……湯上さんのオススメはどれですか」

「ポンデ」

 秒で即答した。発売当時から、私の一生の推しドーナツである。店員さんへの注文をして、そういえばドリンクを選んでなかったなとメニューを眺める。

「飲み物はどうする? 私はミルクティーね」

「そうですね……ホットコーヒーで」

「オトナじゃん。シュガーとかシロップは?」

「ん、使ったことないです」

「すげー」

 マジの大人じゃん。まぁソラがどれだけ大人の階段を登っていても、私がおこちゃまであることは変わらない。粛々と、ミルクティーのためのスティックシュガーをもらった。トレーで受け取ったドーナツを持って、まばらに席の空いた店内を歩く。

「どこに座ろうかな」

「どこでもいいですよ」

「んー、いい感じの席は……」

 ひとりで来た時に座ることの多い窓際へと目を向ければ、パソコンを開いて仕事をしている人がいる。あまり騒がしくしてもイヤかな、と店舗の奥へと進んでいく。壁際のボックス席が空いていた。ふたりが向かい合って座れる席だ。ちょうどいいと思って、私はそこに決めた。背負っていたリュックをソファの通路側において、私はソラと向かい合う。

「いやぁ、こうやってデートするの初めてだね」

「……デートじゃないですけどね」

「いいじゃん。一緒に遊ぶことをデートって言うんだよ」

「恋仲じゃなくても、ですか」

「そうだよ。へへーん、知らなかったんだ?」

 冗談だと示すために笑い掛ける。彼女は分かっているような、いないような、曖昧な表情のまま微笑み返してくる。いい子ちゃんだ。

 真面目ちゃんなソラは、デートって言葉の定義にもこだわりがあるようだ。そんなところも可愛いなぁと思いつつ、スマホを取り出した。カメラアプリを立ち上げて、ソラの正面に陣取る。レンズ越しに目が合った瞬間、ソラは驚いたような顔をする。ひょい、と手で顔を隠してしまった。ちょっと可愛いと思ったのは内緒にしておこう。

「記念写真、ダメ?」

「恥ずかしいので。……他の友達とは、よく撮るんですか?」

「ん。しょっちゅうね。見る?」

 見られて困るような写真も、知られて絶望する秘密もない。

 スマホをソラに手渡した。

 フォルダには、日々の些末な出来事が写真になって残っている。一番多いのはマユの写真だろうか。枚数だけで言えば、近所のおばさんが飼っている三毛猫の写真が続く。クラスメイトと遊びで撮った短時間の動画の他には、美味しかったご飯とか、SNSに上げるおやつの写真が大半を占めていた。

「色々、撮っているんですね」

「ヒマだからね。人生、死ぬまで続く暇潰しだよ」

「私、こういうの、全然しないので……ちょっと憧れます」

「いいじゃん。ソラもやろうよ。んで、見せあいっこしようぜ」

 そういえば連絡先も交換してなかった。これまで、機会とタイミングに恵まれてなかったのだ。体育の授業で普通に顔を合わせるし、図書室に行けば会えるから、あんまり気にしたこともなかったんだよな。

 スマホを出してもらう。

 ソラの持っている機種は最新型だった。すごいねと褒めても、当人はあまりピンと来ていない。ガジェットに興味がなく、親が勧めてくれたものを素直に選んだだけらしかった。

「いいなぁ。ウチなんて、お前が選べ、の一言でお終いだから」

「湯上さんのも最新機種なんですか」

「んーん。後付けで予算が言い渡されたから、一世代前の奴だよ」

 丈夫で頑丈な、めちゃくちゃ堅いスマホである。店員さんの説明だと、トラクターに踏まれても大丈夫らしい。んなことないだろうと大笑いして、そのまま契約してしまった。でも本当に頑丈で助かっている。丈夫さは折り紙付きだし、雨の日に水溜まりに落としたりもしたけれど無事に使えているのだ。私にとっては素晴らしいスマホであることは確かだった。

「でも重いんだよねぇ、これ」

「分厚いですもんね」

「でしょー。みてよ、財布と同じ厚みだよ!」

「ふふっ。ちょっぴり、財布の方が厚いですね」

「逆だったら絶望してたね。金欠すぎるって」

 ドーナツを食べながら、私達はとりとめのない会話を続けた。話題は学校のことが中心だ。クラスメイトや部活の話、最近読んだ小説の感想などを話していれば、時間はあっという間に過ぎていく。ソラの交友関係を私はよく知らなかったから、何を聞いても新鮮で楽しい。彼女からは、マユに向けられるような熱っぽくて湿った空気を感じない。一緒に居ても、ずぶずぶと沼へ沈み込むあの感覚がない。

 ただ安心して、友達へと好意を向けられる。

「楽しいなぁ」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

「うん。もっとお喋りしようね」

 差し出した小指を、彼女の小指が優しく絡め取ってくれる。

 また遊ぶ約束で指切りをして、私はにっこりと微笑んだ。

「あ、今度の週末、友達が大会に出るんだけど。ヒマなら見に来る?」

「いいんですか。何の大会です?」

「柔道。めちゃくちゃ強いんだぜ」

 私が応援している限り、絶対に心の折れない強い幼馴染がいる。ソラを連れて行って、あの子のことを自慢したいな、なんてことを私は思ったのだった。

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