第8話 可愛いもの好きな先輩

 次の日の朝、通学路にて……


「カルちゃんおーはよっ!」


「あっ、おはようございます……」


 トトさんの挨拶に何とか挨拶で返せる程度にはなった。昨日お喋りした成果が出たのだろうか。


「あっ、そうだ。昨日は一緒にお昼食べれなくて申し訳ございません……」


「いいのいいの、気にしてないよ!カルちゃん人見知りだって言ってたし、こーいうのは自分のペースってのがあるでしょ?」


「ありがとうございます……」


「えへへっ!カルちゃん少しは話せるようになったじゃん!」


「はい、昨日の会話で少し慣れたのかと……」


「昨日はホントに楽しかったよね!って言うか、カルちゃんって本当に人見知りなんだね」


「はい……相手は思ってる以上に他人の事を深く気にしてないって分かってるんですけど……頭では理解出来ても心が追いついてなくて……知識が足音置いて先走ってる感じなんです……」


「あはは、成る程ね!独特な例えだけど何となく分かるよ!カルちゃんって話してみたら面白いし、その気になれば友達結構出来ると思うんだけどな〜。やっぱ沢山人が居ると無理?」


「無理です……知らない人を前にすると、どうしても頭真っ白になるんです……」


「うーん……どうにかできないかな……」



 と、会話しながらトトさんと一緒に学校の門を通ると……



「……ん?あれは……」


 グラウンドの角に人だかりが出来ているのが見える。よくよく見てみると、1人の背の高い女子を沢山の女子で囲んでいるらしい。


「江里牧(えりまき)先輩〜!」


「若王子〜!」


 そこには沢山の女子に囲まれた、一際目を引くイケメン女子がいた。背は180センチ程あり、見た目は本当に王子っぽかった。


「あ、この学校の王子『江里牧若(えりまきわか)』先輩だ」


「エリマキ……?」


「友達に江里牧先輩のファンが居てさ。よくその子から話聞いてたから、あの人の事はそれなりに知ってるよ。2年1組、背は180センチ、テニス部のエースで成績優秀、見た目もカッコいい、ファンサにも応じてくれる、まさに非の打ち所がない完璧な先輩……だってさ」


「へぇ……」




「若王子!これ差し入れです!練習の合間に食べて下さい!」


「素敵な差し入れをありがとう、後で頂くよ。そうだ、今ちょうど飴を沢山持って来てるんだけど……皆んな、飴食べるかい?」


「はい!頂きます!」


「ありがとうございます!」


 女子達は先輩から飴を貰い、その場で袋を開けて口に放り込んだ。その瞬間……


「す、酸っぱい……!」


 女子はあまりの酸っぱさに顔をしかめ、口をすぼめてしまったらしい。


「あっはっは、ごめんごめん!その飴はレモンの酸味が強い塩飴だって言うのを忘れてたよ!大丈夫かい?」


「だ、大丈夫です……!」


 先輩は笑いながらファンの子達を気遣っている。



「あと江里牧先輩は、無類のイタズラ好きとして知られている……ってさ」


「ファンはイタズラ好きと知っていて、わざと引っかかってるんですかね……」


「え〜、どうだろ〜。好きな人相手だと以外と気づかないんじゃない?」


 私達はそんな人だかりを何となく見つめながら、学校へと入ったのだった。




 そして放課後……


(す、少しは慣れたかな……)


 私は相変わらずステルスのまま授業を受けた。だが、流石にずっとステルスのままだと自分も成長しないと思い、放課後は試しに魔法を消して歩いてみる事にしたのだった。


(……あっ、江里牧先輩だ)


 家庭科室へと向かう道中に、江里牧先輩が1人で歩いている。流石に四六時中ファンに囲まれているわけでは無いらしい。


「……あっ!」


 そんな江里牧先輩のポケットから、可愛らしいぬいぐるみが付いたストラップが落ちた。


 落ちたストラップを拾い上げると、ぬいぐるみは綺麗な割に随分とクタクタになっているのが分かった。ずっと大事に持ち歩いていたのだろうか。


(……あっ、先輩にストラップ落ちた事言わなきゃ……!)


