ソラ②
放課後のホームルームが終わると、クラスメイトは続々と帰っていく。
今日は部活があるから、マユも私とは別行動だ。せっかくいい天気なのに、遊ぶ相手がいなかった。
「ヒマだなー……」
マユを見送った後、やることもないので机に伸びていた。
寂しいとは思わない。単純に時間を持て余している。
趣味がない私には、延々と続く休み時間が一番の拷問だ。スマホを弄って時間を潰しても、どうにも退屈が拭えない。一人で遊ぶのは嫌いじゃないけど、どこか虚しさを感じてしまう。こんな時に、私は友達が欲しくなる。マユほど距離が近くなくていいから、他愛もない会話で時間を潰せるような相手が欲しい。家に帰ってもすることがないし、適当に校内をぶらつくことにした。
家庭科室にでも行こうかな。あそこ、運が良ければ部活でお菓子を作っている子がいるし。配りたがりな先輩もいるから、お裾分けを貰えることも多いのだ。まぁ、小学生か中学生の子供みたいに扱われるのが玉に瑕だけど。ぼんやりと考え事をしながら歩いていたら、お手洗いから出てきた誰かにぶつかった。
ふにゃりとした柔らかい感覚に身を固め、グーパンも覚悟して目を瞑る。
6秒待っても叩かれなかったので、恐る恐る目を開けた。
「湯上さん、大丈夫?」
そこには、手にハンカチを持ったソラが立っていた。女の子のデリケートな部分に激突したけど、クッション性が高かったことで痛みはまるで感じなかった。……まぁ、彼女には申し訳ない話である。学年で最も背の低い私は、誰と話すにも見上げるような格好になる。良かれと思って僅かに目線を下げてくれるソラの気遣いは、嬉しいけれど悔しくもあった。
「ごめんね、ソラ。ぶつかっちゃって」
「いいですよ。怪我もしてませんし」
「……ね。いっこ聞きたいんだけど」
ハンカチを仕舞って、教室へと戻っていくソラに声を掛けた。
ひょっとすると今日は、彼女ともっと仲良くなるチャンスかもしれない。そんな期待を込めて、ソラを呼び止めてみる。立ち止まってくれたソラは、何事かと首を傾げている。さらりと流れる黒髪が、陽の光を反射して眩しかった。時刻はまだ14時を回ったところ。少なめのお昼ご飯に飢えた腹の虫が、私にだけ鳴き声を聞かせてくれた。
「暇だったら、おやつ食べに行こ?」
「おや……つ……?」
「いや、フツーに駅前のドーナツ屋に行くだけ」
どう? とウィンクを飛ばしてみた。
ソラは少し考えてから、小さく微笑んでくれた。その笑顔を了承と受け取って、私は彼女の教室についていった。ソラは私と同じ、リュックサックを背負っての登下校をしているようだ。ソラほど親しくはないけれど、体育の授業で顔見知りになった子もいる。ソラが帰り支度を済ませる前に、簡単な挨拶を済ませておいた。こういうのが、いざ友達になろうとするときに重要なファクターになるんだぜ……というのをマユが言っていた。
なんだかんだ、私に強い影響を与えている幼馴染なのである。
ソラと一緒に下駄箱へ向かい、そのまま校舎裏の駐輪場へと向かう。通り過ぎつつグラウンドを眺めると、運動部が忙しなく動き回っていた。野球部のノック音、テニス部のボールを打つ音。サッカー部がパスワークをしている声も聞こえる。随分と楽しそうだけど、私は大会とかに興味がないからな。試合を目標に頑張っている人達の横に、ただ遊びたいだけの私がいたら邪魔になるだろう。そういうのも分かっていて、私は部活に入っていないのだ。男子部員に混ざって頑張れるほど、体力と根気もないしね。
でも女子バスとか楽しそうだしな……などと一年も終わりに近づいてきて思う。
ふらふらと歩いていたら、視界の端から迫ってくるものがあった。
「あ、ボールだ」
サッカー部の誰かがトラップを失敗したようだ。ころころと転がってきたボールを、インサイドで受ける。小柄な体躯の私は妙な誤解を受けやすいけど、それなりに運動が出来る方なのだ。パントキックの要領でボールを蹴り返すと、私の元へと駆けてきていた子の頭上を遥か超えてグラウンドへと飛んでいった。先輩らしき生徒から歓声と拍手をもらって、私はない胸を張った。
「どうよ、すごいでしょ」
「……あの、そこに、まだ」
「ん? お、今度は野球のボールじゃん」
拾い上げて、獲り損ねたのは誰かなと野球部の方を向く。同級生っぽい男子がグラブを構えて手を振っていた。私ならコントロールにも自信があるし、十分に届く距離だった。でも、せっかくだからソラにやってもらおう。あの少年も、より可愛くて綺麗な子から返してもらった方がテンションも上がるだろう。知らんけど。
「ソラ。パス」
「えっ。私ですか」
「そうだよ。酒井空の実力を見せてやれ!」
ほれ、と投げ渡してあげると、ソラは両手でキャッチしようとして失敗した。それからきょろきょろと辺りを見渡し、近くに誰もいないことを確認する。そーっと足を上げて、ふんわりとしたフォームからボールを放り投げた。山なりに投げたボールは目標の半分も飛ばずに落ちて、野球部の子がてってこと走り寄ってくる。
明らかに下手な投げ方だった。
踏み込む脚が突っ張っているし、腕だけで投げているから力も伝わっていない。ぼてぼてと転がっていったボールを拾い上げた野球部が、デカい声でお礼を告げる。それが恥ずかしかったのか、ソラは俯いて口元を覆ってしまった。
「私、本当に運動音痴ですよね……」
「いいじゃん。気にすることないって」
よほど恥ずかしかったのか、彼女は耳元を赤く染めている。ソラの横顔を見ていたら、私の心は不思議なくらい穏やかになっていた。クールな印象が先行する彼女だけど、こうして知り合えば人並みの女の子だ。等身大の自分で、精一杯に頑張っている姿に好感度はうなぎのぼりになっていく。こんな可愛い女の子から運動神経を取り上げるなんて、神様は何を考えているんだろう。いや、別に神を信じているわけじゃないんだけど。
駐輪場で互いに自転車へ乗ったあと、私達は駅前のドーナツ屋へ向かうことにした。あ、と声を漏らして自転車を急ブレーキで止める。後ろについてきていたソラへと振り返ると、彼女も慌てて止まったところだった。
「どうしたんですか?」
「いや、これデートだなって思って」
「…………はぁ」
「えっ。何その反応。もっと楽しもうよー」
とてとてと自転車ごと後退して、ソラの肩を小突く。
マユならデレデレとニヤつくのに、彼女は困惑したように反応に困っていた。とても新鮮な反応だ。それだけでも彼女と仲良くなった甲斐があるし、彼女を誘ってよかったと思う。
これは一種の浮気である。
私が自立して、マユとの関係を正すための。
「それじゃ、行こっか」
「……あの、湯上さん。これはデートではないので」
「もー、分かってるって。冗談だよー」
生真面目な彼女を先導するように、私は自転車を漕ぎ始める。首を傾げながらも、それでもついてきてくれるソラは、やっぱり可愛い女の子だと思うのだった。
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