マユ②
マユとのデートは夜まで続いた。昼間は適当にぶらついて、映画をみて、ご飯を食べた後にもう一回イルミネーションを観に行った。やっぱり、電飾は昼間に見るよりも夜に見た方がいいよね。
帰宅しても、両親の姿はない。まだ仕事中らしい。
「……今日も残業か」
管理職の場合は残業手当がつかないんだっけ、と親がこぼしていた愚痴を思い出す。諸々を済ませてベッドに横たわると、すぐに眠気がやってきた。寝ぼけ眼な瞼の裏に浮かぶのは、マユの笑顔だった。
マユと初めて会った時のことはよく覚えていない。小学生以来の幼馴染なんて、そんなもんだろう。いつの間にか一緒に遊ぶようになっていて、気付いた時にはデートするほどの仲良しになっていた。私にとってはそれがすべてで、それ以上もそれ以下もない。
「でもなぁ。最近、どうも怪しいんだよな」
マユのことを考える。
日比真由子は運動部に所属していて、ちょっと成績は悪いしドジなところもあるけれど、明るくて元気だから色んな人に好かれている。私とは比べものにならないほど友達が多いのに、週末には決まって私と一緒に遊びたがる。部活が午前中に終わるからと、午後の約束をせがんでくることも多かった。
マユにとっての私は、何なのだろう。
ただの友達、にしては湿度が高かった。
「……考えたくなーい」
ぼやいて、ベッド脇に置いてあるぬいぐるみへと抱き着いた。
大きなクマのお人形さんだ。小学生の頃は私よりも大きかったけれど、高校一年生ともなれば私の方が大きい。大きいよね? 少し不安になって、クマ吉と足の位置を合わせる。クマ吉のおでこが私の唇に触れて、なんとか面目を保つことが出来た。ふぅ、と安堵の溜め息を吐きながらクマ吉に抱き着く。
こいつは私が、誕生日祝いにとねだって買ってもらった人形である。仕事にかまけて私を放置していた両親への、癇癪と不満とその他諸々が詰まった強請があって……つまり泣き喚いて手に入れた思い出の品物だ。
別に、クマ吉じゃなくても良かったのだ。
「子供っぽい子供よね、私は」
両親へ我儘をぶちまけたのは、あの日が最初で最後だった。クマ吉が我が家に来てから、両親は私に構ってくれるようになった。仕事で忙しくても、月に一度は家族みんなで晩御飯を食べられるようになった。
それはきっと、平穏で平和な、平凡な家庭の姿である。最近、また両親の帰りが遅くなってきているけど。私が高校生になったのを良い方向に解釈しているのだろう。手が掛からなくていい子ね、みたいな感じで。まったく困ったものだ。私はいつだって甘えたい盛りなのに。
「あ、クマ吉は私のこと、好きになるなよ」
ぱしっ、と音を立ててクマの背をはたいた。
もう寝よう、とクマ吉をベッドに連れ込んだ。性別不肖のぬいぐるみと一緒に布団へ潜り込み、瞼を閉じたところで視界端に光るものがある。携帯に着信を知らせるランプがついているのに気づいた。ひょいと取り上げて画面を付けると、マユから連絡が来ている。
『ユカちゃん、起きてる?』
いつも通りに簡潔な、彼女らしいメッセージだった。
『うん』
それだけを返す。すぐに既読がついて、返信がきた。
『今日はありがと。写真、送るね』
「…………いっぱいあるな」
マユが撮った写真を眺める。
イルミネーションをバックにした、二人きりの写真が大半を占めていた。私の表情はなぜか曇っていて、そのせいか、マユの顔がとても綺麗に見える。同級生から男女問わずに人気者だというのも頷けた。性格だけじゃなくて、容姿もバッチリ良い子ちゃんなのだから。
『可愛く撮れてるね』
『でしょ。ユカちゃん専門カメラマンです』
『マユの話なんだけど』
『そんなことないよー。ユカちゃんの方が可愛いって』
