第11話 ナイトメア捕獲作戦
「では時を動かしますね」
サキュバスが先輩を完全に掴んだ所で魔法を解除し、先輩の様子を伺った。
「おわっ!?」
時が動き出し、止まっていたハンマーが先輩に激突した……が、ハンマーは先輩の体に触れた途端に消えてしまった。どうやらあのハンマーは先輩の身体の一部だったようだ。
「……んん?」
目の前の光景が少し変わった事に戸惑う先輩。
「……げっ!?お前はあの時のバケモン!!」
そして先輩は私の顔を見た途端、あからさまに嫌そうな顔をして声高らかに叫んだ。
「おや、私をご存知でしたか」
「知ってるも何も!君達が勝手に僕の遊び場にやって来たんだろ!?って言うか君、よく見たらあの可愛い羊屋さんと雰囲気そっくりじゃないか!!つまりその姿は羊屋さんの前世の姿って事だね!?」
私の正体を知った先輩は更に顔を歪ませた。
「あーもう!折角かわい子ちゃんと遊べると思ったのに!!かわい子ちゃんがバケモンになるなんて聞いてない!!」
私が魔王の姿になった為か、先輩はだいぶご立腹のようだ。さっきまでの楽しそうな姿は鳴りをひそめ、今はすっかりご機嫌斜めらしい。
「君みたいなのと戦ったら命幾らあっても足りない!だから君達とはもう遊ばない!!じゃーね!サヨナラ!!」
と、先輩はこの場から去ろうとしたが……
『せーんぱいっ』
『もっとアタシ達と遊ぼ……?』
「ぐっ!?」
先輩にまとわりついた夢魔に掴まれているせいで、遠くに逃げる事が出来ないようだ。
「おっっも!!何だコイツら!?離せ!!その手をどけろ!!」
「宜しいのですか?彼女達は先輩の大ファンとの事ですが……」
「そうだよ、いつもあんたはファンを大事にしてるんだろ?この子達が悲しんでもいいのかい?」
「うるせー!!それとこれとはワケが違うんだよ!!」
どうやら先輩はだいぶ切羽詰まっているようだ。先程の余裕はすっかり消え、ただひたすら必死になってこの場から逃げようとしている。
「さて……先輩」
「ひっ!?」
私は拳を構えながら先輩にゆっくり近付いていく。先輩は悲鳴を上げて肩を振るわせた。
「貴方をこのまま野放しにしたら、周囲に甚大な被害がそうなので……」
「いやいやいやいや!もうやらない!2度とこんな事しないから!」
「はん!どうだかね!どうせ、この場凌ぎの嘘なんだろ?」
「そんな事無い!可愛いからって前世持ちの強い子にちょっかい掛けないから!夢にも出ないから!」
「信用出来ません。なので、口約束ではなく、このような形を取らせて頂きます」
私は先輩の真正面に立つと、右手を振りかぶって先輩の顔面を思い切り殴りつけた。
「グエエッ!?!?」
先輩は絶叫しながら、サキュバスと共に後方へと吹き飛んだ。サキュバス達には事前に教えていたので、事前に身構えて対応したので無傷だった。
「綺麗に飛んだねぇ!……ん?魔王様、その手に持っているモノは……?」
トトさんは私の右手にある『青白く光る物体』に気付き、不思議そうな顔をした。
「これは先輩の魂の一部です。私がこれを持ち続ける限り、先輩はもう自由に悪さが出来ません。ほら、こうして少し握ると……」
「あだだだだっ!?!?」
私が魂を少し握ると、先輩はその場でジタバタしながら悲鳴を上げた。
「おーっ、こりゃいいね!これでもうあいつは魔王様にちょっかい出せないね」
「そういう事です。先輩、私はこの魂で常に貴方の事を監視します。そして、もし再びこのような事態が起こったら……どうなるかは分かりますね?」
「ひいぃ……」
私が少し脅すと、先輩は悲しそうな顔をしながら小さな悲鳴を漏らした。
「さてと……これで一件落着でしょうか。トトさん、今日は念の為に外出は控えてゆっくり休んで下さい。出来れば後で、昨日の勇者達の様子を教えて頂けると有り難いのですが……これ、念の為のキーホルダー型の通信端末です。これで会話が出来るので、勇者の話はこれでやり取りしましょう」
「いえ、私は……!はい、今日は魔王様の指示に従い休ませていただきます…… 」
私の指示を聞いたトトさんは、目に見えて元気が無くなった。先程の戦いの疲れが今になって来たのだろう。これはしっかり休ませなくては。
「では、失礼します……」
そう言ってトトさんは、とぼとぼと力無く歩き出した。
「はい、ゆっくりお休み下さい。トトさん、今日は助けに来て下さりありがとうございました」
私は、そんなトトさんの背中に向けて労いとお礼の言葉を述べた。
「…………いえ、逆に出過ぎた真似をしたと思っています……」
「そんな事はありませんよ。貴方と夢魔のお陰で無事に先輩を捕まえられたんです。それに、一緒に居てくれただけでも心強くて助かりました」
「え、ええっと……その……ありがとうございます……」
