第5話 形勢逆転

「じゃあちゃちゃっと準備を始めようかねぇ!」


 夜上さんは両手をバチンと打ち鳴らし、黒い白目に真っ赤な瞳を輝かせてやる気満々だ。


「さて、まずは迷惑を掛けないように周りに結界でも貼っておこうかね!」


 夜上さんはそう言うと、周りに魔力を放出して町一つを覆う程の結界を作り出した。周囲が町から更地に変わり、一般人の気配が消える。


「リリス!おいで!」


 夜上さんは両手に魔力を凝縮させ、そこから8匹のリリスを生み出した。


『キャハハハハ!』


『アハハハハ!』


 桃色肌で小悪魔のような可愛らしいリリスは、笑いながら停止した勇者を取り囲んだ。


「魔物創造ですか……素晴らしいですね」


「まだまだこんなもんじゃないよ!それっ!」


 夜上さんは両手を突き出し、先程私に撃って来たもの以上の特大の火炎魔法を複数生み出してはあちこちに飛ばしていく。夜上さんの管轄から外れた魔法は途中で停止した。


『凄いです!あんな高難易度の魔法を簡単にポンポンと生み出すなんて!』


 時を動かせば、魔法はたちまちのうちに勇者達を追撃してぶつかるだろう。


「勇者達にはこれくらいしないとダメージは入らないからね!よし、とりあえずこれくらいで準備運動は終わっとくよ!」


「分かりました。では時を動かします」


 私は笑顔の夜上さんの顔を見て頷くと、魔法を解除して時を再び動かした。




「うわーっ!?!?」


「きゃーっ!?!?」


 時が戻った瞬間、勇者達に大量の火炎魔法が降り注いだ。魔法の着弾地点から悲鳴が轟く。


「な、何が起こったんだ……?」


「勇者!周りが変だよ!?しかも敵に囲まれてる!!」


 勇者達は動揺しながら辺りをキョロキョロと見回している。


「……これは多分、結界の中だな。しかも、周りにはリリス……あっ!?デーモンクイーン!?」


 勇者は姿が変わった夜上さんを見て驚愕している。恐怖に少したじろいでいるようにも見える。


「あれがデーモンクイーン……なんて魔力……!」


「だけど、さっきまであんな魔力は無かった筈だ!魔石無しのアイツがどうやってあんな力出してんだ!?」


「きっとあのゴートデーモンの仕業だよ!あの人を倒せば全部元に戻る筈!」


「よし!じゃあまずはアイツから……!」


 と、勇者達は私に向かって身構えたが……


「あら?あんた達によそ見する暇なんてあるのかい?」


 夜上さんが指をパチンと鳴らして合図をすると、周りのリリスが更に勇者達に詰め寄った。リリス達は牙や爪をガチガチと合わせて攻撃体制を取っている。


「くっ……!先にコイツらを始末しないと駄目らしいな……」


「あたしを無視するなんて百年早いよ!」


「……くそっ!まずはあの目障りな魔物から始末するぞ!若子わこ!まずは回復を頼む!」


「分かった!」


 杖を持った女子学生が身体を癒す為に回復魔法を発動……させようとしているらしいが、いつまで経っても魔法が発動しない。


「あ、あれ……何で……?」


「……多分、あの結界だ。相手の結界内は味方以外の敵の魔法を封じる効果があるんだ……!」


「そ、そんな……じゃあ防具以外に身を守る方法は無いって事……?」


「そうなるな……若子、お前はとにかく逃げ回れ!まだ攻撃手段がある俺がコイツらを……!」


 と、話をしている途中で1匹のリリスが勇者に飛んできた。


『キャハッ!』


 リリスは魔法で燃え盛る爪を勇者の腕に突き立て、瞬く間に勇者の服を切り裂いた。勇者の腕から血が流れ出す。


「勇者!?大丈夫!?」


「速い……!雑魚の魔物でもこの力……ならば!」


 勇者は魔物達を睨みつけながら剣を構え……そこで自身の武器の異常に気付いた。


「……何で剣先が無いんだ?」


「あの魔物祓いの剣が折れてる……!」


「くそっ!まさかこれもあの羊の仕業じゃ……いや、考えている暇は無い!」


 勇者はポケットから鉄の剣を取り出すと、周りのリリスを無視して夜上さん目掛けて思い切り飛び上がった。


「外で魔法発動出来なくても身体や剣に魔力を乗せる事は出来る!」


 勇者は輝き出した剣に全力を乗せ、夜上さんに向かって剣を振り下ろした。



バチン!!



