第16話 士野足さんの事情
「500円。本当はお札渡したかったけど、引かれそうだったからワンコインにした。これで美味しい物でも食べて」
「えぇ……?」
彼に魔王姿の容姿を褒められた上にお金まで差し出されてしまった。
「ダメです!そんなお金受け取れません!」
「バイトで稼いだお金だから大丈夫、合法」
「バイトで稼いだものなら尚更受け取れません!頑張って貯めたお金は士野足さんが自由に使うべきです!」
「うん、だから自由に使ってる。魔王様への『感謝代』として」
「なんかカツアゲしてるみたいで嫌です!」
私は暴走する士野足さんをどうにかして宥め、公園のベンチに座らせた。
「無理矢理お金渡そうとしてごめんなさい……」
士野足さんは耳を下げて先程の奇行を反省している。
「分かればいいんですよ……えっと、士野足さんは何故こんな事をしたんですか?」
「私はただ、推しが幸せに暮らしているだけで自分も幸せになるだけで……だから、いつも美しい魔王様を拝んでいたら、どうにかしてこの感謝を相手に伝えたくなって、居ても立っても居られなくなって……いつもの調子で投げ銭を……」
この人は幸せになる度に、このように他人にお金を渡してしまうのだろうか。かなり心配だ。
「あの、そもそも士野足さんは魔物では無いですよね?どちらかと言うと勇者側のように見えるのですが……」
「分かった、それについて簡単にお話する」
そして、士野足さんは私にこれまでの経緯を話し始めた。
「私、異世界転移者。中学3年生の頃に突然異世界に飛ばされた」
「生身で異世界に飛んだんですね……」
「うん。で、異世界に飛ぶ前に神様みたいな人が現れて、一つだけ強力な能力をあげるって言われたから、「ケモナーなので獣化スキル下さい」って言った」
「ケモナー?」
「……でも、貰った獣化スキルを使った結果、獣耳と尻尾が生えただけ……ケモナーって念を押したのにこの仕打ち……」
と、ここまで話した士野足さんは突然、無表情のまま顔が赤くなった。
「……これ、本編とは関係の無い話だった……今の忘れて」
「わ、分かりました……で、強い能力を持った士野足さんは……」
「羊屋さん、今の私は『イア』って呼んでもらえると助かる。私のハンドルネーム。この姿で本名呼ばれると何か恥ずかしくて……」
「分かりました。イアさん、話の続きを……」
「うん。獣化スキルで簡単に異世界の魔物達を倒せるようになって、そこから色々とダンジョン巡ったり街を遊び歩いたり、中々に有意義な時間を過ごしてた。でも、ある日突然、急に現実に引き戻された」
「えっ?何の前触れも無くですか?」
「突然。で、中学3年生の頃に戻って、年齢も戻って……嫌だったけど仕方無く学校通って過ごしてた。とりあえずこれが私が能力持ってる理由」
「その獣耳は異世界で貰った能力だったんですね」
「うん。次は何で私が勇者側につかないのか話す。私の周りにも転生者や転移者がいて、私にちょっかいかけてきた」
「ちょっかい?仲間になりに来たのでは無くて?」
「全然違う。私に会いに来た人は全員、獣化スキル持った私の事を『穢れてる』とか『呪われた勇者』とか、獣化スキルを悪者扱いして……中には勝手に同情して、無理矢理呪いを解こうとする人まで……獣耳に厳しい世界だった」
士野足さんは当時の事を思い出したのか、さらに耳を下げて落ち込んでしまった。
「異世界によっては獣化は良くない能力と判断されると言う事ですね。それは大変でしたね……」
「うん。私がこの世で出会った勇者達は皆んな酷い人だったから、何とかして勇者達を無力化したいって思うようになった。きっと中には優しい勇者も居るかもだけど……どちらにしても、この世にこんなスキル持った人が沢山居たら危ないと思って……だから私は、勇者達から力を奪う魔王様を支持する」
「私の味方をしたい理由もよく分かりました」
魔法で士野足さんの本音を確認したが、全て本心で言っている事が分かった。
「あと、魔王のファンになった理由は何ですか?」
「偶然外でデーモンクイーンと一緒にいる魔王様を見かけた。勇者達から力奪ってる所も見た」
「あれ見られていたんですね……気付きませんでした」
