第23話 気に入ってくれたら、うれしい

 ──ところまで妄想して、ケイトは我に返った。


「大丈夫だ。生地は小麦粉でも作れる」


「そうなの? ああ、よかった!」


 ベルが用意するように指示されたのは、小麦粉、かたくり粉、水、塩、油だ。

 祖母に仕込まれているのか、ケイトはそれらを計量することなく、目分量でボウルに入れていく。


 粉類と、少量の塩。

 それらを手でグルグルとよく混ぜたら、今度は水と油を入れて、ダマがなくなるまで泡立て器で混ぜる。


「生地をして滑らかになったら、一時間ほど寝かせる」


「寝かせたあとはクレープみたいに焼くのね?」


「ああ、そうだ。寝かせている間に、中に入れる具材とスープを作ってしまおう」


 ケサディージャの具材は、シンプルだ。

 茹でたウイトラコチェを炒めて、塩と気持ち多めのコショウで味付けをする。


「トルティーヤが焼けたら、たっぷりのチーズと一緒に包む。それを揚げたら、ケサディージャの完成だ」


「たっぷりのチーズ……おいしそう。想像だけでよだれがでちゃう……チーズはなんにでも合うからいいわね」


「気に入ってくれたら、うれしい」


「気にいるわ、きっと」


 なんでもおいしく食べられるのが、ベルの長所だから。

 言いかけて、ベルは言葉を飲み込んだ。


 今、それを言うのはなんだか違う気がする。

 ベルはごまかすように、スープの調理に取り掛かった。


「それで……スープはどう作るの?」


「鶏ガラから出汁を取って、そこにウイトラコチェを入れて塩で味を調える。そして、ハーブを入れて煮込んだら完成だ」


「それなら、私だけでもどうにかできそうね」


「そろそろ生地が落ち着いた頃だろう。僕はトルティーヤを焼くから、スープは任せる」


「ええ、わかったわ」


 クツクツとスープを煮込むベルの隣で、ケイトはヒョイヒョイとトルティーヤを焼いていった。

 焼き上がったトルティーヤに具材を挟んで揚げて、時折スープの味見をしてもらって。ケイトが納得する味になるのに、時間はそうかからなかった。


「「いただきます」」


 ケイトに倣って、ベルも食べる前のあいさつをする。

 手を合わせて考えるのは、食材と作ってくれたケイトへの感謝だ。


 まずはスプーンで、スープを一口。

 真っ黒なスープは毒々しいのに、びっくりするくらいクセがなくて、際立った特徴はない。

 強いて言えば、少しこくがあるコーンスープという感じだった。


 何口か飲んでいると、次第にスモーキーな香りが鼻から抜ける感じがしてくる。マッシュルームのような味も、微かに感じた。


「少しずつ味が変化していって……おいしいわ!」


「そうか。ありがとう」


 チーズたっぷりのウイトラコチェのケサディージャは、チーズの淡い黄色とウイトラコチェの黒色が混ざり合ってカオスな見た目をしている。

 だが、食べてみると普通においしい。

 病気のトウモロコシだと知らなければ、チーズとキノコのスプリングロールだと思うに違いない。


「あの、ケイト」


「ん?」


 見ると、ケイトの口からみょーんとチーズが伸びていた。

 試しに入れた、モッツァレラチーズに当たったのだろう。


「ケサディージャもスープもとってもおいしいから……少し、レティに残してあげてもいいかしら?」


「ん」


 器用に伸びたチーズを頬張りながら、ケイトは短く答えた。

 だけれどその目は、どこか冷たい。


(取り分が減るから怒っているのかしら?)


 ケイトと、ケイトの祖母の思い出の味だ。少しでも多く、味わいたいのかもしれない。

 ベルは当然だとウンウン頷いたのち、


「大丈夫、あなたの分は取らないわ。私の分を少し残しておくから、安心して」


 と言った。


 ベルとしてはレティにうるさく言われたくがないためにしていることなのだが、ケイトからしてみれば、レティの方を大事にされているようで面白くない。

 けれど食事中の彼が無口になるのはいつものことなので、ベルは気にせずウイトラコチェを楽しんだのだった。






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