「な……馬鹿な……!?」


 剣が夜上さんに触れた途端、武器が剣先からボロボロと崩れてあっという間に消えてしまった。


「こんなオモチャであたしを捉えようとするなんてね……ふん!」


「ぐわあっ!?」


 夜上さんは勇者を片手で掴んで振り回し、そのまま女子学生にぶつけた。


「きゃっ!?」


 女子学生に思い切りぶつかり、2人はその場に倒れ込んでしまった。


「うぅ……」


 ダメージが相当重なったようで、2人は苦痛に顔を歪ませ、その場から立ち上がろうとしない。


「どうやら勝負ありのようですね」


 私は地面に転がる勇者達に近付き、顔をまじまじと見つめる。そこに、宙に浮かんでいた夜上さんが降りて来た。


「夜上さん、この方々はどうするおつもりですか?」


「……あたしはコイツらにトドメは刺すつもりは無いよ。潰す理由が無いからね」


「成る程。ですが、この方々に忘却魔法を掛けても、ふとした拍子に思い出してしまう可能性もあります。そうなったら、また力を蓄えて私達を襲いに来るでしょう」


「じゃあどうするんだい?」


「こうしましょう」


 私は2人の頭に軽く触れ、魔力を込めて勇者達から『ある物』を探し出した。


「見つけました」


 私が2人の頭から手をどかすと、2人の身体から綺麗な宝石がこぼれ落ちた。メエさんは地面に落ちた宝石を広い、自身の手で拭って私に手渡した。


「ん?それは何だい?」


「これはお2人方の力。様々な経験や魔力、マナが結晶化したもの。私達の住んでいた世界では『ジョブジェム』と呼ばれていた代物です」


「へぇ……これであの2人から力を取り上げたって事かい!凄いねぇ……」


「ええ、私はこのジョブジェムの放つ輝きが大好きで……私を倒しに来た勇者達から取り上げては額に飾って鑑賞していました」


「へぇ〜、随分いい趣味してるね。自分の努力を取り上げられた勇者達はさぞ、いい顔をしたんだろうねぇ」


「フフフ……」


 私は過去に勇者達から取り上げたジョブジェムコレクションを思い出し、笑みを浮かべた。


「……夜上さん、このジョブジェムは貴方に譲りますね。この2人を倒したのは夜上さんですから」


「いいのかい?すまないねぇ、じゃあこの宝石は後で耳飾りにでも……」


「耳飾りですか。では、この場で加工して差し上げましょう」


 私はその場でジョブジェムを耳飾りに加工し、夜上さんの尖った耳に飾りつけた。


「はい、とてもお綺麗ですよ」


「……へっ!?」


 夜上さんは暫しの間呆然としていたが、急に素っ頓狂な声を上げて驚いた。


「あっ、急に触れてしまい失礼しまし……夜上さん、顔が赤いですよ?」


 桃色の肌が目に見えて真っ赤になっている。


「えっ!?いやっ!別にこれは……!?」


 夜上さんは手をバタバタ動かしながらあたふたしている……


「えっと……その……!まっ、また明日学校で!!」


 周りのリリスを回収して結界を解き、羽を大きく伸ばしながら捨て台詞を吐くと、その場で大きく羽ばたいて空の彼方へと消えてしまった。


「夜上さん……どうしたのでしょうか……」


『はぁ……こうやって知らず知らずのうちにファンを増やしていくのか……』


「メエさん、何か言いました?」


『何でも無いです!さ、ボク達もさっさと家に帰りましょ!』


 私は元の姿に戻ると、メエさんと一緒に我が家へと帰宅したのだった。




 一方、夜上さんは……




「あー!何なんだいもうっ!?」


 先程、耳にイヤリングを飾られたシーンが何度も頭をよぎり、顔が真っ赤になったままとにかく空を飛び回る。


『トト様お顔真っ赤〜』


『恋しちゃった?恋しちゃった?』


「あんた達うるさいよ!!口閉じないと魔力に戻すからね!!」


 夜上は身体中に引っ付いているリリスに茶化され、更に顔を赤くしていく。


「止まれー!私の鼓動ー!」


『止まったら死んじゃうよ〜』


『馬鹿だな〜、トト様はそれくらいじゃ死なないよ〜』


 結局、トトはやたらうるさい鼓動が落ち着くまで空を旋回し続けたのだった。

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