第33話 癖になる
小走りでテーブルへ向かったベルのあとを、ケイトはゆったりとした足取りで追いかけた。
胸の高鳴りは、一歩進むごとに落ち着いていく。
追いついた先で彼女は、感嘆の息を吐きながらテーブルの上を見つめていた。
振り返った目は期待にキラキラと輝いていて、ケイトに説明を求めている。
「愛らしいなぁ」と彼女には聞こえないようにつぶやいて、ケイトはテーブルの上を案内するように手で指し示した。
「右から、イカの刺身、イカと野菜の酢の物、サトイモとイカの煮物、イカのリングフライにイカの酒蒸し、そしてイカのガーリックバター炒めとなっております」
「ほあぁ……!」
テーブルに並ぶ豪勢なイカ料理の数々に、ベルは口をポカリと開けて目をきらめかせた。
唇の端がキラキラしているのは、堪えきれなかったよだれだろう。
それさえ愛しく思えて、ケイトは頰を緩ませた。
(ベルの様子がおかしかった原因はわからないが、元気になってくれたのならよかった)
でかける前は随分と気落ちしていた彼女だが、持ち直したようで安心する。
ケイトはベルの椅子を引くと、
「さぁ、座って」
と、着席を促した。
「うん!」
ケイトのエスコートで椅子へ腰掛けたベルは、何度見ても見事なイカ料理に再び「ほわぁ」と感嘆の声を漏らした。
すでに体は臨戦態勢で、たまらない匂いにおなかがグゥと鳴り、口の中はジワっと湿ってくる。
向かいの席へケイトが座ったのを合図に、ベルは手を合わせて「いただきます」とあいさつした。
「はふはふ……んんぅぅ! んま!」
熱々のイカのリングフライを頬張り、とろけるような表情で「んまい」と舌足らずに感想を言うベルの声は、甘えているようにも聞こえて。
味見の「あーん」ができなかったことを少しだけ後悔していたケイトの残念な気持ちは、あっという間に溶けてしまった。
(それに……楽しみはまだある)
テーブルいっぱいに大皿を並べてもなお、イカはたくさん残っている。
残りは一夜干しと塩辛にすることにして、すでに下準備済みだ。
一夜干し用のイカは開きにして塩水に漬けたあと、丸まらないように竹串を刺して、風通しの良い場所で干してある。
人の国なら風通しの良い日陰で干すものだが、地の国は日が当たらないので楽でいい。
一晩くらい干したら、ちょうど良い乾き具合になるだろう。
朝になったら取り込んで、軽く焼いたら完成だ。マヨネーズや香辛料を添えても良い。
塩辛用のイカは、胴とワタだけを使用する。ゲソは食感がかために仕上がるので、塩辛以外の料理に使用した。
イカのワタに、全体がうっすら白くなるまでたっぷりの塩をふりかける。
胴の方はうっすらと塩をふりかけて、それぞれザルに乗せて乾燥中だ。
「一夜干しに、塩辛ですって⁈」
実はこれだけではないと、一夜干しと塩辛のことを話せば、ベルは「はわわ」とかわいらしい声を漏らしながら、手のひらを頬へ押し当てた。
「まだまだイカを楽しめるなんて、なんて幸せなのかしら! 今日獲ってきたから、今は乾かしているところ? 本で読んだ時は数日かかる場合もあると書いてあったけれど」
「ああ。このあたりの環境なら、半日から一日ほど乾かせば大丈夫だ」
「まぁまぁまぁ! ケイトは塩辛をつくる技術まで持っているのね。すごいわ、ケイト!」
ベルは持っていたフォークをいったん置くと、身を乗り出した。
思いがこらえきれなかったのか、伸ばした手でケイトの頭をワシャワシャと撫でる。
時折、耳に触れる指先がこそばゆい。
くすぐったさに肩をすくめると、気付いたベルは手を離そうとした。
ケイトは主人に擦り寄る猫のように、彼女の手のひらに頭を押し当てる。
ベルは少しだけ驚いたようだったが、すぐにフワリと笑みを浮かべた。
「半日後が楽しみね」
「ああ」
気持ちよさに目を細めながら、これは癖になるなぁとケイトは思った。
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