第39話 手に負えないのなら
ようやく落ち着いた二人の前に、今度は熱いお茶を出す。
わかりやすいように、銀の茶器で。ベルなりの気遣いである。
茶会の用意を調えてようやく、ベルは口を開いた。
「私の招待に応じてくださり、ありがとうございます。改めまして、私の名前は、ベル。魔王の娘で、暴食の名を持つ者です」
「ボクは、ケイオン・マクゴニーです。魔法使いとして、勇者とともに旅をしていました」
「俺は、戦士のボルグ・ラッカム。勇者とは縁あって、少しばかり世話をしてやった仲だ」
微妙な言い草に、ケイオンがボルグの脇腹を肘で突く。
さして痛がる様子はなかったものの、ボルグは面白くなさそうにケイオンを一瞥した。
「それで……この茶会はどのような趣旨で開かれたものなのでしょうか?」
ケイオンは、ベルが思っているよりも大人びた少年のようだ。
レティ相手にどうしてああも動揺していたのか不思議なくらい、ベルの前では落ち着いている。
人の国での獣人は希少種らしいから、そのせいで緊張していたのかもしれない。
(獣人の尻尾を掴むことはかなり失礼だということも、知らなかったみたいだものね)
今頃レティはどうしているだろうか。
キッチンに手製のクッキーを置いてきたから、それで機嫌を直してくれているといい。
ベルはカップに手を伸ばし、コクリと一口飲んだ。
緊張していた気持ちが、少しだけ落ち着く。
やめておけと心のどこかで警鐘が鳴っていたが、ここでも彼女は無視した。
「あなた方は、勇者様を迎えに来たと聞きました」
「ええ、その通りです」
「ですが、魔王がタダで帰すとは思えません。対価に、何を用意したのですか?」
ベルの問いに、ケイオンは顔をクシャリと歪めた。
言い淀む声には、気まずさがにじんでいる。
「まさか、対価もなしに勇者様を連れて帰ろうと……?」
「……」
何も言えないということは、その通りなのだろう。
(人の国は、ケイトのことを大事に思っていないの?)
対価はすなわち、ケイトの価値だ。
用意できないということは、勇者の価値がその程度だということ。
自分勝手にケイトを人の国へ帰そうとしていたことも忘れ、ベルは憤りを感じた。
「ケイオン。正直に言っちまった方がいいんじゃねぇか? この姫さん、なんかありそうだ」
「でも……」
「大丈夫だ。俺の勘が言っちまえって言ってる」
「その勘は今一番信用ならないのだが」
「うっせぇ。いいから、言え。言わないなら、俺が言う」
コソコソと言い合っているが、筒抜けだ。
ベルは素知らぬ顔をしながら、彼らの決断を待った。
「その、実は……」
ケイオンの口から苦々しく語られた内容は、ベルを失望させるものだった。
人の国からの使者。
彼らはそう名乗ったけれど、本当はケイオンとボルグが有志を募ってようやくの思いでやってきた勇者救出隊だった。
なんてことはない。
ケイトはもう、いらない存在なのだ。
少なくとも、勇者を送り込んだ国の上層部は、不要と判断した。
その証拠に、勇者とともに戦った仲間の一人である姫君は、同行していない。
「でもそれは、勇者としての彼が国にとって必要ないというだけで、彼がいらないわけじゃありません。彼の家族、友人、そしてボクたちは、彼の帰りを待っている」
「……彼には帰る場所がある。そういうことですね?」
「はい」
「彼が帰っても、何かされる恐れはないのですか?」
「それはありません。ボクたちが、させない」
魔法で契約したっていい。
ケイオンは、そう言った。その隣で、ボルグが深く頷く。
二人の真剣なまなざしを見ていたら、ベルはもういいかという気持ちになった。
この二人に、任せてしまおう。だってすごく、ケイトのことを大事に思っている。
それに……ベルにはもう、無理だ。手に負えない。
(手に負えないのなら、届かないところまで追い払えばいい)
それくらいしないと、ベルは諦めきれないだろうから。
「魔王に、報告なさいますか?」
イエスと答えれば、即座に戦闘になりそうな雰囲気だった。
二人の剣呑な視線が、ベルに突き刺さる。
不穏な雰囲気に不似合いな、やわらかな笑みでベルは「いいえ」と答えた。
「ご安心ください、ケイオン様。実は私、追放された身でして。本当はここにいるのも、かなり危険な行為なのです。それでも、どうしても私はあなた方と会う必要があった。それはなぜだか、お分かりになりますか?」
「……あなたは、魔王へ支払う対価に見合うものを持っている。そしてその代わりに、ボクたちが持っている何かを得ようとしている……だろうか?」
「私は、魔王へ支払う対価など持っていません」
「それなら、」
「私は、勇者の居場所を知っているのです。なんなら、身柄をお渡しすることも可能ですわ」
ケイオンの言葉を遮るように、ベルは言った。
予想だにしない答えに、二人は目を剥いてベルを凝視する。
「は⁉︎」
「だからその対価に、地の国へ輸出してもらいたいのです」
「輸出って、一体何を?」
「人の国で得られる食材を」
「なんでそんなものを……」
「そんなものなんて。私にとっては、これ以上ない理由ですわ。だって私は、暴食姫なのですから」
以前のベルだったら、そうしていたはずだ。
悪びれなく、迷いなく。
だけれど今は、必死になって悪びれようとしているのがわかる。
あまりの滑稽さに、自然と苦笑いが浮かんだ。
その笑みに、ケイオンとボルグは何を思うのか。
二人は顔を見合わせ、戸惑うように眉を寄せた。
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