第14話 2人なりの気遣い

「すぅ……すぅ……」


 自宅のベッドで静かに眠る羊屋。


「…………ん?」


 そんな眠る羊屋を見つめる謎の人物。妙な気配で目が覚めた羊屋は、眠い目を擦りながらまぶたを上げた。



「羊屋さん、おはよう!」



「キャーッ!?!?」



 羊屋の真正面には江里牧先輩の顔があった。あまりにも想定外だったので羊屋は思わず悲鳴を上げてしまった。


「ふふっ……羊屋さんの寝顔、可愛かったよ……思わず掴みたくなる程にね……」


「な、何言ってんですか!?カル様に何の用があってこんな事を!?」


「ん?」


 先輩が羊屋の台詞に違和感を覚えた辺りで、羊屋の姿がボンと弾けて変化した。


『あーびっくりした!ナイトメアさん何してるんですか!?』


 羊屋の正体は、変装した編みぐるみのメエだった。


「あ、あらら……これはもしかして……」


「その通りです。貴方の行動は大方予測済みです」


 上から魔王の声が降って来た。先輩は顔を硬直させたままゆっくり上を見上げた。


 そこには、天井付近まで浮かんだままベッドを見下ろす魔王の姿が。


「私の寝首を掻こうだなんて、百年早いですよ……」


「あ……ごめ……」


 私は先輩の編みぐるみを取り出し、頭と胴体をグッと掴んだ。




 朝の住宅街に先輩の断末魔が響き渡った。




「へぇ、それが江里牧先輩のチャットのアカウントIDなんだ」


「はい……まさか昨日連絡先を渡し忘れたからって早朝に私の自室に現れるなんて……」


 朝の通学路。私はトトさんと一緒に通学しながら、少し前に満身創痍の先輩から貰ったアカウントのメモを見つめていた。


「カルちゃん、それってもうアカウント追加した?」


「はい」


「そっか……カルちゃん。そのチャットアプリの連絡先、周りに見られないよう気を付けた方がいいかも」


「えっ?」


「あの江里牧先輩の連絡先知ってるって周りにバレたらファン達が黙ってないだろうし、色々とやばいかも……」


「ひいぃ……」


 朝からとんでもない爆弾を手に入れてしまった……




 そして放課後の家庭科室……


「カルちってホント器用だよね〜」


「このセーター雲みたいな模様出来てんじゃん、カワイ〜」


 トトさんに「人に慣れる練習してみる?今日の放課後、暇してる友達連れて来るから、あたしの友達と会話してみるといいよ!」と提案されたので、少しでも人に慣れたい私は是非とお願いした。



 そして私の前に現れたのはバリバリのギャルだった。



「カルちの手、ちっさくね?めちゃくちゃ女子の手って感じじゃん」


「分かる〜、こーいう手って超憧れるよね〜」


「あ、ありがとうございます……」


 見た目からして明らかにギャルの2人にタジタジになる私。先程からずっと一方的に喋らせてばかりで本当に申し訳無い。


 だが、向こうに会話させっぱなしでは私も成長しない。ここは私から話題を振る事にした。


(会話の基本は、まずは相手に興味を持つ事……!)