『私なんかより、マユの方がずっと可愛いじゃん』
『お褒めに与り光栄です! 嘘でも嬉しーよ』
ったく、こいつ、全然自分の可愛さを認めないな。
本心から褒めても彼女は謙遜するだけだ。マユは本当に可愛くてモテるのに、それを認めようとはしない。彼女曰く、もっとカワイイ子がいるから、という話だった。それが私じゃない別の子だったら、少し妬けるかも。
冗談だけど。
……気分転換をすることにした。
『暇だし通話しようぜ』
『いいの? やったー!』
文面が送られてから僅か2秒、マユから電話が掛かってくる。応答ボタンを押すとパジャマ姿のマユが映し出された。ある程度予測していたことだけど、思わずツッコミを入れてしまう。
「ビデオ通話かよ」
「えっ、嫌だった?」
「そうは言ってないけど。私が変なかっこしてたらどうするのさ」
「んー、ユカちゃんはいつも可愛いからなぁ」
「答えになってないぞ」
彼女は今夜もへらへら笑っている。
マユはベッドに寝転んでいるようだ。彼女の背中越しに部屋が覗ける。賞状や写真が所狭しと並んでいた。
壁にかけられた賞状は彼女が部活で手に入れたもの。そして、一番目立つ写真は私と撮った記念写真だ。入学式のときに撮った写真だな。真新しい制服に身を包んだフレッシュなふたり組だが、なぜかマユの方がお姉ちゃんに見える。身長のせいだろうか、それとも彼女が私の肩に手を当て、さも保護者みたいな面をしているからだろうか。
むぅ、となぜか私の頬は膨らんでしまう。
「あ、ユカちゃん。またクマ吉と寝てる」
「抱き枕だもん。飾るだけの人形じゃないの」
「依存症になるよー」
「ならないわよ。マユこそどうなの」
私に依存している……という話ではない。
「私も抱っこ中だよ。ほら、見てみて」
そう言うとマユはスマホを手元に寄せて、自分の姿を映し出した。ベッドの上で寝転ぶ彼女の手元には、狼がデフォルメされたぬいぐるみが置かれていた。クマ吉と同じくらい、年季が入っている。
家族旅行で動物園へ行った際に買ってもらったものらしい。彼女があのぬいぐるみを持っているのを知って、私も両親にぬいぐるみをねだったのだ。
「いつも抱いて寝てまーす」
「私のこと言えないじゃん」
「寝るときだけだもん。ユカちゃんみたいにずっとってわけじゃないし」
「ぐぬ……」
マユの言葉は正しい。確かに私は、家にいるときはずっとクマ吉と一緒だ。
クマ吉を抱いていないと眠れないし、クマ吉がいないと寂しい。修学旅行でクマ吉の元を離れたときはマユに代役をお願いしたほどだ。私にとって唯一の恥ずかしい短所で、それ故にマユにからかわれることも多かった。悔しいから押し黙っていると、彼女がくすりと笑った。マユが自分の頬をつんつんと突く。釣られるようにして私も同じ動作を繰り返すと、頬が膨らんでいた。
機嫌を損ねると小学生みたいに頬を膨らませる。私の癖だ。マユが面白がって真似をする。かわいこぶることの少ない彼女の、貴重な表情にふっと笑い声が漏れてしまった。それからしばらく他愛もない話をした。最近あった出来事、授業中に眠気を堪えたこと、先生への愚痴など、本当にどうでもいい話を。
こうして話をしているだけなら、本当にいい子なんだけどな。
マユは、どうして、私のことを――。
眠気にまどろみ、マユの声が少しずつ遠くなっていく。おやすみ、と彼女に伝えたのを最後に、私の意識は遠のいていく。きっとこの寝顔も、彼女に見られているんだろうなと思いながら、それが不快じゃないのが私から彼女へ抱く感情の証明になっていた。
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