第26話 チームレオ(後編)

「おらぁ!!くたばれぇ!!」


「さっきは散々バカにしやがって!」


「あはは!バカにした奴らにやられるのはどんな気持ち!?」


「ぎゃー!?!?」


 あっという間だった。すっかり回復した冒険者達はこの場から何度も瞬間移動を繰り返すナイトメアをすぐに捉え、逃げられないよう捕まえて床に捩じ伏せた上でボコボコにしていた。


「はぁ、何とかなって良かった」


 もはやギルの出る幕も無い。誰もがチームレオの勝ちを確信していた。




「……ん?」




 ふと、ギルの視界の端がぼやけ始める。視界の歪みは次第に強くなっていく……



(あれ……何だコレ……)



 気が付いたらギルは床に倒れていた。


「……!?……!!」


 ギルの異常事態に気が付いた周りの冒険者は、大慌てで何かを叫びながらギルに駆け寄って来るが、ギルは何を言われているのか全く分からなかった。


 ギルを囲む冒険者達は道具を取り出し、必死に何かしようとしている。


 だが、大きな物音がしたのかは知らないが、途中で冒険者達が一斉に肩を震わせて固まり、急いでナイトメアのいる方を向いた。ギルも僅かに残る自我を振り絞って頭をナイトメアの方に向けた。




 床に倒されていた筈のナイトメアが立ち上がっていた。




 ナイトメアは不気味に笑い、周りの冒険者達は武器を構えたまま顔を強張らせていた。



 それでも怯まずに攻撃を加える冒険者も居たが、ナイトメアはずっと肩を揺らしてケラケラと笑い続け……やがて爆発した。



 まさに悪夢だった。



 爆発したナイトメアから魔物が3匹飛び出し、辺りを物凄いスピードで飛び回りながら驚き戸惑う冒険者達に飛び掛かる。


 最初、手慣れた冒険者達が飛び回る謎の生物達に対応していたが、次第に周りの様子がおかしくなっていく。


 ある者は怯え、またある者は狂ったように笑い出した。やがて冒険者達は奇声を上げながら仲間を襲い、怯えた冒険者が自分の身を守る為に切り掛かり、それを防ぐためにまた攻撃……やがて敵そっちのけで乱闘騒ぎが起こり、仲間の手により次々と冒険者が倒れていく。


 更に信じられない事に、あのドウまでもが仲間を襲い出した。


(何なんだ……?)


 やがて、この場に立っているのはドウたった1人となってしまった。だが、ドウは宙を舞う謎の魔物には目もくれず、地面に転がる冒険者達をただ見つめている。


「ドウ……?」


「ギル、大丈夫か?」


 ドウは、寝転がるギルに駆け寄り、顔を覗きながら心配そうに声を掛けた。だが、ドウの顔が少しほころんだかと思うと次第に歪んでいき、やがて大声で笑い始めた。


「あーっはっはっは!全く君は面白いねぇ!」


「お、前……まさ、か……」


「ようやく気付いた?そうだよ!僕はナイトメアだよ!」


 ドウは何度もバク転しながら後方に飛んでいき、やがて1番華麗なバク転と共にナイトメアに姿を変えた。


「いやー面白かったよ!ドウに化けた僕を必死に看病するし、僕に化けた部下と戦いながら裏でコソコソ回復魔法を作って発動させて、全員回復ハイめでたしかと思いきや部下と僕の力で仲間は一気にやられるし、仕舞いに君は僕が渡した得体の知れない薬まで飲んじゃうし!」


