第40話 ここからどう持ち直す?

「ベル様」


 ベルを見るケイオンの視線に嫌悪が混じる。

 おそらく彼は、こう思っているのだろう。ベルは、この取引をするためにケイトを監禁しているのではないか、と。


「あなたはそんなことのために……」


(誤解です。そんなこと、していません。むしろ、保護しているんです!)


 ベルは反論しようと言葉を待ったけれど、ケイオンは言いかけて、ふと黙った。

 何かを探るようにベルの後ろ──ガラスの向こう側にある庭を凝視する。


「んん?」


 見えないものを見ようとするように、ケイオンは目を細めた。

 その視線の先、庭の中空で蛍の光のような小さなあかりが集まり出す。


 やがて。

 ムーンルームに面した庭に、魔法陣が浮かんだ。

 光の粒が滝のように流れたかと思うと、背の高い男が出現する。


「「……え」」


 男と目が合ったケイオンとボルグが、間抜けな声をあげた。

 二人して幽霊でも見たかのように指差しながら、唇をワナワナと震わせている。


 仲が悪いと思っていたが、意外と気が合う面もあるらしい。


(二人して同じことをしているわ)


 のんきなことを考えながら、ゆっくりとしたしぐさで後ろを振り返ろうとした、その時だった。


「ベル!」


 名前を呼ばれて、ベルは慌てて振り返った。

 ガラス越しに見えたのは、薄暗い闇の中にぼぅっと浮かんで見える金色。触り心地の良いサラサラとした髪と、目を隠すように伸ばされた長い前髪。その合間から見えるのは、青と琥珀こはくのオッドアイで……。


(なんで、ここに⁈)


 いてはいけない人が現れて、ベルは混乱した。

 わけもわからず、彼から視線を逸らす。


「おまえっ……!」


「ケイト⁉︎」


 驚いたのはベルだけではなかったようだ。

 ケイオンとボルグは慌てて椅子から立ち上がり、庭へ出ようと駆け寄る。


 ガラスの向こうでは、ケイトがこちらに向かって走ってくるところだった。

 まっすぐ射抜くような視線で、ベルをしっかりと捉えている。


 ガラス戸の鍵を、ケイオンが外そうとしているのが見えた。

 ベルは反射的に、


「だめ!」


 と、叫んだ。


 嫌な予感しかしない。

 ベルの悲鳴じみた声に、ケイオンが「なぜ」と振り返る。彼からしてみれば、当然の反応だ。


「お願いだから、開けないで!」


 ベルの懇願も虚しく、庭へ続く扉が開かれる。


 感動の再会を予想していたケイオンとボルグは、さぞ驚いたことだろう。

 なんとケイトは、二人の隣を素通りして、一直線にベルのもとへやってきた。

 その間、二人にはただの一言も声をかけずに。


「君は追放されているのだろう? こんなところにいたら、危険だ。早く帰ろう」


「ケイト……」


 早く、早くと急き立てる姿は、まるで散歩をねだる犬みたいだ。

 彼の世界には主人ベル自分ケイト、それだけしかいないかのように振る舞っている。


「でも……」


「でもじゃない。なにかあってからじゃ遅いんだ。お願いだから、早く帰ろう」


 ケイオンとボルグ、二人の目にはどんな風に映っているのだろう。

 少なくともベルが二人の立場だったなら、ケイトが洗脳されてしまったと思うかもしれない。もしくは、弱みを握られて仕方なくそうしているとか。


(ああ。まさに今、私は彼の弱みになりうる人たちと一緒にいるではありませんか……)


 嫌な汗が背中を伝っていくようだ。

 チクチクと突き刺すような視線に、耐えられない。


(違うのよぉぉぉぉ!)


 ケイトを遠ざけようとするあまりに口をついて出た懇願は、やましいことがあるからだとも取れる。

 早く帰ろうと言い続けるケイトは、ケイオンとボルグを守ろうとしているようにも見えなくもない。


(失敗だわ……)


 それでもまだ、諦めきれなくて。

 どうにかならないかと一縷いちるの望みをかけてケイオンとボルグを見てみたけれど、当然のことながら、二対の目はすでにベルを拒絶していた。


(ここからどう持ち直せっていうのよ……)


 それを考える気持ちの余裕も、時間も、今はない。

 これはもう、一時撤退しか道はなさそうだ。


「ベル」


 ベルの諦めを感じ取ったかのように、椅子に座ったままだった彼女の腕を、ケイトが掴む。

 椅子から引っ張り上げるようにしてベルを立たせたケイトは、見たこともないくらいこわい顔をしていた。


「帰ろう、ベル」


 そこでようやく、ケイトはケイオンとボルグを見た。

 睥睨へいげいといってもいいような冷たい視線を向けられて、二人はたじろぐ。


「僕のことなんて、もう忘れてくれ。これ以上、関わるな」


「ケイト! 二人はあなたのために、」


「知るか! 僕は頼んでいない!」


 強い拒絶の声に、場が静まり返る。

 ケイオンとボルグは、化け物を見るような目でケイトを見ていた。


「でも、でもケイト、」


 ベルの言葉を遮るように、スゥッと足元がおぼつかなくなる。

 転移魔法を使われたのだ。こうなったらもう、どこかへ到着するまでは何もできない。


 魔法陣に、体が吸い込まれていく。

 最後にベルが見たのは、射殺さんばかりの憎悪に満ちた男たちの目だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る