第6話 恋する悪魔が仲間に加わった

 次の日の朝……


「メエちゃんおはよっ!」


「ひいっ!?」


 学校へと通学している最中、夜上さんに突然背後から声を掛けられた私は思わず悲鳴を上げて飛び上がってしまった。


「よ、夜上さん……?」


「ちょ、まるで初対面じゃん!いやいや、あんな事あったらあたし達はもう友達みたいなもんでしょ?それに昨日、あたしは「明日学校で」って言ったじゃん?」


「え、ええと……そうでしたっけ?」


「言ったよ?てか昨日の威勢は何処行っちゃったの?堂々として啖呵を切ってたあの時のカルちゃんは何処行ったの?」


「すっ、すいません!私、極度の人見知りで……人間を相手にするとこうなってしまって……」


「成る程……それで学校の中ではビクビクしてたんだね。ま、これを機に少しずつ慣れていけばいいっしょ!あと、あたしの事はトトって呼んでもいいよ!宜しく!」


「えっと……トトさん、宜しくお願いします……?」


「あっはは!疑問系じゃん、語尾にハテナ浮かんでるじゃん!ウケる〜!」


「あ、あはは……」


「あれ?昨日の大根の子は何処行ったの?」


「え、ええと……今は家で留守番です……」


(き、緊張で心が持たない……)


 私は生きた心地がしないままトトさんと一緒に通学路を歩き、やっとの思いで学校へと向かったのだった。


 道中でトトさんとを会話をしたが、どんな会話をしたのかよく覚えていない。だが、終始トトさんが楽しそうだった事だけは覚えている。




 そしていつも通りステルスで過ごし、放課後……




(あ、朝は大変だった……まさかお昼も誘われるなんて……)


 まさか昼休みになった途端、教室に突撃されて「一緒にお昼食べよっ!」と、言われるとは思わなかった。


 あの時は咄嗟に時間停止魔法を使い、急いでその場で昼食を食べ、もう食べ終わったからとトトさんから急いで逃げてしまった。


(明日、人が少ない通学路でトトさんから逃げた事を謝ろう……)


 私は罪悪感を抱えながら家庭科室へと移動し、その場で荷物を下ろして編み物を始めた。


(誰も居ないから気楽で楽しい……)


 学校生活を送るなら、やはりクラブ活動に入らなくてはと思った私は、数あるクラブの中から自分にピッタリな『編み物クラブ』を発見し、入部したのだった。


(少しは学生っぽい事、出来てるかな……?)


 時間を忘れ、夢中になって編み物に集中していると……


「たのもーっ!」


「ひゃあっ!?」


 突然、家庭科室にトトさんが乗り込んできた。私は思わず編み物ごと道具を落としてしまった。


「あ、トトさん……」


「失礼〜!いやね、カルちゃんのクラブの事を先生に聞いたら「編み物クラブに入ってる」って聞いたからさ!」


 トトさんは落ちた編み物を拾い上げて軽く埃を払い、私に手渡しながら笑顔で話しかけてくる。


「だからね!折角だからあたしも編み物クラブに入る事にした!これならもっとカルちゃんと一緒にいられるっしょ?」


「え、ええと……トトさん、クラブ活動は自分の好きな所に入るのが1番だと思いますよ……」


「え?もしかしてあたしの心配してくれてる?カルちゃんってば超優しーじゃん。大丈夫だよ、あたしは別に何処のクラブにも入るつもりは無かったしさ」


「で、でも……友達付き合いとか……」


「大丈夫大丈夫!他の友達も結構真面目にクラブ活動してるし、放課後は割と暇してたんだよね〜。こっちはたまにみんなで集まって遊び行くって感じでさ!」


「そ、そうなんですか……?」


「……もしかしてカルちゃん、私が毎日遊び歩いてると思ってた?」


「いっ、いえ!そんな事無いです!」


「あはは、いいのいいの!周りから遊び人とか結構言われてるし!って訳で、あたしも編み物クラブに入りたいんだけど……あっ、勿論冷やかしとかじゃなくてガチで編み物するからね!ほら、これ証拠!」