「……!」


 先程、ドウに化けたナイトメアがギルに手渡していたのは回復薬の類では無かった。ギルはあの時、完全に油断して敵から渡された『魔法回復薬に似せた毒』を飲んでしまった。


「あっ、安心してね!あの薬を飲んでも別に死なないから!でも、こーいうのと戦う時はもっと周りを警戒しないとダメだよ〜?もしかしてナイトメアと戦うのは初めて?」


 ナイトメアは寝転がるギルの前で楽しそうにユラユラ揺れながら話を続けている。


「因みに、僕に化けて戦ってたくれた上に薬まで作ってくれたのはこの子達!おいで!」


 ナイトメアが天井にぶら下がる大きなコウモリのような物体に声を掛けると、謎のコウモリの魔物は勢いよく天井から落下して羽を開け、姿をはっきりと現した。


 見た目は小さい女子で、両腕に生えたコウモリの翼を器用に使ってカラフルな髪をいじっている。雰囲気からして明らかに魔物だ。


「この子達は『ナイトバットウィッチ』の3つ子!空も飛べるし魔法も使えるし、おまけに薬まで作れちゃう天才なんだよ!」


『あはは!人間さんお疲れ様!』


『私達よりかは遥かに強かったみたいだけど、私達が作ったお薬のせいでもう立ち上がれないみたい』


『それでいいの……この強すぎる人間さんにはコレくらいのハンデが無いと、マスターもやられちゃうかもしれないから……』


『私達は超のつく慎重派なの!』


 3匹は高い声でギルに喋りかける。ギルはその超音波の混ざる煩わしい声に顔をしかめた。


「ま、これも仕事だからね!君には此処で気絶してもらうよ!じゃーねー!」



『『『お疲れ様!』』』



 ナイトバットウィッチは両手を突き出して闇魔法を発動させ、ギルを深い眠りに落とし込んだ。


『おやすみなさーい!』


「こ、こんな……所、で……」








「こんな所で終われるワケ無いだろ!!」


『きゃっ!?』


 突然ギルが大声で叫んだ。


『人間さん、私達の魔法効いてる筈なのに……』


「……仲間だ」


『へ?』


「ギルドの仲間がいるからこそ……俺は此処で立ち止まる訳には行かないんだ!!」


 ギルはその場で立ち上がると、無詠唱で最大級の異次元呪文を発動させた。


『えっ!?何!?』


『空間が割れてる……?』


 空中に謎の大きなヒビが入り、そこから謎色の光線が無数放たれ、ナイトバットウィッチ達に直撃した。


『ギャーッ!!』


 光線を浴びたナイトバットウィッチ達はまるでガラス細工のように粉々に砕け散り、そのまま消えてしまった。彼の放った魔法は、相手を空間ごと叩き割る高度な魔法のようだ。


「げっ!?3つ子ちゃんがやられた!?」


「次はお前だ!!」


「おわっと!?」


 間髪入れずに襲い掛かってきたギルの剣をハンマーで受け止めるナイトメア。ギルは魔法を織り交ぜながら必死の形相で何度も剣を振り続け、ナイトメアは魔法や剣裁きに少し驚きながらも何とか攻撃を躱していく。


「薬は効かないし僕に近寄ってもおかしくならないし自我強すぎでしょ!?君は一体何!?マジで主人公補正掛かってんの!?」


「全部気合いでカバーだ!!はあっ!!」


 そして、ギルの渾身の一撃がナイトメアのハンマーを真っ二つにした。


「げえっ!?これは流石にマズイ!おーい、魔王様ー!!」


「逃すか!!」


 ギルは逃げ出したナイトメアの背中に切り掛かったが、すんでの所でナイトメアの姿が消えた。どうやら逃げられたようだ。



「貴方がチームレオの稼ぎ頭ですね?」



 ナイトメアが消えるのと同時に、奥の扉が開いて角の生えた謎の人物が現れた。


「はあっ!」


 ギルは咄嗟に謎の人物に向かって、先程発動させた異次元魔法を発動させた。


 空中に入った謎のヒビから謎色の光線が無数放たれ、謎の人物に直撃していく。


「悪いね、俺は今ふざけた獲物に逃げられて気が立ってたんだ。残念だけど此処で……」


「魔法は終わりましたか?」


 だが、謎の人物は無事だった。他に光線がぶつかった壁や床は次元ごと割れているのに、魔王には傷一つついていない。


「ふーん……あんた、普通じゃないね。さては君がナイトメアの言う魔王って所か」


「元魔王です。それにしても、此処は人が多くて掃除が大変でしたよ。何しろ私は人見知りなもので……このギルドは異世界から通ってる人も居るんですね」


「魔物が何言ってんだ……お前、名前は?」


「名乗る程の者ではございません。ギルさん、私はこのギルド『チームレオ』と同盟を組む為にやってきました」


「同盟だって……?」


「ええ。因みに、このギルドのトップとは既に話はつけてあります。後は貴方の了承のみとなります」


 魔王が指をパチンと鳴らすと、何も無い所からギルド所長と情報屋のリル、そして本物のドウがパッと現れた。3人は床に力無く倒れている。


「ギ、ギル……」


「所長!リル!ドウ!」


 ギルはギルド所長達の元に駆け寄った。


「ごめんギル……魔王に全部話しちゃったみたい……」


「リル……!」


「……この魔王とは争うな」


「ドウ……!」


「この魔王は他のとは違う!お前が潰れる所は見たくない、頼むから降参してくれ……!」


「何言ってんだよギルド所長!こんな事された手前、仲間の前で無様に頭下げるような真似なんて出来ないって!」


 ギルド所長と言い合いをしている間も、魔王と呼ばれた謎の人物はギルにゆっくり近付いていく。


「ギルさん」


「……あんた魔王なの?こんな事して、何が狙いなわけ?」


「私はただ、このチームレオと仲良くなりたくて来たんです。私は今、趣味の為にどうしてもやりたい事があるのですが、その為には貴方達のようなギルドと繋がりを持っておくのも一つの手だと思いまして」


