第43話 勇者の正体
ケイトは自分からキスをしてきたくせに、恥ずかしいらしい。
ぱち、と視線が絡んだ瞬間、本音を隠すように、再び唇を覆ってフイッと顔を逸らしてしまった。
かわいいけれど、ちょっと無視されたみたいでムカッとしたベルは、切り株から立ち上がると、そっとケイトの隣へ腰を下ろした。
ぴったり隣に座るのはまだ早い気がして、それでも離れるのはなんだか寂しくて、少し手を伸ばせばすぐに触れられる距離に座る。
ケイトはしばらくベルの手を意識してチラチラと視線を寄越していたけれど、なんにも言わずにじっと待っていたら、諦めるみたいに空を見上げてしまった。
(ヘタレめ)
そう思うけれど、それだけではないことをベルは知ってしまった。
ケイオンとボルグの前から連れ去られた時の、彼の強引さ。はじめて見た一面に恐怖を感じたけれど、同時に男らしさを垣間見て意識してしまったのも事実である。
(まだそうじゃないってだけで、時間の問題のような気がするわ)
我ながら、甘っちょろい。
たとえば今、彼が強引に迫ってきたら。そう考えるだけで胸がドキドキしてくるのだから、困ったものだ。
ベルが無意識に気持ちをセーブしているのには、理由がある。
ケイトのせいだ。
彼には、帰る場所がある。迎えに来てくれる仲間がいる。
空を見上げている彼を見ていると、思い出すのだ。切なげな横顔は、人の国を恋しく思っているように見えてならない、と。
「ねぇ、ケイト。ケイオン様とボルグ様は、あなたを迎えに来たのでしょう? 話をしなくて、良かったの?」
「それよりも、ベルを連れ戻すことの方が大事だった」
たしかにあの時の彼は、ベルしか見えていない様子だった。
けれど、二人に対する突き放すような言い方は、何か意図があってのことのような気がしてならない。
「それは、ありがたいし、うれしいけれど……」
「ベルは、どうして二人と会っていたんだ? 追放されているのに、危ないじゃないか」
確かに危険なことではあったけれど、ベルだってそれなりの対策をとって臨んだつもりだ。
万が一のことがあれば転移魔法で逃げるつもりだったし、レティにも隠し通路を教えてある。最悪の場合、隠れ家でレティと冬を越す準備もしていた。
「私は……あなたがいつも寂しそうに空を見上げているから、きっと人の国へ帰りたいって思っているのだろうなと思って……だから……」
「だから、帰る準備を手伝おうと……?」
実際にはケイオンたちに押し付けるつもりだったのだが、ベルは素知らぬ顔をして「そうよ」と答えた。
「対価とか聞こえた気がしたけれど、僕の気のせいかな?」
「魔王から勇者を無事に返してもらうための対価の話じゃない?」
「ふぅん、そうか。そういうことにしておくね」
「そういうこともなにも、そうなのだもの」
空笑いが虚しく響く。
優しいだけの男かと思いきや、どうやらそうでもないらしい。
策士めいた薄ら笑いに、ベルはこっそりと息を吐いた。
「でもね、ベル。頑張ってくれたことは嬉しいのだけれど、空を見上げていたのは、人の国を恋しく思っていたからじゃない」
「じゃあ、どうして?」
「ここしばらく、ベルの様子がおかしかったから。ついに気づいたのかと……」
「え、私? 気づいたって、ケイトの気持ちにって、こと?」
「いや……」
気づいていないなら、言いたくない。
ギュッと食いしばるように唇を噛むケイトだったが、先を促すようなベルの視線にあっさりと降参する。
「僕の、正体に」
「正体って……ケイトはケイトでしょう。それ以外に、なんだっていうの」
「ベル。魔王の物語は知っている?」
「魔王の物語って……地の国の初代魔王のはなし?」
「ああ、そうだ」
唐突に話を変えられて、ベルは戸惑う。
だけれど彼の目は真剣そのもので、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます