第15話 士野足さんの正体
私は急いで振り返り、『完璧に気配と足音を消して歩く』士野足さんへと近付いた。
「いや、やっぱり落とし物入れに入れた方が……でも、羊屋さんは困るだろうからすぐ届けた方が……でも、キャストオフした羊屋さんに声掛けるのもちょっと……そのまま推しに認識されたら嫌だ……」
士野足さんは電柱の影でぶつぶつと何か呟いている。どうやら考え事をしているようで、私の接近に気付いていないようだ。
(私に何の用事か詳しく聞かなくちゃ……!)
「あの、私に何か用事が……」
と、士野足さんに声を掛けた瞬間
「ぎゃあああああ!?!?」
「ひぃいいいいい!?!?」
士野足さんが思い切り悲鳴を上げた為、私も思わず悲鳴を上げてその場で飛び上がってしまった。
「あああすいません!これは違くて、偶然現場に居合わせただけって言うか……けっ、決してストーカーじゃ無いんで!!」
士野足さんは私に向かって何度も頭を下げ、大慌てで私に弁解をし始めた。
いつもの無口でミステリアスな雰囲気からは想像出来ない程に焦っている。
「えっと、その……ひっ、羊屋さん!」
「は、はい……」
「これ、羊屋さんのだよね……?さっき校門前に落ちてたから……」
そう言って士野足さんは、鞄の中から羊の編みぐるみのストラップを手渡してくれた。
「あっ!これ私のです!」
「やっぱり……何か見覚えあるストラップだなって思って……あっ、いつもじろじろ見てたわけじゃ無くて!その……!」
士野足さんが渡してくれたストラップは、確かに私が鞄に付けていたストラップだった。紐の擦り切れ具合からして、紐が限界を超えた為に編みぐるごと落下してしまったらしい。
「ありがとうございます。これ、お気に入りだったので……」
私がストラップを受け取ろうとして、流れで士野足さんの鞄が目に入った。
(……あっ、あれって……!)
士野足さんの鞄に、私の好きなゲーム『ドラファーム』に出て来るモンスターのストラップが付いていた。
「士野足さん、そのストラップってドラファームのヤギウシですよね?」
「えっ!?何で俺の名前……って、羊屋さんドラファーム知ってんの?マジ……?えっと……このヤギウシ、前にゲーセンのクレーンで見かけたから適当に取ったやつで……」
「クレーンゲームですか!凄い……!私、その手のゲームは苦手で……取れる人が羨ましいです!」
「いや、結構簡単なクレーンゲームだったし、あれなら羊屋さんでも取れるかも……いや、このドラファームのストラップ取ったの随分前だし、店にもう無いかもしれないから、ええと……」
初対面の人と何となく会話が続いている……これは中々にいい感じだ。
(もしかしたら、このまま友達になれるかも……!)
そう思った私は、思い切って士野足さんを会話に誘う事にした。
「あの、もし時間があればですが……近くの公園でドラファームの話でもしませんか……?」
「ええっ!?いや、そんな……!公園で2人きりとか無理っしょ!?」
「あっ、初対面でいきなり2人きりは良くないですかね……」
「いや!俺は大丈夫なんですけど羊屋さんが駄目だと思って……あの、俺なんかと2人きりで居たとか変な噂立てられたりするかもだし……あの!そもそも魔王様と2人きりで会うのは俺が1番許せないから無理です!ごめんなさい!!」
そう言うと、士野足さんは私に背を向けて早足でこの場から立ち去った。
が、途中で士野足さんの足がもつれ、その場に派手に転んでしまった。転んだ拍子に鞄の中身が周囲に散乱する。
「……あっ」
士野足さんの鞄の中からゴシック系のワンピースと双眼鏡が飛び出していた。
「あ……!これはその……体操服と間違えてコスプレ衣装持って来ちゃって……!」
士野足さんは動揺しながら、地面に転がったままワンピースを回収した。
「……」
このワンピースと双眼鏡で、私はようやく確信した。あの時、私をじっと見つめていた獣耳少女の正体は士野足さんだと。
「……昨日、私を見つめていた可愛い獣耳さんの正体は士野足さんだったんですね」
「……えっ?」
「士野足さん、私の正体に気付いてましたよね?さっき「魔王様と2人きりで」って、私の事を魔王様って言いましたね?」
「あ……」
士野足さんは地面に横たわったままフリーズしていたが、やがてゆっくり起き上がって私と向き合った。
「……えっと、とりあえず近くの公園で待ってて下さい。全て話します……」
士野足さんはそう言うと、物凄い速さでこの場から走り去ってしまった。
近くの公園のベンチで待つ事5分……
「お待たせ」
私以外に誰も居ない公園に、深緑の大きな獣耳を持つ、ロングヘアのミステリアスな美少女が現れた。先程持っていた深緑のゴシック系のワンピースを着用している。
「(うん、この姿なら会話出来る……今の私は士野足芦(しのあしあし)じゃなくてただのモブ……よし)」
士野足さんは再び、よく分からない言葉をぶつぶつと呟いた。
「おお……凄く可愛いですね!」
「ありがと。この姿は私の唯一の取り柄だから……」
士野足さんはかなりネガティブなようだ。
「そんな事無いですよ!もっと良い所ありますって!」
「例えば?」
「まだ会ったばかりですが……さっき公園で2人きりで会話しよってなった時に、真っ先に私の心配して止めてくれたじゃないですか!」
「……まさか本当に良い所を言ってくれるとは思わなかった。羊屋さん優しい……えっと、昨日は遠くから眺めてごめんなさい」
「遠くから眺めたのは何か理由でもあったんですか?」
「理由はある。個人的な事だけど……」
士野足さんはそう言いながら私の座るベンチに無音で近付いた。
「……羊屋さん。そして、魔王様」
「はい」
「……私、魔王様が評判の悪い勇者から力を取り上げた所を偶然見て、そこから魔王様のファンになりました」
「……えっ?」
「これ、投げ銭」
士野足さんは私によく分からない事を呟きながら、謎の茶封筒を私に差し出した。
「……えっ?何ですかコレ?」
「500円。本当はお札渡したかったけど、引かれそうだったからワンコインにした。これで美味しい物でも食べて」
「えぇ……?」
突然、魔王姿の私のファンだと言われた上にお金まで差し出されてしまった。
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