「あの、お2人は何か作った時の思い出とかはありますか?」


「ん〜、最近だと親の頼みでクマのぬいぐるみ5体連続で作った事かな〜」


「えっ!?クマのぬいぐるみ作れるんですか!?」


「出来るよ。ほら」


 と言って、髪のボリュームが凄い『ミケ』さんがスマホの画面を見せてくれた。そこには、カラフルなクマのぬいぐるみが綺麗に並べられた画像が映し出されていた。


「凄い……!お店で売られてても違和感無いです!」


「あんがと〜、ウチもよく手作りするから勝手にカルちにシンパシー感じてさ〜」


「ミケはガチだよね。あ、因みにアタシはミニチュア作ってる。このキーホルダーに付いてる花束は全部アタシの手作り」


 長髪の『キジ』さんは鞄に付いたストラップを見せてくれた。


「凄く細かい……!まるで本物の花束みたいです!一つ一つ丁寧で綺麗で……これ、作るの大変だったのでは……?」


「いぇ〜、カルに褒められた〜。そーそー、これ作んのマジ大変だったから!それ知らないヤツがコレ見て「私にも作って!」とか気軽に言ってさ〜」


「あー、それは大変そうですね……実際に作ったら何十時間掛かりそうですし……」


「ね〜!モノ作った事無い人ほど気軽に言って来る気がする〜!てか、そーいうの気づいてくれるの超嬉しいわ」


「私もたまに作ってと言われるので、よく分かります」


「ね〜!もっと遠慮してほしいんだけど!」


 以外にもこの2人の趣味が物作りだった為に、以外と会話が盛り上がった。


「2人とも凄いでしょ?この2人はカルちゃんと気が合いそうだな〜ってずっと思ってたんだよね!」


「はい、2人ともとても良い人です!」


「そんな純粋な目を向けて言われるとウチら溶けるって。カルちはホントいい子だよね〜」


「ねえ、折角だしアタシらと連絡先交換しない?チャットアプリ使ってる?」


「はい!今アプリ開きますね!」


「あっ、カルちゃんストップ!」


「? トトさん、どうしましたか?」


 私はトトさんの制止の意味に気付かないままアプリを開いた。


「えーっと……ん?江里牧……?これ、もしかしなくても江里牧先輩のアカウントじゃね?」


(しまった!?)


 私が爆弾せんぱい抱えている事をすっかり忘れていた。


「このアカウントの名前と写真はどう考えても江里牧先輩じゃん!?ちょっ!?何でカルちが江里牧先輩のアカウント知ってんの!?」


「あっ!?えっと、これは……!」


「マズい!キジは江里牧先輩の大ファンだよ!カルち、スマホ隠して隠して!」


「もう遅いって!えーっと、キジちゃん……カルちゃんが先輩の連絡先を知ってるのには訳が……」


 ミケさんとトトさんも一緒になって必死に誤魔化そうとしている中、騒ぎの元凶である江里牧先輩から連絡が届いた。


「……あっ、先輩からチャット……」


 私は先輩のアイコンをタップしてチャット欄を開いた。


[羊屋部長、これからは此処で編み物クラブ関連の連絡をさせてもらうね。他にも僕個人で気になる事があったらチャットを送らせてもらうよ]


[そうだ。もし羊屋さんが僕の連絡先を知ってる事を僕のファンに知られたら色々と大変な事になるかもしれないから、設定で僕のアイコンを隠すといいよ]


「これは……」


「……そっか、カルちは編み物クラブの部長だから連絡先を……てか、先輩の予想通りに騒いじゃったし。カルち、ごめん……」


「いえ、大丈夫ですよ……」


 先輩のチャットのおかげで、キジさんを何とか宥める事に成功した……そもそもの元凶は先輩だが。


(……先輩って、ただ嫌がらせをしたいんじゃなくて、本当に『悪戯』がしたいだけなのかな……?)


 そう言えば、江里牧先輩が編み物クラブに連れて来たファンはみんないい子だ。


 先輩が居ない日でも、たまに部室に来て編み物をしたりと、真面目にクラブ活動をしてくれる。


 そのおかげで、部室の雰囲気は一切乱れないし、人数が増えても人見知りな私でもあまり気にならない。


(前にも先輩が言ってたけど……もしかして、真面目にクラブ活動してくれそうな子だけクラブに入るよう促してくれたのかな……)


 私がハラハラするような事はよくするが、私が本気で嫌がる事は絶対にしないような気がする……


 バトルの時はかなり過激になるが、あの時は私がある程度戦えるのを理解した上で襲って来た感じだった。


(……ある意味、先輩なりの気遣いなのかもしれない……)




 そして部活動は終わり、帰り道……


「じゃ、あたし達はこの辺で!カルちゃんばいばーい!」


「じゃーねー」


「また明日〜」


「はい、また明日!」


 私はトトさん達に別れの挨拶をすると、1人で上機嫌になりながら家路を歩く。


(今日は結構会話が出来た……!)


 トトさんが連れて来てくれた2人が本当にいい子で話が合った。


 間違い無く、あの放課後は人生で1番高校生らしい時間を過ごせた時間だったと思う。


(トトさんにも感謝しなくちゃ……)


 あの会話の場を設けてくれた功労者であるトトさんには感謝しても仕切れない。あの子も本当に良い子だ。



 なんて、今日の思い出を噛み締めながら歩いていると……



「…………」



 私の後を尾けてくる1人の学生が。



(私、また尾行されてる……)



 これで三度目だ。まさか人生で3度も同じ学校の生徒から尾行されるとは思わなかった。


 しかも付いて来ている相手は、昨日獣耳を生やして私を眺めていた士野足さんだ。一体何の用事だろうか。



 ……だが、相手が何の用事であれ、いつまでもやられっぱなしの私ではない。



(今日は逆に私から声を掛けに行く!!)



 先程の会話によって謎の度胸が付いた私は、急いで振り返って『完璧に気配と足音を消して歩く』士野足さんへと近付いた。

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