8章 勇者の秘密

第41話 勇者の狙い

「ケイト、ケイトってば! ケイオン様とボルグ様は、あなたの仲間なのでしょう⁈ 危険を冒してまであなたを迎えに来たのに、どうしてあんな態度を取るの」


 無理やり転移されたと思ったら、今度は沈黙。

 だんまりを決め込むケイトに、ベルはイライラと言葉を投げかけた。


 わけがわからない。

 だって、ケイトは人の国へ帰るつもりだったはずだ。

 本人に直接聞いたわけではないけれど、ベルがそろえた証拠はそうだと告げている。


(それなのに、迎えに来てくれた仲間を冷たく拒絶したのは、なぜ?)


 ケイトなら、やんわりと断る術を持っていたはずだ。

 だけれどベルの目には、彼が必要以上に、わざと傷つけるような言い方を選んでいるように見えた。


(近寄るなって、威嚇しているみたいだった)


 ケイトの態度のせいで、ケイオンとボルグはベルに対する疑惑をますます深めたことだろう。

 きっともう、ベルの言葉に耳を傾けることはない。

 それどころか、洗脳されたケイトを助けるために、ここ──ゴミ溜めの森ホーディング・フォレストへ乗り込んでくるかもしれない。


(……もしかして、それがケイトの狙いなの?)


 将を射んと欲すればまず馬を射よ。

 急がば回れ。


(魔王を倒すなら、魔王の子の中で最弱と言われる私から、とか?)


 転移が終わっても、腕は掴まれたまま。

 人のくせにどうしてとベルが怯えるくらい、ケイトの力は強く、振りほどけない。


(いつの間に、こんなに強くなったのよ……)


 ベルは、はじめてケイトをこわいと思った。

 腕を掴んだまま無言で歩き続ける彼の顔からは、何を考えているのかちっとも読めない。


 それなりに知っているつもりだったけれど、全然そんなことはなくて。

 手から感じるぬくもりは知っている温度なのに、なんだか知らない人みたいだった。


「ねぇ、どこへ行くの? 逃げないから、手、はなして」


「すぐ着くから、我慢して」


 無機質な、つめたい声。こんな声、はじめて掛けられた。

 腕を掴んでいるのはケイトのくせに、発せられた声はベルを突き放そうとしているように聞こえる。


(なによ……)


 じわり、と涙がにじむ。

 泣くなんて馬鹿みたい、とベルはうつむいた。


 それから、どれくらい歩いただろう。

 ケイトは唐突に、足を止めた。


 うつむいたまま、腕を引かれるままに歩いていたベルは、ケイトにぶつかりそうになる。

 そんな彼女をエスコートするように、ケイトはふわりと抱き上げ、近くにあった切り株へ下ろした。


「ベル」


「なによ」


 今更やさしく声を掛けてきたって、遅い。

 ベルはすっかり不貞腐れた顔で答えた。


「どうして、そんな顔をしているんだ?」


 あなたのせいよ。

 ベルは言葉を飲み込んだ。答えてあげる義理はない。


 機嫌を取るように、やさしく頰を撫でる手がきらいだ。

 笑ってとお願いする、悲しそうな色をした目がきらいだ。

 どうせ帰るくせに、心配してくれるところがきらいだ。


「わかった。笑ってくれなくてもいい。だけど、話だけは、聞いてほしい。僕にとってはとても、大切なことだから」


 ケイトはそう言うと、膝を折ってベルの前へひざまずいた。

 真っ白な月に照らされて、彼の目が艶やかに光る。


 この後に及んで、彼のオッドアイに魅入ってしまう自分がきらいだ。

 何を言われてしまうのだろうと、彼に対して恐怖を覚えている、弱い自分がきらいだ。


 ケイトが、息を吸う。

 何を言われるのだろうと覚悟も決まらないまま、心臓を吐き出しそうなくらい緊張しているベルの前で、ケイトが口を開いた。

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