そんな力無いトトさんに、仕事を終えたサキュバスが集まってきた。
『トト様、お疲れ様〜……あれ?何でにやけて……』
「ふん!!」
トトさんは集まったサキュバスの口を無理矢理掴んで封じた。
「では失礼します」
トトさんはサキュバスを回収すると、大人しくその場から姿を消した。
「……」
そして私もこの場から退場しようと思ったが、ふと地面に目をやると、そこにはしおれる先輩が。先程の攻撃が相当効いたのだろう。
だからと言って、流石に学校の先輩をこのままにしておくわけにはいかない。
「先輩、大丈夫ですか?動く元気は……」
「無い。何か可愛いモノとか見れば元気出ると思う……」
「可愛い物ですか……あっ、こちらは如何でしょうか」
私はポケットからカラフルな毛糸玉を幾つか取り出して先輩に手渡した。
「……何で魔王がこんなの持ってるの?」
「なんて事は無いです。ただ、暇が出来た時に編み物をしようかと思って持ち歩いていたモノです」
「……」
先輩は暫くの間、ただカラフルな毛糸玉を眺め続けた。そして真顔のまま私に顔を向けた。
「……握り潰したい」
「えっ?それはどう言う……」
と、私が意味を聞き出そうとした途端
「はぁ!?僕ってば何言ってんの!?」
何故か先輩がその場で立ち上がって叫び出した。
「あの魔王を握り潰したいだって!?あり得ないあり得ない!!僕がぎゅっとしたい相手は小さくて可愛いぬいぐるみみたいな子だ!!あんな魔王にそんなボコボコにしたいとかそんな感情を抱くわけないじゃん!!あーあーあー!!」
先輩はひとしきり騒いだ後、落ちている毛糸玉を鷲掴みで回収してそのまま消えてしまった。
「……先輩、どうしたのでしょうか……」
先輩に何が起きたのか分からないまま次の日になり、そして放課後……
「羊屋さん、こんにちは!」
「ひっ!?ええっ!?」
編み物クラブの活動をしていた私達のいる家庭科室に、何故か満面の笑みの江里牧先輩がやって来た。明らかに場違いだ。
「江里牧先輩、冷やかしなら帰ってくれませんか?」
トトさんは嫌そうな顔をしながらも、先輩である江里牧先輩に敬語でこの場から離れるよう警告した。
「冷やかしじゃないよ。僕はね、編み物クラブに入る為に此処に来たんだ!」
「ええっ!?」
「はあ!?何言ってんすか!?ってか、そんな事したら「編み物クラブの部員が先輩たぶらかして転部させた」とか変な噂立つじゃないですか!」
そうだ。こんな人気者の先輩がこのような編み物クラブに入ったら、ファン達から有る事無い事噂されたり、嫌がらせされてしまうかもしれない。
「問題無いよ!僕はね、部活動を掛け持ちする事にしたんだ!メインは勿論テニス部、サブで編み物クラブ、って感じでね!」
「掛け持ち?一体何の為に……?」
「羊屋さん、それは君が1番分かっているよね……?」
そう言って先輩は私に視線を向けた。
「ひいっ!?」
間違い無い、この人は私が目当てで入部するつもりだ。
「と言うワケでね、部活動を掛け持ちするからファンが君達に嫌がらせする事はまず無いよ!そもそも、僕の可愛いモノ好きは既に知られているから、今更編み物クラブに入っても何ら違和感無いよね?」
「ぐっ……江里牧先輩、羊屋さんに嫌がらせだけはやめて下さいよ……」
「勿論!そもそも僕は可愛いモノを愛でたいだけたから嫌がらせなんて酷い事はしないよ!だけど……」
そこに、扉がガラガラと開いて女子の群れが家庭科室の中に入ってきた。
「すいませーん!私達、編み物クラブに入りたいんですけど……」
「私もー!」
「入部しに来ました〜」
「えっ!?えっ!?」
何と、大勢の女子が編み物クラブに入部しに来たのだ。
「ちょっと江里牧先輩!これどう言う事!?」
「なんて事は無いよ。ただ、僕と楽しい時間を過ごしたいファンが、僕と一緒に付いて来てしまったみたいだね……だから、今日から編み物クラブが更に賑やかになるよ!」
「ひええぇぇえっ!?!?」
目の前で起こった想定外の事態に、私は思わず悲鳴を上げてしまった。
「大丈夫、此処に集まったファンはみんな編み物に興味があった子達みたいでね、真面目に部活動に参加するらしいよ!何よりもファンである彼女達が求めているのは僕だからね。だから羊屋さんは安心して編み物を続けるといいよ!」
「ちょっ!?こんな人増えたら集中出来ないです!って、カルちゃん大丈夫!?」
「部活動が……癒しの時間が……」
(ま、まさかこんな形で仕返しされるなんて……)
学校唯一の癒し空間に来た、キラキラな先輩とファン達を見て落ち込む私。
「ふふっ……」
先輩はそんな私を眺めながら終始ニコニコしていたのだった。
……後で先輩の魂を握りつぶしておく事にした。
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