第36話 デスフラワーの過去

「デスフラワーは、かつては『フラワー』って名前の組織でさ……その時は、魔物の前世を持った人や地球に迷い込んだ魔物とか、とにかく現世で困ってる色んな魔物を集めては塔の中で保護するような組織だったんだ」


 フーラは懐かしそうに当時の事を語る。


「ドウジは、フラワーのトップの時からグラスって名前で活動してたんだけど、昔のグラスは今と違ってとにかくお人好しでさ。前世は魔王だけど、外で勇者のフリしてパトロールしては困った魔物を探し出してた。例え反抗的な魔物だろうが、困っている相手ならとにかく説得してはフラワーに連れて帰って来てた」


「……ドウジのやりそうな事だな。まさか正体が魔王だとは気付かなかったが……」


 フーラの話に、冒険者のリーダーがボソリと呟いた。


「デスフラワーの塔は……今はあんなダンジョンになっちゃったけど、フラワーの頃はとにかく綺麗な施設でさ、花畑や草原、洞窟の中とか、とにかく保護してる魔物が住みやすそうな環境を沢山作っていったら物凄い高さになったんだよ」


「私も結構初期にフラワーに連れられて保護されてた1人なんだけど、グラス1人じゃ大変だからっていつしか一緒になって魔物の保護活動をするようになったんだ。いつか異世界と繋ぐゲートを作れたら、地球に迷い込んだ子を元の世界に送り返せるからって頑張って魔法の研究したんだ」


「幸せに暮らしていたある日の事、私達はついに他星に移動出来る魔法を編み出した。星を伝って遠くの星にも飛べるから、時間を掛ければ母星に帰りたい子は全員返せるようになったんだよ。皆んな大喜びしたし、グラスは誰よりも大喜びしてた。で、折角だから皆んなでお祝いパーティー開こうって、グラスは自分が貯めたアルバイト代でごちそう買ってくるって、買い出し行って……」


 この辺でフーラの声が少し揺れ、会話が止まった。暫くしてから再び話を再開した。


「私達はフラワーの塔の中を飾り付けしようって、皆んなで紙の花作って壁に付けたり、テーブルや椅子を出して全部並べたり……皆んなで楽しいパーティーにしようねって、頑張って準備してたら突然、塔に1人の冒険者が現れたんだ……」


「塔にやって来た冒険者は何も言わずに私達を襲って来た。突然だったから皆んなパニックになって……その間に次々と仲間がやられて、私も切られて……」


「でも、皆んな冒険者に手は出さなかった。手を出したら悪い魔物だからってグラスに教えられてたから……もし冒険者に出くわしたらとにかく助けて、私は悪い魔物じゃないよって伝えれば助かるって……だから私達、何もしてないのに、冒険者に何度も頭下げて謝って……皆んなグラスの言葉を信じてただひたすら謝って……でも、冒険者は攻撃を止めてくれなくて……」



「結局、私以外の殆どの子は殺されちゃった。私はシルフだから、実体が無いから壁の隙間に隠れてとにかくやり過ごして……でも、他の子は自分の身を守る力が無くて……」



「暫くしてグラスが帰って来たから、私はとにかく謝った。他の子を守れなくてごめんって……そしたらグラスは買って来た物を投げ出して大泣きして……僕がパーティー開かなければ、すぐ母星に返せば皆んな助かったのにって……グラス、ずっと泣いて……」



「……」


 フーラは涙目になり、鼻をすすりながら必死に話を続ける。その様子に冒険者のリーダーはただ黙ってうつむいていた。



「それから何日か経ったある日の事、グラスはローズって女を施設に連れて来た。これからはこっちもやり方を変えていかないといけないって、いつになく真剣な顔でそう言って……それから少しずつグラスがおかしくなってった」


「最初は名前をデスフラワーに変えるとか、とにかく鍛えて冒険者に出会ったら抵抗するとか、その程度だったけど……冒険者に対抗する為に人を魔物に変えるとか、だから周りから魔力が高い奴を攫ってこいとか、そんな物騒な事を言い出すようになって……」


「グラスはついに、冒険者を1人残らずこの世から消すって言うようになった。この時には、昔の優しいグラスはもう居なくなってたんだ……性格も随分と変わったよ。物や人に当たるようにもなったし、仲間だろうと失敗したらお仕置きするし、最悪殺すし……」


「更に、皆んなを救う為に編み出した空間魔法を使って、他所からも魔物を連れて来るようになった。従わないと殺すとか脅して、無理矢理デスフラワーの仲間にして……もう本末転倒だよ。本来はこの星で生きる魔物を助ける為のチームだったのに……全部あの女のせいだ」



「グラスさんはローズさんにそそのかされておかしくなった、そうですね?」



 会話の途中で羊屋が部屋の奥から現れた。片手に小さくて丸い花のマスコットキャラクターのようなぬいぐるみを持っていた。


「うん、魔王さんの言う通りだよ。グラスは常にローズの話を聞いて行動しててさ、ローズがアレをしたい、コレをしたいって言ったらグラスは素直に言う事聞いてた。人間を魔物に変えるってアイデアもローズが出した物だからね」


「いつしか思考そのものもローズに乗っ取られてしまったのですね……」


「それを考えると、ローズこそがデスフラワーの真のボスだったのかもね……所で魔王さん、そのぬいぐるみは何?」


「これはローズさんです。あまりにも小さな物に化けてしまったせいか、自我を保てず消滅してしまいました。今はただのぬいぐるみです」


「魔王さん、あいつを始末してくれたんだ……ありがとう」



 フーラは羊屋に向かって深く頭を下げた。



「まあ、これがデスフラワーが作られたきっかけだよ」


 そう言ってフーラの話は終わり、そのあまりにも気まずい空気に全員口をつぐんで無言になった。




「……グラスがローズに付け込まれる原因を作った最大の元凶は、紛れもなく俺だ」




 静寂の中、声を上げたのは冒険者のリーダーだった。


「えっ……えええっ!?」


 初心者の冒険者はびっくりしてリーダーを見つめた。リーダーは眉間に皺を寄せ、自身への怒りに身を震わせている。


「フラワーの塔を襲った冒険者は俺の事なんだ。あの時はとにかく魔物が憎くて、だれだろうが正体が魔物だったら構わず潰していたんだ……」


「リーダー……なんでそんな事を……?」


「……俺は前世が魔物の妹に家族を殺された。やっとの思いで妹を追い詰めたら「これでお前もひとりぼっちだ」って言って、妹は自分の身体に魔法を打ち込んで自滅した。妹の前世が魔物でなければこんな事にはならなかったとずっと思い込んで……それから俺はとにかく魔物を憎むようになった。前世が魔物だった人間も徹底的に潰す様になった」


「……その妹と、私達は何の関係があったの?私達は魔物で悪い存在だったから殺そうとしたの?」


 フーラはリーダーの話に疑問を投げつける。


「……違う。あの妹とお前達は赤の他人だった。それを理解しようともせずに最初から魔物は悪だと否定し、挙げ句の果てに追い詰めて……」


「……」


 フーラは無言でリーダーを見つめる。グラスはずっと恨みの籠った目でリーダーを睨んでいた。


「あの時の俺は、1番憎んでいた筈の妹の魔物と全く同じ事をしてしまった……お前達は何も悪くない、悪いのは俺だ……!すまない、本当にすまない……!」


 冒険者のリーダーはフーラとグラスに向かって土下座をして、頭を床に擦り付けながら何度も謝罪し続けた。

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