第38話 恋人でもないのに
密会場所に選んだのは、ベルが持っている屋敷の一つだ。
所有している屋敷の中で、魔王城に一番近いのがそこだった。
一階にある、人の国のサンルームを模したガラス張りの部屋──ベルはムーンルームと呼んでいる──で、ベルはお茶を淹れていた。
このお茶会の招待客は、二人。
勇者とともに戦った仲間、魔法使いのケイオンと戦士のボルグである。
レティはケイオンだけを招くつもりだったようだが、うっかり話を聞かれて用心棒としてボルグまでついてくることになったらしい。
この件については、ベルも悪い。
怒りに任せて、眠気マックスのレティを酷使してしまった彼女にも、一端はある。
「別に、困ることはないわ。だって、悪いことをするわけじゃないもの」
そうだ、悪いことではない。
勇者を確実に連れ帰ってほしいと、お願いするだけなのだから。
なんなら、待ち合わせ場所を決めて、ベル自ら引き渡したっていい。
「ふぅ……」
追放が撤回されたわけではないので、こんなところにいるのがバレたらどうなることか。
「ああ、ヒヤヒヤするわ」
こんなこと、しなければよかった。
怒りに任せて、とんでもないことをしでかしている自覚はある。
だけれどもう、止まれない。
わけもなくプライドが邪魔をして、ベルは自身を止められなかった。
まだウダウダとしている気持ちを宥めるように、深呼吸を繰り返す。
やがて、部屋のドアがノックされた。
「姫さま。ケイオンさまとボルグさまをお連れしました」
「どうぞ、入って」
カチャリと控えめな音を立てて、ドアが開かれる。
最初に入ってきたのはレティ、その後ろに小柄な少年と大柄なオッサンが続いて入ってきた。
大きな宝玉がはめ込まれたつえを持っていることから、おそらく小柄な少年が魔法使いのケイオンだろう。
小さな背を丸めて、オドオドと周囲を警戒している。
ベルと目が合うと、彼は「うあ」と声をあげて飛び上がった。
その途端、つえを持っていない方の手が、レティの尻尾を掴む。
尻尾を掴まれたレティはかわいそうに、「ぎゃんっ」と叫んで飛び退った。
部屋の隅まですっ飛んでいったレティに、ケイオンは手を伸ばす。
なんのために伸ばしているのかはわからないが、とにかく謝ろうとしていることだけはわかる。
そのまま見ていると、聞こえるか聞こえないかのかすかな声で「ごめん……」と聞こえた。
ケイオンは、どことなくレティと似ている。
出会ったばかりの頃のレティは今以上に小心者で、ケイオンのように常に緊張していた。
「ひぐぅ……何をするんですかぁ! 尻尾は大事な器官なんですよ⁉︎ 恋人でもないのにムギュッとするなんて……お嫁に行けなくなったらどうしてくれるのですか!」
尻尾を抱きしめてギャンギャンと叫ぶレティに、ケイオンは萎縮し、ますます混乱したようだった。
何を思ったのか、
「ひぇっ。そ、その……責任を……」
なんて、言い出す。
驚いてポカンとケイオンを見つめるレティの前に、いかついオッサン──ボルグが立ちふさがった。
「ひゃあっ」
似た属性のケイオンには文句を言えても、ボルグが相手だとそうはいかないらしい。
レティはピャッと飛び上がり、警戒してモコモコに膨らんだ尻尾を抱えたまま、あっという間に退室していった。
「ケイオン。そういうこと、簡単に言うんじゃねぇ。ったく、俺がついてなかったらどんな責任を取らされていたことか」
「お言葉だけれどね。ボクはあんたの責任に何度巻き込まれたか知れないよ」
オドオドしていた態度はどこへやら。
遠慮のない応酬は、これは相当苦労をかけられたのだろうな、と初対面のベルでもわかる。
「大人は大変なんだ」
「大人なんて、結局は子どもの成れの果てだろう」
「ああ?」
ベルの存在を忘れてしまったのか、男二人は言い合いを始めた。
聞くに堪えない下ネタのオンパレードに、頭が痛くなってくる。
ベルは呆れ混じりのため息を吐いて、淹れたばかりのお茶に口をつけた。
(こういうところ。きっとこういうところが、ダメだったのよ。ケイトが弱いというより、そもそも仲間同士の連携が取れていないからお父様にボコボコにされたのだわ)
背伸びしたいお年頃の少年魔法使いと、おそらく一癖も二癖も問題があるオッサン戦士。
一体どういう経緯で勇者の仲間になったのか、いつか聞いてみたいものである。
ひとしきり言い合ってゼーハーしている二人へ、冷やしたお茶を差し出す。
とはいえ、魔王の娘が差し出すものに一応の抵抗はあるらしい。
こちらはかなり待ってあげたというのに受け取ろうともしない二人へ、ベルは待たされた鬱憤を晴らすかのようにそれぞれの顔へぶちまけた。
「頭、冷えました?」
「あ、ああ」
「はい……」
魔法で乾かしてあげながら、ベルは威圧するようにニィッと笑んだ。
「私、お二方にお願いがあってお呼びしたの。けんかしたいのならいくらだってしていいけれど、私の話が終わってからにしてくれませんか? これでも、危険なことをしているので」
ベルの言葉と表情に、二人は互いの言い分を飲み込むように頷き合って、席へ腰掛けた。
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