第4話 勇者と魔物

「前世が魔物だからって理由で、あたしを殺そうとした前世持ちの人間……『勇者エス』だ……」


 夜上さんが力無くそう呟いている間に、例の人間は一般人より速い速度で移動し、私達の元にあっという間に到着した。



「ようやく見つけたぞ!デーモンクイーン!!」



 現れたのは学生服を着た男女の2人組。短髪の体育系の男子は『この世に不釣り合いな構造の剣』を構え、長い髪の活発そうな女子は『地味な杖』を両手に持って男子の陰に隠れていた。


「空で爆発した魔法の特徴からして悪魔種の魔物が居るだろうと思ってたが、まさかこんな所で再会するとは……ん?お前は……?」


 男子校生は剣を構えながら夜上さんに近付き、途中で私の存在に気付いた。


「貴方が勇者エスですね?」


 私はこちらを見つめてくる男子学生にそう尋ねた。


『カル様が進んで人間に話しかけてる……』


「(メエさん、今は大事な場面です。口をつぐんで下さい)」


『分かりました』


 メエさんが丸い手で口を塞いた所で、男子学生がようやく口を開いた。どうやら私に鑑定魔法を使用して正体を確認していたらしい。


「……魔力と見た目からして、お前はシープデーモンだな?」


 自分の能力は常に隠しているので、相手は私に関する正確な情報を掴む事は出来ない。


「シープデーモン……まあ、似たようなものでしょう。貴方方はどのような理由で此処に?」


「そんなの決まってる!この世の平和の為、お前達魔物共を討伐しに来たんだ!」


「おやおや、私はまだ人間相手に何も悪い事はしてませんよ?」


 寧ろ私は人間相手に怯え、ずっと隠れて生活してました。


「人間が住む場所に魔物が居るだけで迷惑なんだよ!お前達が世間に悪さする前に潰すだけだ!」


「おや、まるで魔物の存在そのものが悪だと言っているように聞こえますが……いつ私達が貴方方に迷惑かけました?周囲を破壊して回って人を傷つけ、人々を困らせた所を見たのですか?」


「そんなもの関係無い!魔物は発見次第殺すまで!」


 どうやら相手は魔物と会話する気は無いらしい。勇者は魔法で剣を一層輝かせ、物凄い瞬発力で私達に切り掛かってきた。


「……!」


 余りの迫力に、夜上さんは目をぎゅっと閉じて身構えた。が、待てど暮らせど相手から斬撃が飛んでくる事は無かった。




「……えっ?何、これ……」


 勇者がけんを振りかぶったまま、空中で停止していた。


 私は停止した男子学生が構えた剣の刃を手でへし折った。


「うわっ……強化された『魔物祓いの剣』を素手で……!?と言うか、今何が起こって……?」


「時間を止めました。今は私と貴方とメエさんだけ動けます」


「メエさん……?」


『はい!ただ今ご紹介にあずかりました、メエと申します!』


「……大根のぬいぐるみ?」


『マンドラゴラの編みぐるみのメエです!魔王カル様の右腕です!』


 メエの純粋無垢な自己紹介を聞いた夜上さんが、無気力ながらも驚いてゆっくり私を見上げた。


「ま、魔王……あんた、魔王だったの……?」


「元魔王です。今は隠居の身、ただの魔物の1人ですよ」


 本当なら今頃、見渡す限りの草原で編み物でもしながらのんびり過ごしていた筈の元魔王です。


「……待って。今時間停止魔法って言った?あの勇者が停止したのもその魔法のせい?」


「はい、今は私の魔法でこの場の時間は止まっています。しかし、この時間停止魔法は魔法の構造上、約3日ほどしか持ちません」


「み、3日……?しかも、その言い方だと魔力じゃなくて魔法の限界で3日しか止められないみたいに聞こえるけど……」


「その通りです。魔力なら余裕で持つのですが、魔法はどうしても3日で自動的に切れるので、切れたら再び掛け直さなければなりません」


「余裕……?」



 この時、夜上は頭の中でようやく確信した。



 地球上の魔力を全てかき集めてもこの化け物は倒せない、と……



「そうだ、夜上さんは先程の戦いで魔力を全て失ってましたね。少々失礼します」


 私は夜上さんの頭に手をかざし、自身の魔力を少しだけ分け与えた。


「夜上さん、元気は出ましたか?」


「かなり出た。私が今まで必死にかき集めた魔力を遥かに超える魔力を流されたらそりゃ元気になるって…………あのさ、あたしはあんたを本気で殺そうとしたのに、何であたしを助けるような真似をしたの?」


