彼女と秘蔵の抱合体

倉石ティア

ヒビのユガミ

マユ

 平穏な家庭に生まれて、平和に育った私は、平凡な女の子に育った。

 我ながら凸凹の少ない身体である。神社の池に反射した私を眺めながら、そんなことを思った。日曜日の昼間に、いったい何をやっているんだと思わなくもない。

「あの……」

 細い声に顔を上げると、私の友人が立っていた。

 日比真由子である。同級生で、高校一年生だった。

 肩口までの栗色の髪はさらりと揺れ、大きな瞳は吸い込まれそうなほど綺麗な鳶色だ。背丈は私よりも頭ひとつ分くらい高いだろうか。運動部に所属していることもあってか、冬場でも健康的な肌の色をしている。彼女は白い息を吐きながら、私に体当たりをかましてくる。細身の身体には似つかわしくない強烈なタックルだった。

 おっきなワンちゃんみたいな彼女と挨拶を交わす。

「おはよ、マユ」

「はよー。ユカちゃん」

 マユが全身を使って私に抱き着いてくる。そして、湯上優香という私の名前から作った渾名を呼んだ。苗字と名前、どっちを渾名化してもユカになるよね、とは彼女の弁である。

 マユは抱きしめた私を覗き込むようにして頬を寄せてくる。スキンシップの激しい女の子だけど、彼女は弟や妹にも似たような親愛タックルをしているのだ。彼女にとって、私は妹みたいなものなんだろう。

 すんすん、と小さく鼻を鳴らしてマユは微笑んだ。

「珍しいね、ユカちゃんが時間通りに来るなんて」

「失礼な。私だっていつも遅刻してるわけじゃないんだぞ」

「ごめんごめん。……でも、なんか嬉しい」

 私の反論に対して、彼女は目を細めて笑った。

 マユはいつも笑っている。彼女はいつも友達に囲まれているし、好きな部活を楽しんでいる。人生のすべてが眩いばかりに輝いているのだろう。趣味もないのに帰宅部で、日々の宿題に嘆いている私とは大違いだ。

 マユの脇腹に手を当ててくすぐると、彼女は身をよじって私との距離を取った。へらへらと笑う彼女が羨ましくて、そして同時に妬ましくもある。人生、かなり楽しそうだ。

「もう遊んであげないぞ」

「もー、ひどい。私はユカちゃん唯一の親友なのに」

「……別に、他にも友達いるし……」

 いないけど。

 見栄に付き合ってくれるのか、マユは私の言葉を否定しなかった。代わりに、頭を優しく撫でてくれる。同級生のはずなのに、その手つきの柔らかさには存在しないはずの姉を連想した。

 ぽすん、と彼女に体重を預ける。マユは目を薄く細めた。

「冗談だよ。それじゃ、行こっか?」

「ん」

「よーし、出発だぁ!」

 マユの号令と共に、私達は並んで歩き始める。

 今日は久しぶりのデートだ。

 デートといっても、私達は付き合っているわけじゃない。どちらから言い始めたのだったか、遊びで言った台詞が定着してしまっただけだ。特に深い意味はない。ないのだけど、私はマユと手を握る。お互いの指が交互に絡む、恋人繋ぎである。別に特別な感情は籠っていない。私が普通に手を差し出したら、マユが勝手に恋人繋ぎをしてくるだけなのだ。

 でも、少しだけ、心地いい。

 これが、私達の距離感である。

「ユカちゃん、今日も楽しそうだね」

「そう?」

「だって、すごく頬が緩んでるし」

「……マユほどじゃないから」

 文句を言いながら、私達は神社の境内を出て駅前の通りをぶらつく。マユと一緒にいる時間は楽しい。それは間違いないし、この先もずっと続いて欲しいと思う。だけど、最近になって気付いたことがある。

 私にとってのマユは、ただの友達だ。でも、マユにとっての私は、そうではないのかもしれない。鈍感な私でも気付いてしまうほどに、彼女の愛は真っ直ぐだ。それは逃げることを許さないほどに。

「あ! ユカちゃん、アレみて!」

「イルミネーションじゃん。今日が点灯式だったのね」

「キレイだよねぇ。写真撮ろうよ!」

「えぇー。面倒だなぁ」

 マユの提案に私は顔を曇らせる。

 昼間に光らせても、別にそんな綺麗じゃない。

 綺麗じゃないのだが、昨今の事情もあって昼間に点灯式をやったようだ。

 駅にほど近い市営公園の広場に、イルミネーションが飾られていた。白と黄が中心に、色彩豊かな光が溢れている。意外と多くの人が訪れているようだ。ほとんどが連れ合いで遊びに来ているように見える。彼らは恋仲だろうか。家族だろうか。それともただの友人だろうか。行き交う人々を横目に、私はマユとの関係に思いを馳せる。

 もしも彼女が私のことを――いや。やめよう。今日はただ、楽しく笑っていればそれでいいのだ。

「ほら、ユカちゃん。笑ってー」

 マユに促されてカメラを見る。ピースサインを向けた私の笑顔は、彼女の目にどう映っているのか。そんなことを考えていたらフラッシュが私の目を焼く。真っ白な世界の中で、マユの笑顔だけが焼き付いていた。

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