三題噺「エレベータ」「光」「ロボット」

白長依留

「エレベーター」「光」「ロボット」

『光の国には楽園が広がっている。あらゆる食べ物や綺麗な水、生きるために必要な物が存在している』

『闇の国には安心が広がっている。一寸先も見えない世界で、心と体に安寧をもたらしている』


「なによエレ、今更怖じ気づいたの? 学校で習ったことを口すさぶなんて。本気で信じてるわけじゃないわよね」

「そういうセレスは脳天気すぎじゃない? 卒業して探索者になったはいいけど、私達は未だに光の国への使節団にも選んでもらってないのに」

「だから、私達二人だけで光の国に行こうって決めたんじゃない」

 活発なセレスがポニーテールを揺らしながら、エレの前を歩いて行く。太いパイプで出来た道を、セレスが持つカンテラの明かりだけを頼りに進んでいった。

 セレスとエレは探索者学校時代からの腐れ縁だった。六年間、闇の国の子供達が集まって光の国に行くための技術を磨く場所。毎年、クラスというグループ分けを行っていたが、二人は毎回同じクラスだった。

「ねえ、セレス。本当に光の国ってあるのかな」

「はぁ? あんた何言ってんの。あるからこそ、探索者なんて職業があるんでしょ。第一、光の国から供給される食糧や種子があるからこそ、私達、闇の国の人間は食いっぱぐれないんでしょうが」

「それは分かってるけどさ……」

「光と闇の国の間には、凶暴な猛獣とかがいて危険だからって、もしかして本当は怖じ気づいた?」

 セレスが立ち止まり、振り向く。

 カンテラに映し出されるセレスの顔には、怒りでも焦りで責める意志もエレには感じられなかった。ゆらゆらと揺れるカンテラに照らされる瞳は、灯と同じくゆっくりと揺れているようだった。

 エレはセレスの空いている方の手を取り、力強く握った。

「ごめん、弱音吐いた。行こ、皆が待ってる。光の国に行って食料をいっぱいいーっぱい分けて貰おう。その為に紅石を持ってきたんだし」

 光の国が無償で食料を提供してくれるわけではない。国同士の交易なのだ。光の国は食料を提供し、闇の国はアビスと呼ばれる地下深くから採掘される紅石を提供する。

 握った手はそのままに、エレとセレスは並んで闇の国を上へ上へと登っていった。


「あ! あれ何だろう」

 エレが見つけたのは、暗闇の中にぽつんと光る灯りだった。

 闇の国を構成する無数のパイプの道を登り続け、少し広場となっている場所だった。周囲はうねったパイプで壁が出来ていたが、地面は固い何かで出来ていた。

 セレスが不思議そうに地面を靴で踏みしめると、ブーツの底に貼り付けてある永久磁石と甲高い音を鳴らした。

「ブーツに張り付かないね。金属じゃないのかな」

 もう一度確かめるように、セレスは屈んで拳で軽く地面を叩く。

「かった! これやっぱり金属だよね。なんで磁石にくっつかないのかな」

「壁のパイプにはブーツはくっついたよ。これだけ平らな地面なんだから、磁石が憑かなくても大丈夫でしょ」

「そうだけど……さ」

 地面を名残惜しそうに見ていたセレスだが、エレが小さな灯りに向かって歩き出すと、慌てて後を付いていった。

『△』

 灯りには記号が掘られていた。エレに追いついたセレスがカンテラで照らすと、灯りの下に『▽』と似たような記号があった。

「エレ、古代語得意だったよね。こんな感じの古代語ってあったっけ」

「学校で教わった内容にはなかったと思う。図書館の蔵書にもほとんど目を通したはずだけど、見た覚えはないよ」

「ふーん、そっか。どれどれ?」

「ちょっ!?」

 新しいおもちゃを見つけたように、セレスが灯りを触ると、灯りが点滅しだして鈍い音が響き出す。

「セレスなにしてんのよ。訳の分からない物をいきなりいじるなんて!」

 エレはセレスの首根っこを掴み、全力でその場から遠ざかる。セレスが悲鳴を上げるが、まるで聞こえないとばかりにエレは来た道を戻った。

「「……」」

 カンテラの明かりを最低に落とし、地面にうつ伏せになる二人。大きく鼓動する心臓を抑えるように、エレは自身の胸を掴む。セレスは呼吸を極力静かに抑え、じっと光を見つめていた。

 鈍い音が消えると同時に、間抜けな音がした。音がした方向は灯りがあった場所。

 ゴゥンと重い音と共に、元々あった灯りは消え光で満たされた大きな箱が現れた。

「……エレベーター?」

 闇の国の住人を安全に光の国に連れて行ってくれる、神の遺物。エレの脳裏に授業で聞いた内容と、図書で調べた知識が渦巻く。

「え? え? それって、あの光の中に入れば、光の国に行けるって事?」

「た、たぶん?」

 光の箱から漏れる灯りは、セレスとエレの場所まで届いている。カンテラの光量を戻さなくても、十分明るい。セレスはすぐに立ち上がると、エレの手を引いて無理矢理エレも立たせる。

「行こう!」


 エレベータを色々いじくりまわして、なんとか起動させることが出来た二人。エレベータが不思議な感触と共に止まり、ゆっくりと箱が空くと、そこには別世界が待っていた。

「うそ、なにこれ」

「これが、光の国……」

 闇の国と違って光が支配する世界。そこには天井はなく、青と白の斑模様が遙か彼方に見えた。地面には野菜が果樹が育ち、自然とセレスとエレのお腹が『ぐぐ~~っ』と音を鳴らした。

「すごいすごい。これが光の国なんだ! 本当に食料がいっぱいなんだ。目の前にあるのを持ち帰るだけでも、皆喜ぶよ」

「セレス落ちいて。いくらなんでも二人じゃ、そんな量運べるわけ無いでしょ。今度もっと大人数で来ればいいじゃない」

「そうだけどさ、でも持って行けるだけ持っていこうよ」

「うん、それには賛成」

 これ以上ないくらいの笑顔を貼り付けた二人は顔を見合わせ、食料に向かって走り出す。

 出来るだけ日持ちと腹持ちをする穀物を中心に集め、一息ついていた二人の元へ音が近づいてくる。

「警告! 警告! スキャン結果NG。身分証が確認出来ません。排除に移ります」

 空を飛ぶ何か。

「なんで光の国に猛獣が……ロボットがいるのよ!」

 エレはすぐさま、紅石を放り投げる。

「エネルギー体を確認。保存状態はマイナスレベル3。危険危険!」

「エレ!」

 セレスはエレの手を引っ張り、すぐにエレベータに入ってスイッチを軒並み押す。

 エレベータは重い音を鳴らして闇の国にむかって降りていく。

 轟く轟音。エレベータを揺らす振動。

「エ、エレ!? 一体なにしたのよ」

「紅石は光りに当てると激しく燃えるから、少しでも抵抗になればっておもったのに。カンテラみたいに明るい光がでて目くらましになるとおもったの」

 二人して頭に「?」を浮かべるが、答えが出ることは無かった。

「まあ、いっか。そーれーよーりーもー……うふふふふふ。じゃーん!」

 セレスが着ていた服をはだけると、中から芋が無数に転がり出てきた。

「あ、あんた!」

 驚いたエレは、ニヤリと悪い笑顔を浮かべると、セレスに飛びつく。押し倒されたセレスと押し倒したエレは涙が出るくらい大声で笑い声をあげた。

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三題噺「エレベータ」「光」「ロボット」 白長依留 @debalgal

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