「せっ、先輩!」


 私は勇気を振り絞って先輩に声を掛けた。声を掛けられた先輩は振り向いて私の顔を見た。


「……ん?君は……僕に何か用かな?」


「あの……これ、落としました……」


 私はボロボロになったぬいぐるみのキーホルダーを先輩に手渡した。


「おや、君に見られてしまったのか……隠して持ち歩いていたんだけど、何かの拍子に落ちてしまったようだね……」


「すっ、すいません……」


「いやいや、君が謝る事はないよ。ただ、僕がコレを持っていた事はみんなに内緒にしてくれないかな……?僕のイメージが崩れてしまうからね」


「あっ、はい……分かりました。えっと、失礼します……」


 私は大急ぎでこの場から離れ、大回りしながら家庭科室へと急いだのだった。




「……」


 一方、その場に残った江里牧は、立ち去った羊屋が見えなくなるまでじっと見つめていた。


「……羊屋さん、まさか君から話しかけてくるなんてね……」


 江里牧は不適な笑みを浮かべると、手に持ったボロボロのぬいぐるみを手でチカラ一杯握り締めた。






 家庭科室、編み物クラブにて……


「……あっ、そうだ。カルちゃん、さっき廊下で江里牧先輩と喋ってなかった?何の話してたの?」


 私がトトさんに編み物を教えながら会話していると、先程、私と先輩が会った時の話題になった。


「えっと、キーホル……あっ、いや、何でもありません……」


「……もしかして、先輩の可愛いキーホルダー見たとか?」


「えっ?何で知って……あっ」


「成る程成る程、カルちゃんの態度から察するに口止めされてた感じだね。大丈夫、あの人の可愛いもの好きはファンの間では結構知られてるらしいからさ」


「えっ、そうなんですか……?」


「うん。可愛いぬいぐるみを集めていて、ぬいぐるみ抱きしめながら寝るって噂とかあったりするってさ。まあ、あくまで噂程度だろうけどね」


「以外と可愛い趣味なんですね……」


「そのギャップもウケてるんだろーね」


 放課後に友達と喋りながらクラブ活動……何だか今日は、とても学校生活らしい事が出来ている気がする。




 こうして、編み物クラブも無事に終わった帰り道……



「じゃあまたね!」


「はい、また明日……」


 今日も妖魔の種蒔きをする為に、夜の9時に会う約束をして解散した。今回は此処からだいぶ離れた地で蒔く予定だ。


(この調子で、もう少し学校に慣れればいいな……)


 と、1人で家へと向かっていると……


「……」


 私の後ろから歩いて来る人が1人。


(江里牧先輩……?)


 この人、学校からの帰宅中からずっと私の後をついて来ている……


「羊屋さん、少しいいかな?」


「ひゃっ!?」


 そして、私が1人になった所で背後から声を掛けられた。人がいると分かっていたのにも関わらず、思わず悲鳴を上げてその場で跳ねてしまった。


「せっ、先輩……!?」


 江里牧先輩は後ろ手に棒状の物を持ちながら私に近づいて来た。


「急にごめんね!実は、少し頼みたい事があってね……」


「えっ……な、何ですか……?」


 トトさんは少し慣れたが、まだ碌に会話した事が無い人と会うと想像以上に緊張してしまう。


「いやぁ……ちょっと、ね……」


 そう言って先輩は、後ろ手に隠していた棒を前で構えた。


 すると、先輩の手に握られていた棒の先に大きな金属の塊が現れ、さながらハンマーのような武器に変わっていた。


「よっ!」


 先輩は構えたハンマーを私に向かって思い切り振り下ろした。


「きゃあっ!?」

 

 私は後方に飛んで攻撃をかわした。私が居た場所にクレーターが出来ていた。


「やっぱり!僕の見込み通りだ!!」


「せっ、先輩……!急に何を……!?」


 私は先輩に問いかけるが……


「可憐な見た目でありながら上等の身体能力、そして加虐心くすぐる愛くるしい仕草……何もかもが僕の理想通り……!」


 先輩は私の話など全く聞かず、ただ大きな独り言を述べるだけだ。


「ホントはぐっと堪えて我慢するつもりだったんだ!でも、君が話しかけてきたばっかりに僕の心は抑え切れなくなった!つまり、こうなったのは君の責任でもあるって事さ!」


「意味が分からないです!何でこんな事するんですか!?やめて下さい!!」


「あっはははは!いいねいいね!僕、強くて可愛くて、それでいて強く逆らってくる子を見るとつい手を出したくなっちゃうんだ!」


 そう言うと先輩の身体からカラフルな煙が吹き出し、先輩を覆っていった。


「あははっ!」


 やがて煙が収まると、そこにはハンマーを背負ったピエロのような姿の先輩が居た。先程のカッコいい姿とは打って変わって、とても可愛らしい姿になった。


 だが、見た目の可愛らしさからは想像出来ない程の怪力、異様な気配、そしてこの魔力は明らかに人外だ。


「魔物……!?」


「おーっ!やっぱり君も前世持ちだったんだね!僕も羊屋さんを一眼見て分かったよ!君はそれなりに強いみたいだし、こっちも本気で潰しに掛かれる!超最高だよ!」


 先程まで先輩だった背の高いピエロは、青を基調としたデザインの衣装をフリフリと揺らし、ハンマーをクルクルと回しながら楽しそうに私を見つめていた。


「僕、可愛いもの大好き!テニスっていいよね!あのモコモコの可愛い球体をラケットで思い切り殴りつけるあの快感!最高だよね!」


「えっ、そんな理由でテニス部に入ったんですか……?」


「あー!思い出したらボールをこのハンマーでフルスイングしたくなっちゃったな!ま、コレで殴ったらボールが潰れちゃうからそんな事はしないけどね!あはははは!」


(ぜ、絶妙に話が噛み合わない……!)


「そうだ!さっき君は僕に「何でこんな事するんですか」って聞いてきたよね?だったらここで一つ、僕の昔話をしてあげるよ」


「……?」


 そして、先輩は楽しそうに自身の昔話を語り始めた。


「僕は、生まれた時から可愛いものが大好きだった。ぬいぐるみを集めたり、特にお気に入りのぬいぐるみと一緒に寝るのが大好きだった」


 先輩はゆらゆらと揺れながら話を続けている。


「ある時、僕の不注意でよく一緒に寝ているぬいぐるみの頭が取れてしまったんだ。それを呆然と眺めてたら、前世の記憶が蘇ったんだ……そして何故、僕が毎日ぬいぐるみを抱いて寝ていたのか分かったのさ」


 そこで、先輩は片手で回していたハンマーをピタリと止めた。


「僕は人形を抱きしめたかったんじゃない、締め潰そうとしてたんだってね!!」


 そう叫ぶと、先輩は構えたハンマーを私に向かって思いきり投げつけた。

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