第21話 一緒にいたい

「ベル?」


「ねぇ、ケイト。私に合わせてばかりで嫌じゃないの? あなた自身の希望があるなら、言っていいのよ?」


「急に、どうした?」


 握っていたケイトの手が、ギュッと握り返してくる。


 離さない。

 そう言われているように思えて、ベルは戸惑った。


(もしかして、離れる気がないのではなく、私を逃さないようにしている?)


 いや。でも、まさか。

 そんなわけが、どこにあるというのだろう。


(……私を差し出して、魔王と取り引きするつもりとか⁉︎)


 しかし、どんな取り引きをするつもりなのか。

 ベルを差し出したって、魔王は勇者に負けたりしない。

 捕まったベルの方が、お仕置きという名のもとに勇者より先に倒されるに決まっている。


 魔王は平和主義だが、いざという時、特に実の子となれば容赦がない。

 とはいえ、馬鹿正直に「私では取り引き材料になりませんよ」と言うわけにもいかず、ベルは気まずそうに目を泳がせた。


「急にって……だって今、そう思ったから」


「変なベル。あなたは先生で僕は生徒なのだから、合わせるのは当然だろう?」


 顔をくしゃりとさせて困ったように笑うケイトに、ベルは勘繰りすぎかと安堵あんどした。


「そういうものかしら?」


 ベルの質問に、ケイトは思案しながら彼女の手の甲を親指で撫でる。

 無意識だったのだろう。くすぐったさに肩を震わせると、彼は驚いた顔をして、すぐにするりとつないでいた手を解いた。


「そういうものだと思うが。そんなことより、これを見てくれないか?」


 ケイトは背負っていたカゴを下ろすと、中からトウモロコシ──と思しき物体を取り出した。


 差し出されたのは、トウモロコシの皮に包まれたグレーの物体。

 ベルは初めて見る不思議なものに、胸をときめかせた。


「……これは、何かしら? 新種のトウモロコシ?」


 白いトウモロコシは見たことがあるが、グレーは初めて見る。

 粒の大きさはバラバラで、ベルが知っているトウモロコシの粒よりもかなり大きかった。


「これは、ウイトラコチェ」


「ウイトラコチェ?」


黒穂病くろぼびょうにかかったトウモロコシだ」


 黒穂病とは、黒カビがトウモロコシの中で繁殖する病気らしい。

 粒の大きさはそれぞれバラバラで、表面が黒くなっているものもある。

 地域によっては「おばけトウモロコシ」とも呼ぶそうだ。


「トウモロコシの中で胞子が繁殖することで粒が巨大化し、内部は黒色化する。見た目は悪いが、僕の祖母は普通のトウモロコシよりも重宝していた」


「珍しいものなの?」


「かなり。この見た目だから、大抵は廃棄される。だが、昔は薬としても重宝されていたらしい。食感は、トリュフのようだった……気がする」


「トリュフって、人の国における三大珍味のひとつよね? へぇ……なるほど……それと似ているの」


 キラリとベルの目が輝くのを見て、ケイトは心の中で「よし、食いついた!」と拳を握る。

 変わったものを好むベルだが、もしかしたらこれはアウトかもしれないと心のどこかで危惧していた。


 だけど、もしも。

 もしも受け入れてもらえたならば、その時はケイトを褒めてくれるのではないか。

 あわよくば、彼女の笑顔を見られるのではないかと、期待もあった。


 ウイトラコチェは、そのグロテスクな見た目のせいで、人の国ではゲテモノ料理に認定されている。

 ケイトの祖母は大事にしていたけれど、その娘である母は全力で拒否えんりょしていた。


 食べる際には他の食材と一緒に調理するのが基本。

 生食するとほろ苦いことから、ニンニクやハーブと煮込まれることが多く、煮込むことで苦味が消える。


 祖母が亡くなってからは当然、食べる機会なんてなかった。

 つい先ほどまでそのことを忘れていたのに、思い出したら食べたくて仕方がなくなる。


「なるほど。ケイトとおばあさまの思い出の味なのね」


「ついさっきまで忘れていたのだが」


「それでも。思い出したってことは、覚えているってことでしょう?」


 自嘲するような苦い笑みが、引き攣る。

 なんてことを言ってくるのだろう、この魔族ひとは。


(ますます好きになるじゃないか)


 役に立ちたい。

 そんな思いからの打算的な提案だったのに、返ってきたやさしい言葉にケイトは胸が詰まる。


(ばあちゃん。僕は彼女と一緒にいたいです)


 思い出の中の祖母は、ウイトラコチェを頬張りながらにっこりと微笑んでいた。

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