第36話 勇者を迎えに来たようです
「まだかしら……?」
落ち着きなくリビングの窓から外をのぞくのは、これでもう何度目だろうか。
まだだとわかっていても、つい見に行ってしまう。
揺れる枝の音が、風に吹かれる枯れ葉の音が、レティの帰宅を告げているように思えてならない。
だからベルは、「もしかして……?」と見に行ってしまうのだ。
待つことしかできない時間は、ひどく長く感じる。
またすぐに見に行かないように、予防線を張るかのように、ベルはそっとカーテンを引いた。
レティを魔王城へ送り込んで、そろそろ一日が経つ。
転移魔法で送って、そこからすぐに行動するとして、彼女の力量と頼み事の内容などを鑑みると、最低でも数時間はかかる。
さらに帰りはレティが自力で帰ってこなくてはいけないので、どう頑張っても一日くらいはかかりそうだった。
「そろそろ帰ってきても良さそうなものなのだけれど……」
レティはやる時はやる子だ。
ただ少し、今は時期が悪すぎる。
冬眠直前の今の時期、彼女はポンコツになるのだ。
本人の意思に関わらず、体が勝手に休眠モードに移行してしまう。
特に今回のようなお仕事の場合、身を隠す必要がある。
隠れている間についうっかり寝てしまう可能性が、無きにしも非ずだ。
「どうか、無事に帰ってきますように……」
気づくとまた、窓から外を見ている。
だが、どうやら今度はちょうどいいタイミングだったようだ。
森の木々の合間にチラチラと見えるモフモフの大きな尻尾を確認して、ベルは家を飛び出した。
「レティ!」
ベルが名前を呼ぶと、レティは木の幹を伝ってシュルシュルと降りてきた。
かなり急いで帰ってきたのか、髪や毛が乱れている。
跳ねた前髪もそのままに、レティは眠そうに目を擦った。
「ただいま戻りましたぁ」
応える声は、ふわふわとあくび混じりだ。
レティが無事に帰宅できたことを喜びながらも、ベルは、果たして彼女は仕事をまっとうすることができたのかと不安になった。
「おかえりなさい、レティ」
肩を掴んで揺さぶって、早く報告してと問い詰めたい。
だけれど眠気を堪えて頑張ってきてくれたけなげなレティに、そんなことをしたくない。
はやる気持ちをおさえ、ベルは慎重に問いかけた。
「それで……魔王城はどんな様子だった?」
レティは自身の両頬をパチンとたたくと、幾分かシャッキリとした顔でベルを見た。
「姫さま。姫さまが言っていた通り、人の国から使者が来ていました。滞在期間は一週間を予定していて、ルシフェルさまの予想通り、勇者を迎えに来たようです」
どうやら、仕事はちゃんとできたらしい。
それについては安心したが、別の意味ではちっとも安心できない。
「そう……」
人の国から使者が来ている。
それも、ケイトを連れ帰るために。
滞在期間を一週間と決めているのは、魔王と人、どちらの都合だろう。
どちらにせよ、ケイトと居られるのはあと一週間だということになる。
(ケイトの居場所は特定されていると、思うべきなのかもしれない……)
とはいえ、少なくともケイトにとっては良い状況だ。
地雷とまで言っていたアスモに、再び手を出される可能性がなくなったのだから。
魔王はルシフェルへ「使者を丁重にもてなせ」と厳命している。
おそらく、他のきょうだいたちにも同様の命令をしているはずだ。
魔王の命令に逆らう。それは、反逆罪になる。
つまり、人の国の使者が勇者を連れ帰ろうとしている以上、アスモが彼に手を出すことはご法度になるのである。
(そもそも、きょうだいで一番のファザコンであるお姉様が、わざわざ魔王を怒らせることをするわけがないもの)
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