第20話 かわいい人
鎖につながれた番犬が侵入者に向かって吠えかかるがごとく、熟したカボチャが襲いかかってくる。
ベルは鼻歌を歌いながら、蔦を切っては手刀、蔦を切っては手刀、と繰り返していった。
「こんなものかしら」
静かになった畑の真ん中で、額に浮かんだ汗を拭いながら「ふぅ」と息を吐く。
その表情は晴ればれとしていて、とても満足そうだ。
魔王城では侍女に囲まれて、なおかつ畑には専属の畑師がいたから、ベル自身が作業することはなかった。
汗と土に塗れた姿は、姫として褒められたものではないけれど、これが本来の自分の在り方だったのではないかと思えてくるから不思議だ。
「清々しい気分だわ」
森からは、秋虫たちのさまざまな声が聞こえてくる。
リーリー、コロコロ、キリキリ……。
受け取り手によってはノイズにしか聞こえないそうだが、ベルは嫌いじゃない。
「田舎の秋って感じで、たまらないわ。そうだ。秋といえば……バッタやイナゴもおいしい時期よねぇ」
香ばしいサクサクとした食感を思い出すように、目を閉じる。
ベルが生まれる前は定期的にバッタが大量発生していたそうだが、彼女の父が魔王に即位してからはすっかり国内の環境も整備され、今はもう発生することはないらしい。
それを聞いた時は、床に這いつくばって泣いたものだ。
すっ飛んできた宰相にすぐ抱き起こされたけれど、魔王は指さしてゲラゲラ笑っていた。
魔王は恐ろしい見た目をしているが、平和主義だし、笑い上戸なのだ。
「残念だわ」
本当に、残念でならない。魔王のことも、
ベルはしみじみと、一人つぶやいた。
さらに賑わいを増す虫の音に耳を傾けていると、ケイトの気配が近づいてくるのを感じた。
目を開けると、カゴを背負い、トウモロコシの茎を束ねたものを抱えたケイトがやってくるのが見える。
「お疲れさま。どうだった? トウモロコシ、無事に収穫できた?」
「一応、収穫はしてきたのだが……」
言い淀むケイトに、ベルは首をかしげた。
何か問題でもあったのだろうか。
(でもなんだか……ウキウキしているみたい?)
心なしか、ケイトの声は明るい。
だけどちょっとだけ、不安そうな気配も感じられる。
投げたおもちゃとは違うおもちゃを取ってきた時の犬みたいな顔、と言えばいいのだろうか。
よくわからなくて、ベルは困ったように眉を寄せた。
そんな彼女へ、やはりどこか浮き足立っているような声でケイトは言った。
「今、見せる」
ケイトは素早く畑を見回したあと、ゆっくりとベルの方へ歩いてきた。
どうやら彼は、ベルが思っている以上にカボチャが苦手のようだ。
悟られないように気をつけているつもりなのだろうけれど、目がキョロキョロしていてわかりやすい。
落ち着かない様子で周囲を警戒している姿は、小動物めいていてかわいらしかった。
背はベルより高いし、足だって腕だって彼女よりも太いのに、どうしてかそう思う。
男に抱くには間違った感覚なのかもしれないが、思うだけなら自由だろう。
まったくおかしいということもないはずだ。弟に対して、かわいいと思うことはよくある。
(魔王に挑む度胸はあるのに、カボチャがこわいなんて。かわいい人ね)
まさかその『かわいい』が、守ってあげたいという
そのまま待っていても良かったが、弱いものいじめをしているような錯覚を抱いて落ち着かない。
それに、あまりにもケイトの歩みが遅くて、ベルは痺れを切らした。
ズンズンと歩いて行って、ケイトの手を取って。そのままカボチャ畑から撤退する。
手を繋いだ瞬間、わかりやすく肩から力を抜いたケイトに、
(この人、私のことを信用しすぎじゃないかしら?)
と、心配になった。
ケイトはまるで雛鳥のように、ベルの言うことをなんでも聞く。
だから彼女もつい、いつもの調子で振る舞ってしまうのだが……。
(だけど、それでいいの?)
ケイトを見つめたまま、ベルは自問自答する。
ベルはいつか手放すつもりで、ケイトを教育している。
だというのに、肝心のケイトは彼女の意と反するように、ここを離れがたく思っているような気がした。
ベルの気のせいなら、いい。
だけれど気のせいで済ませるにはあまりにも、ケイトはベルに懐いていた。
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