「貴方は今を生きる為に私を襲っただけでしょう?」


「襲っただけって……」


『夜上さん、カル様はその程度では怒らないですよ。カル様にとってはその辺で弱ってる人を助けただけに過ぎません』


「そんな所です。それに貴方は、人間から魔力を吸う際はわざわざ魔力を消費して魅力魔法を掛け、相手から夜上さんに魔力を渡すよう仕向けようとしましたね?」


「……」


「魅力魔法無しなら魔力消費無しで魔力を吸える。ですが、それでは相手に負担が掛かります」


 私は夜上さんの顔を見つめながら話を続ける。


「それを見るに、貴方は普段からなるべく人を傷つけないよう立ち回っていたのは何となく分かります。なのに勇者に追われる貴方に疑問に感じたのです」


『カル様は困ってる魔物は進んで助けるんですよ!』


「夜上さん、失礼ですが何故魔力を蓄えてるのか、この勇者達に追われているのか詳しい理由をお聞かせ願えますか?」


 私がそう尋ねると、夜上さんは再び深いため息を吐いた。


「…………はぁ、負けたよ。分かった、あんたに全部話す」


 夜上さんはついに観念したらしく、私達の前で警戒を解いてくれた。


「ありがとうございます」


「じゃあ、とりあえず前世の頃からざっくり話すね」


 そして、夜上さんは自身の身の上話をゆっくり話し始めた。


「私、前世はデーモンクイーンっていう魔物だった。他より力強かったから下級の魔物従えてて、冥府近くに住処作って住んでた」


「たまに私目当ての冒険者達が住処までやって来て、武器片手に襲って来たから返り討ちにした。まあ、相当クズな冒険者は沢山潰したけど……根が優しすぎたり、間違えて住処にら入って来た一般人は普通に外に返した。あたしには弱いものいじめする趣味は無かったからね」


「随分と長く生きたけど、ついにあたしも腕利きの冒険者に倒されてさ……で、気が付いたら人間に転生してた。魔石も持ってない弱い人間。でも、折角だから人間の人生も楽しんでみようって思ったんだ」


「でも、そんなある日……中学の同級生、目廻めかいって奴が魔法であたしの正体を見破ってさ、魔物は殺すとか言って襲いかかって来たんだ。あたしは何度も説得したよ。人は襲えないし襲わないって、でもあいつは何を言っても聞いてくれなくてさ……」


「だからあいつに忘却魔法を掛けたんだ。あたしの正体と鑑定魔法の記憶を消した。あたし、魔石は無くても微量の魔力は生み出せるし、周囲の僅かな魔力を集めて蓄える事が出来たから、それ使って精一杯の忘却魔法を掛けた。でも、効果は持って数年……あいつがあたしの正体を思い出す前に、もっと魔力を蓄えて戦いに備えないと、って思ったんだ……」


『それで魔力のあるカル様を襲ったんですね?』


「そ。カルさんが魔王だって分かってたら最初から襲わなかったけどね。まあ、そんな感じで今日の今日まで魔力を必死に集めてたってワケ」


「成る程、貴方の事情はよく分かりました」


 事情を理解した私は、再び夜上さんの頭に手をかざすと、多量の魔力を注いで夜上さんの体に魔石を作り上げた。


「!?」


 夜上さんは体内に起こった変化に気付いたらしく、目を白黒させながら自身の身体と私を交互に見つめていた。


「貴方に魔石を与えました。これで従来の能力で戦える筈です」


「なっ……何でこんな事したの!?何度も言うけどあたしはあんたを殺そうとしたんだよ!?」


「何故でしょうね。ただ、貴方の話を聞いていたら情が湧いたのかもしれませんね。私も昔は、明日を生きる為に必死でしたから……」


 羊だった頃は、とにかくあの世界で生き残る為に周りの魔物を倒して回った。夜上さんの事は他人事だとは思えなかった。


「カル……」


「それと、あの無礼な勇者が貴方に負け、苦痛に歪む顔が見たいという私情もありますけどね」


 そう言うと、夜上さんはポカンと口を開けて呆然とし、暫くしてから体を震わせて笑い出した。


「……ぷっ、あはは!カル、あんたいい性格してるね!気に入ったよ!」


 ひとしきり笑い、完全に元気を取り戻した夜上さんは、私に背を向けて歩いて停止している勇者と対峙した。


「分かった!あたしがカルに代わってあの勇者をボコボコにしてくるよ!そこで見てて!」


「分かりました」


『夜上さん頑張れー!!』


 私達が見守る中、夜上さんは宙に浮かび上がり、多量の魔力を全身に巡らせ始めた。身体がメキメキと音を立てて姿が変わっていく。


「おお……!」


 桃色の肌に禍々しい角、背は伸びて大人らしくなり、悪魔のようなデザインのドレスを見事に着こなした『美しい魔物』に姿を変えた。


「凄い……!前世の頃よりも魔力量が遥かに多い……!これならあの勇者達をボコボコにできる!カル、準備は出来たから今すぐ時を動かしてくれ!」


「……夜上さんはそれで宜しいのですか?」


「ん?どう言う事だい?」


「今すぐ戦いたいのなら直ぐに解除しますが……貴方は本調子を取り戻したばかり、練習として1分程の猶予があっても良いのではと思いましてね……」


 つまり、正々堂々と戦いたいのでなければ、こちらが有利な状況を作り上げてから時を動かした方がいいのではないかと提案した訳だ。


「あっはっは!そう言う事かい!分かった!じゃあ1分ぐらい時間を貰うとするかい!」


「かしこまりました」


 夜上さんも私の意図を察したらしく、大笑いしながら1分の猶予を求めてきた。


「あはは!カルがこんなに面白い奴だって知ってたら最初から襲わなかったね!あんたを学校で見かけた時に直ぐに友達になりに行けば良かった!」


 多分無理です。主に私が動揺してしまうので友達になるのは難しかったと思います。

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