「……趣味、だって?」


「はい。ギルさん、大人しく交渉の場に立ってくれたら私はこれ以上何もしません。後で皆さんを治療してギルドの施設も元通りにします」


 謎の人物が話終え、2人の間に暫しの沈黙が訪れる。



「……はっ、チームレオでトップの実力の俺に喧嘩売るなんて……久々に骨のある奴が現れたって事だね……」


 やがてギルが口を開き、剣を構えて魔王を睨みつけた。話振りからして、どうやら交渉をするつもりは皆無らしい。


「おや、私と一戦交える気ですか。勿論構いませんよ、全力で掛かってきて下さい」


「その余裕がいつまで持つかな?お前をボロボロにしたら、皆んなの前で顔を床に押し付けて無理矢理土下座させてやる!俺の気が済むまで謝罪させた所で首落として終わらせてやるよ!」


 ギルは怒り、魔法で最大まで強化された全身を使って最大火力の剣魔法を魔王にぶつけた。


「品がありませんね……」


 魔王は飛んできた剣魔法を最小限の動きで軽く躱した。


「ほざけ!」


 魔王が魔法を避けた所を予測し、魔法で輝きを増した剣を振り下ろした。


 魔王は咄嗟に足で応戦、足と剣が激突した。



「…………は?」



 魔王のキックは、ギルの剣、腕、装備、何もかもを砕いていった。



「あ……あああああっ!?!?」



 ギルは目の前で起こった惨劇を理解するのと同時に、腕に耐え難い痛みが走った。


 更に魔王の足が触れたのと同時に、自身のの強化魔法が見当違いの方向に跳ね返って暴走して体内を傷つけたらしく、身体中にも謎の痛みが走る。


「ぐぅ……!ううっ……!」


 ギルは回復魔法で腕を治療するが、それでも完全に治し切れないらしく、ズキズキと腕や身体が痛んだ。


(な、何なんだよ今の……!)


 明らかに攻撃が通用していなかった。魔王の身体は頑丈と言うより、ありとあらゆるものが干渉出来ない、異次元で固定されたものではないかと錯覚した。


(駄目だ……!コレは俺には倒せない……!)


 ギルはここでようやく理解した。今手合わせした相手は自分より明らかに上だと。


「こ、いつ……魔王、じゃ、ねぇ……!」



 奴は魔王の枠すら超えた『何か』だった。



「ねぇねぇ魔王さま〜、僕もう此処に飽きたんだけど。可愛い子が1人も居ないんだもん」


「じきに終わりますよ。ギルさん、失礼します」


 魔王はギルに洗脳魔法を掛けた。ギルの目が濁り、その場に力無く項垂れた。



「これで全員ですかね。では、とりあえずギルド内を掃除しましょうか」


 魔王が指をパチンと鳴らすと、ギルド内が一瞬で新品同様の綺麗な施設に変わった。設備や備品は前よりもグレードが上がっており、新しい設備や部屋も追加されている。


 更に周りの冒険者の身体も癒され、武器、防具も完全に修復された。


「設備が綺麗に……!?」


「何が起こっているんだ……?」


 ギルド所長、ドウは立ち上がりながら綺麗になった施設内と回復した仲間を見つめた。


「さてと、私がチームレオと同盟を組んだ際の決まり事は次の通りです。同盟同士はお互いに一切危害を加えない。ギルド側は私の勇者育成傍観する。だが、私がマークしている冒険者の中に、真っ当で真面目な冒険者が居たらこのギルドに紹介する……」


 魔王は同盟の内容を一つ一つ口に出していく。


「素行がよろしくない冒険者が持つジョブジェムは私が回収。そして私からはギルド内の設備や備品、食堂の食材の提供……とりあえずはこれで以上ですね」


「食材提供……我々に援助してくれるのか?」


「私の趣味に付き合わせてもらっている以上、これくらいの事はさせて下さい。あと、先程は手荒な真似をしてしまい本当に申し訳ございませんでした」


「……」


「いいよいいよ〜、あれくらいボコボコにしないと血気盛んな冒険者達は止まらなかったろうし〜。さっきもギルドの冒険者共は魔物と友達になんかなるもんかって暴れてたし、しゃーなししゃーなし」


 ギルド所長が固まる中、情報屋のリルは寝転がりながら緩い喋りで話している。どうやらリルは魔王に従うつもりらしい。


「さて、同盟の内容をもう少し詳しく決めるとしましょう。皆さん、食堂で食事でもしながら話し合いをしませんか?」


「……分かった。とりあえずは魔王の言葉を信用する事にしよう」


「どちらにせよ我々は魔王には敵わない。今は従うしか無い、か……」


 ギルド所長とドウはとりあえず魔王と話し合いをしてくれるようだ。


「あっ、魔王様〜。わたしステーキ丼とジャンボパフェ、そして可能ならパソコンのパーツとか欲しいって感じで……」


「こらリル!こんな所で我儘言うな!」


「いえ、構いませんよ。パソコンの部品は後でこのギルドに送らせていただきます」


「やったー!!」


 この後、状態異常から回復したギルも入れた話し合いは何とか順調に進んだ。ギルは渋々であったが、魔王は無事にチームレオと同盟を結ぶ事が出来たのだった。

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