第7話 飛んで火に入る夏の虫

 夜の8時45分、百百乃公園にて……


「魔王様、お待たせしました!」


「トトさん、こんばんは。私も今さっき来た所ですよ」


 魔王姿の私は、空から飛んできたデーモンクイーンのトトさんを出迎えながら挨拶をした。


 大人なトトさんは前よりも少し衣装が豪華になっており、耳には私が作った耳飾りを着けていた。


「トトさん、今日は髪型も含め、全体的にいつにも増してお洒落ですね」


「あ……はいっ!今日は大事な作戦決行日だったので、自身を鼓舞する為に髪や衣装を少しいじってきました!」


「分かります。自身を着飾るとモチベーションが上がりますからね」


「はい……!」


 今日のトトさんはいつにも増してやる気に溢れているようだ。


『こんばんは!今日のトトさん、何だか綺麗ですね!』


「……ありがと」


 だが、私の足元から現れたメエさんを見た途端、目に見えてテンションが下がった。


「(忘れてた……大根頭がいた事をすっかり忘れてた……!)」


『どうかしましたか?』


「何でもないよ!……魔王様、早速作戦を実行に移しましょう」


「はい。では早速……トトさん、これをお受け取り下さい」


 私はポケットから種袋を取り出し、トトさんに手渡した。因みに袋は私の手作りだ。


「今日、試しに作った『妖魔の種』です」


「妖魔の種?」


「はい。この種を周辺に蒔くと、自我を持たない魔力の塊の怪物『妖魔』が出現します。更に、妖魔が現れた瞬間に自動的に周囲に結界が張られます。今回はお試しなので、力は弱めに設定しています」


「自動的に結界……つまり結界が張れないリリスに使わせても大丈夫、という事ですね?」


「はい。半径20メートル以内に種を一握り蒔くだけです」


「成る程……では、早速試してみます。リリス!出ておいで!」


『はーい!』


 トトさんの影から1匹のリリスが現れ、元気に羽ばたいてトトさんの前に降り立った。


「リリス、あっちに見える空き地に種を一握りだけ蒔いてきな!いいかい、半径20メートル以内にしっかり蒔くんだよ!」


 トトさんは指示をだしながら種袋をリリスに手渡した。


『オッケー!』


 リリスは指で丸を作ると、種袋を握りしめながら急いで空き地方面に飛んで行った。


 私達も種の出来を見守る為に上空からリリスを追った。


『この辺かな〜?』


 無事に空き地に到着したリリスは、周辺をキョロキョロと見回しながら種袋の紐を緩めた。


『そーれっ!』


 リリスが種袋から種を幾らか取り出すと、その辺にバラバラと種を蒔いた。すると、種が落ちた場所からモコモコと魔力の塊が吹き出し、やがて闇の色をした不思議な生き物『妖魔』が誕生した。


 見た目はゴブリンやコボルトにそっくりで、剣と同化したような両手をずるずると引きずりながら結界内をうろついている。


『無事に妖魔が生まれましたね!』


「凄い……!蒔いただけで魔物が出て来た……!」


「彼ら妖魔は自我を持ちません。ただ、異様に魔力が高く、地球上ではあり得ない身体能力を持つ人……例えば勇者のような人間を襲うように出来ています」


『勇者だけを襲う魔物って事ですね!』


「そもそも、あの結界内に一般人は入れないので、一般人が襲われる被害は限りなく低いのです」


「なら安心ですね!で、後は魔王様の罠に寄って来る勇者共を待つのみ……」


 私達は空き地に出来た結界内を彷徨う妖魔をじっと眺め、勇者の到着を待った。



 数分後……


「このアプリをインストールすればトトさんと簡単にやり取りが出来るんですね?」


 私はトトさんとの連絡手段の一つとして、トトさんに教えられながらスマホにチャットアプリをインストールしていた。


「そうです!で、このアプリを開いて、連絡先の項目タップしてください」


「検索画面が出て来ましたね」


「はい、そこであたしのアカウント探して……あっ、ありました!これをフォローすればいつでもあたしとやり取り出来ます!何かあったらチャットで……いや、会話したい時に気軽にチャット飛ばしていいんで……」