「バレないように遠くから頑張って見てた」
それでもこの人は相当、隠密能力が高いらしい。
「あの勇者2人はあまり評判良くなかったから、相手が2度と攻撃して来ないようにって力奪ってる姿見て正直スカッとした。魔王様については「ふーん、良い感じの人だけど獣耳ついたイケメンの人間かぁ……」って思ってた。けど、また別の場所で偶然外で魔王様を見かけて、また偶然……って偶然が重なった結果、いつのまにか魔王様のファンになってた」
「偶然……?」
「本当に偶然。結界が貼られた地域に出向いたら見つけた。学校にも結界が貼られてたから外から見に行ったら、そこにも魔王様が居た。そこで羊屋さんが魔王様に変わる所を見た」
「成る程……イアさんが私の正体を知ってた理由も分かってすっきりしました」
どうやらイアさんには結界に触れずに、結界の中を観察出来る力があるようだ。
「魔王様が趣味で勇者を育てて、最終的に力を奪う事も知ってる。つまり私は、どんな形でも勇者達を無力化するのであれば協力したいって事。あとは推しが幸せなら完璧」
「……どうやら全て本心のようですね」
彼は全く嘘をついていない。私の幸せを願っているのも本心のようだが、狂信している程でも無いらしい。それなら仲間に引き入れても大丈夫だろう。
「協力者が増えてくれるのは有り難いです。私はイアさんを歓迎しますよ」
「良かった……あっ、でも……見ず知らずの人がいきなり協力するって言っても簡単には信じないと思う。魔王様に協力する代わりにこっちの願いも聞いてもらうスタンスで行った方がいいかな……」
「確かに、お互いが利益を得られる関係なら後腐れも無さそうですね。イアさん、何か願いがあるんですか?」
「うん。とりあえず私、異世界に戻る方法を知りたくて……このスキルを活かせる世界に行きたい」
「分かりました。少々お待ちください」
「?」
私は不思議そうな顔をしているイアさんの横で、魔力を込めて引き伸ばして作成した帯状の地図を空中に浮かべた。地図には無数の星空が輝いている。
「……星空?」
「宇宙の地図です。此処からイアさんに合う世界を探しましょう」
「……えっ?もしかして異世界に飛べるの……?」
「ある程度なら自由に飛べます。どんな星なのか詳しく知る為の下見も出来ますよ」
「すご……えっと、じゃあ魔法があって自然も豊かで……」
「はい、それなら……」
私は士野足さんの要望を聞き、その条件に合う星を幾つか探し出しては、地図上で星の中を簡単に覗いたりした。そして……
「あっ……凄い……!理想の獣人が暮らしてる……!」
下見で訪れた星は、顔が完全に獣の獣人が楽しそうに暮らす、生活水準が高くて割と平和な世界だった。中には人間に獣耳が生えた人も混じっている。これなら士野足さんでもこの世界に馴染めるだろう。
「私、この世界がいい……!」
「分かりました。では、全ての仕事が片付いたらイアさんをこの星に送り届けてあげます。その際に、必要最低限の暮らしに必要な道具も付けておきます」
「至れり尽くせり……社長、一生ついて行きます」
どうやら相当気に入ったようだ。これなら何の不満も無く仕事をこなしてくれるだろう。
「じゃあ早速、仕事の手助け。まず初めに勇者のレベル上げに対するモチベの話について……」
「モチベ……勇者のやる気についてですか?」
「うん。私なら勇者目線から意見出せると思うから、有益な情報を提供出来ると思う」
「分かりました。では今から、仲間との顔合わせも兼ねて作戦会議を開きましょう」
私は此処で魔王の姿に変わり、トトさんと先輩に連絡を入れた。
「集まる場所は新しく作るとしましょう。で、イアさんは……イアさん?」
士野足さんが突然、音も無く地面に仰向けに倒れてしまった。両手で顔を覆い、何かぶつぶつと呟いている。
「どうなさいました?何処か具合でも……」
「……無理」
「えっ?」
「突然の供給は心臓に悪い……推しの顔が良すぎて見れない……推しが目の前で動いて喋ってる……無理ぃ……」
「えぇ……?」
士野足さんは暫くの間、その場から動かなかった。
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