 トトさんは学生鞄から編み物の道具を取り出して机に置いた。


「急いで町まで飛んで編み物セット買ってきた!」


「な、なぜそこまでして私に……?」


「えっ?昨日言わなかった?カルちゃんの事気に入ったってさ。まあ、最初はただの餌としてしか見てなかったけど……でも、今は本当にカルちゃんの事が気に入ってるから仲良くなりたいなーって思ってさ!で、編み物クラブに入っていいかな?」


「……だ、大丈夫です。そもそも、私はそれを決められる立場じゃないですし……」


「やった!カルちゃんありがと〜!」


「……それに、これをきっかけにトトさんも編み物が好きになってくれたらいいなって……」


「……!うん、あたし頑張って編み物覚えるからね!宜しく!」


 トトさんは満面の笑みになり、私に手を差し出してきた。


「はい、宜しくお願いします……」


 私は差し出された手を掴み、握手を交わした。


 どうやらトトさんは真面目にクラブ活動をしてくれるらしい。編み物仲間が増えるなら大歓迎……だと思う。




「あっ、そうそう。今日は他に頼みたい事があって……」


「えっ?」


 そう言うとトトさんは、私の前で身を屈めた。そして、おでこを床につけて土下座の姿勢になった。


「トト……いや、魔王様!私を魔王様の部下にして下さい!!」


「えええええっ!?!?」


「昨日の勇姿を一目惚れ……いや、一目見て確信しました!貴方こそがあたしの上司に相応しい方です!」


「やめて下さい!こんな所を誰かに見られたら誤解されます!」


 私は存在感が薄いから大したダメージにはならないが、トトさんは下手したら大ダメージだ。


「大丈夫です!今は気配薄くしてるので誰にも見えてません!」


「それでもやめて下さい!そもそも私はもう魔王を引退した身ですので!」


「ただ単純に惚れ込ん……力のある魔王様についていきたいだけじゃないんです!生きる為にも貴方の力が必要なんです!」


「……生きる為、ですか?」


 どうやら彼女なりの事情があるらしい。


「はい。詳しい話は結界の中でしましょう」



 トトさんが指を鳴らすと、外の景色が歪み、夜上さんはデーモンクイーンの姿に変わった。



「……勇者を潰す為に、あたしと手を組んでほしいんだよ」


「勇者……ひょっとして、他にもまだ転生した冒険者が?」


 重要な話に切り替わったので、私も冷静になってトトさんの話に耳を傾ける。


「まだいるよ。それに、昨日魔王様も見ただろ?あたし達魔物を執拗に追いかけて潰そうとする勇者達の姿を。だから、平穏の為にも前世持ちの人間から力を取り上げたいんだよ」


「成る程、変に勇者を野放しにしてたら私達に何か仕掛けてくるかもしれませんね……」



「その通りだよ。この間なんか、精霊と契約したままの転生者が……」


 精霊と契約した魔女?私の世界には精霊と契約出来る人間は殆ど居なかった。


「その転生者の話、詳しくお聞かせ願えますか?」


 私は思わず魔王の姿に戻り、話をしっかり聞く為にトトさんの顔を真っ直ぐ見つめた。


「!?」


 私が顔を覗いた途端、トトさんの顔が一瞬で真っ赤になった。


「私の世界では精霊と契約出来る人は滅多に居なかったんです。だから、私のコレクションにも精霊のジェムは1つしか無くて……トトさん、どうかなさいましたか?」


「……えっ!?いや、大丈夫です!?」


 トトさんは私を見つめたままぼーっとしてたが、声を掛けたら何故か慌てだした。しかも敬語になってる。


「少し考え事をしていて……えっと、あたしの世界にいる魔法使いには、人間自ら魔法を使うタイプと、呪文や道具で間接的に魔法を使うタイプと、精霊と契約し、精霊の力で戦うタイプがいるんです」