「ありがとうございます。では、練習がてらにトトさんに文章を送ってみますね」


「はいっ!」




 1時間後……



「……だから、あたしの周りには男が掃いて捨てるほど居たんですよ」


 私達は誰も居ない空き地の上で、異世界での日常話を語っていた。今は家に侵入して来た不埒な勇者達の話題だ。


「本当に大変でしたよ。奴らの散らばった骨を箒で掃いて外に棄てる作業を何度やった事か……」


「本当に掃いて捨てていたんですね」


『魔法使って掃除しなかったんですか?』


「あんな奴らに使ってやる魔法なんて無いよ!だから外に出してペットの養分に……ん?」


 遠くから空き地に向かって走って来る、魔力の高い人間の気配。どうやら罠に誘われて勇者達がやって来たようだ。


「数は3人……出だしは順調ですね」


 後は罠に掛かるのを待つだけ。私達は静かに勇者達の動向を伺った。




「この結界、随分でけーな……」


 勇者の1人、大きな剣を背負った堅いの良い男が結界をまじまじと見つめている。


「中には魔物が複数いるみたいだね。誰がこんなもの作ったんだろ……」


 眼鏡の大人しそうな青年が、両手に奇妙なナイフを持ちながら辺りを見回している。


「まあ、今回も普通に倒すだけっしょ」


 魔導書を持った、チャラそうな男が仲間を交互に見ながら慣れた手つきで本を開いた。


「さてと、ちゃっちゃと片付けるとしますか。2人とも、準備はいい?」


「「はい!」」


 チャラい魔法使いの合図で、勇者達は結界内に突撃した。


(掛かりましたね……)


 勇者達が結界の中に入った瞬間、首の付け根辺りに認識阻害の魔法が刻印された。印は一瞬だけ浮かび上がり、すぐに消えた。


「一瞬で印を……!」


『無事に罠が発動しましたね!これでボク達は2度と、あの人達からちょっかいを掛けられる事は無くなりました!後は勇者達が妖魔を倒すだけです!』


 私達が会話している間も、勇者達は結界内の妖魔を慣れた手つきで次々と倒していく。


 大きな剣で薙ぎ払い、ナイフで次々と斬撃を浴びせ、風魔法で妖魔の体を切り刻んだ。


 そして、大剣の一振りで最後の妖魔を倒した瞬間に結界が弾けて消え、辺りには静寂が訪れた。


「おお、弱いと言えどあの妖魔を一瞬で……そこそこの実力をお持ちのようで」


「勇者達はこのままお帰りのようだね……夢魔、おいで!」


 トトさんが両手に魔力を込めて、『夢魔』を3匹作り出した。


 夢魔はその場で消えると、勇者達に1匹ずつ付いていった。


「勇者達に夢魔を貼り付けました。これで奴らの動向を探れますし、どこの誰なのかも分かります」


 と、この辺りで先程種を蒔いていたリリスが戻ってきた。


『たっだいまー!ねぇ、ねぇ、アタシ頑張ったよ!』


「リリス、あんたはただ種を蒔いてきただけだろ……」


「ありがとうございます。皆さんのお陰でこの道具が無事に使える事がよく分かりました」


『どーいたしましてっ!!』


「こらリリス!魔王様にそんな口聞くんじゃない!えっと、あたし達はただ補助とかしただけで……!」


「そんな事はありません。そもそも、貴方が勇者の話をしてくれたから事前に対処が出来たんです。本当にありがとうございます」


 私はトトさんの手を取り、顔を見つめながら感謝の言葉を述べた。トトさんはよく握手を求めるので、今回は私の方から手を握りに行った。


「えっ…………えええっ!?」


 トトさんは暫しの間呆然とした後、急に顔が真っ赤になって驚いた。


「きっ、今日はこの辺で失礼します!!」


 トトさんは私から離れ、急いでリリスを捕まえると瞬間移動でこの場から去った。


「おや、流石に手を掴むのはやり過ぎましたかね……」


『はぁ……とりあえず、ボク達も帰りましょうか』


「はい」


(それにしても……)


 先程、勇者の1人は「今回も普通に倒すだけ」と言っていた。


 もしかしたら、トトさんのように魔物の前世を持った人が居て、勇者に狩られているのかもしれない。


 それか、魔物を使役して悪さをしている人が他にも居るのかもしれない。


(どちらにせよ、人を注意深く観察した方がいいのかもしれませんね……)


 私は、僅かな月明かりに照らされた町を眺めながら、その場から立ち去った。




 ……そこに、そんな一連のやり取りを見ていた魔物が1人……


「(うへぇ〜!おっかないおっかない!あんなバケモンに僕の遊び場をうろつかれるなんてツイてない!アレと鉢合わせする前におウチにかーえろっと!)」


 大きなハンマーを背負った謎のピエロの魔物が。奴は大袈裟にリアクションを取りながら魔王に悪態をつくと、塔の上から大急ぎで飛び去ったのだった。

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