 トトさんはようやく落ち着くと、元いた世界の魔法使いの説明を始めた。


「精霊と契約するのは簡単で、誰とも契約してない精霊を捕まえて持ち歩くだけ……と、言っても、中々精霊は捕まえられないんですけど……」


「精霊を捕まえる……?貴方の世界の精霊は人間でも捕まえられる強さ、と言う事ですか?」


「はい。精霊が好んで住む場所を探すと手のひらサイズの精霊がたまに居て……精霊は小さい奴なら碌に自我が無いので、ただ持ち歩くだけで簡単に契約が出来ます。大きい精霊は自我があるから合意の上で連れ歩く必要があります」


 どうやらトトさんの世界にはそれなりに多くの精霊がいるようだ。


「ちなみに、精霊の力を強くするには、魔物を倒して魔力を集める必要があります。集めれば集めるほど力は上がっていきます」


「成る程……そんな簡単に契約出来るという事は、此処に転生してきた人の中にも複数いるのでは……?」


「あたしが確認した限りだと3人居ます」


「3人も……素晴らしい……!トトさん」


「はっ、はい!」


「私もその勇者狩りに協力します。此処で平和に暮らす為にも必要な事ですから」


「あっ……!カル様、ありがとうございます……!!」


「それにしても、魔力を蓄えると更に力が強くなる……ですか。それなら、あえて魔力を吸わせてジェムの質を上げるのもいいかもしれませんね……」


「……まさか勇者を育てるつもりですか?」


「ええ、冒険者は戦えば戦う程、ジョブジェムは輝きを増していきますから。その為にも、勇者に倒させる為の自我の無い使い魔を作り出しておかなくては……」


「……あははっ!あの勇者を趣味の為に育てるなんて!でも、そんな事して本当に大丈夫ですか?強くなり過ぎた勇者にやられるなんて事は……」


「勿論、ただ勇者を育てる訳ではありません。その辺で魔物騒ぎを起こせば、正義感の強い彼らは魔物を倒す為にこぞって表に出てくるでしょう」


「囮を使って奴らをお引き寄せるんですね?確かにそれなら、簡単に何処の誰が勇者なのか確かめる事が出来そう……」


「魔物を放つ場所に結界を張れば、勇者も察知しやすいですし、結界内で暴れても周囲に被害は出ないので一般人に迷惑は掛かりません。更に、発見した勇者に認識阻害の印を刻み、私達への認識を歪ませて深入り出来ないようにします。これで私達は安全に暮らす事が出来ます」


「戦わせる事で相手の出方も分かるし、対策もできる……」


「その通りです。トトさん、この作戦でどうでしょうか?」


「素晴らしいと思います!魔王様、ぜひあたしにもその作戦に参加させてください!」


「ありがとうございます。では、トトさんはいつ頃に作戦に参加出来るか教え……」


「いつでも大丈夫ですっ!何なら今日からでも十分行けます!これで勇者が減ってくれたらあたしも住みやすいですし、不眠だから夜は割と暇を持て余してたって言うか……とにかくあたしはいつでも大丈夫です!!」


「では早速、今夜の9時に早速作戦を試行しに行きましょう。勇者が来るかどうか確かめるんです」


「はいっ!是非……(ん?2人きりで会うって……それってデー……)」


「では、夜の9時に百百乃ももの公園で落ち合いましょう」


「はっ、はい!?」


 こうして、私達は勇者を誘き寄せる作戦を試行する予定を立てた。


 この後は、とりあえず下校時間まで編み物初心者のトトさんに編み物を教えたのだが……


「(デート……魔王様とデート……)」


「と、トトさん……?」


 編み物中、夜上さんはずっとうわ言のように何か呟き続けていたのだった……

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