第19話 役に立つことをしよう
いつも通りに訓練を終えたあと、ベルとケイトは家のそばにある畑を訪れていた。
魔王城の畑のサイズに比べたらかわいらしいものだが、女性だけで管理するにはなかなか骨が折れそうな広さである。
もともとはレティが野菜の世話をしていたのだが、秋になってからは
ということで選手交代、今はベルが野菜の世話を一手に引き受けている──のだが。
「一人で世話をしていたのだけれど、追いつかなくて……」
そう言って苦笑するベルの前では、『猛犬注意』の張り紙をしたくなるようなカボチャがギャンギャンと暴れている。
犬ではなくカボチャなので吠えたりはしないが、初めて遭遇した時のショックを思い出して、ケイトは無意識にヒュッと息を飲んだ。
「地の国に来て早々に襲ってきたのが、カボチャだったのよね?」
「ああ」
「こわい?」
「怖いというか……驚く」
「私にはこれが当たり前だからなぁ……まぁ、いいわ。それで、カボチャを収穫する時のコツだけど……」
ケイトに慣れてきたのか、ベルの口調は次第にやわらかくなってきている。
高貴さが抜けるとますます素朴さが際立って、ケイトは愛しさを募らせた。
「コツは?」
ベルはチラリとケイトを見た後、手本を見せるように蔦をサッと切り、襲いかかってきたカボチャに手刀を見舞った。
ドムン、と鈍い音がして、カボチャはおとなしくなる。
「蔦を切ったら、すぐに気絶させること」
「すぐ気絶」
「ななめ四十五度からスパッと手刀を入れるのがいいわ」
「ななめ四十五度」
鮮やかなお手並みだ。洗練された動作は、彼女がただ甘やかされて育っただけのお姫様ではないことを示している。
とれたてのカボチャを見つめる慈愛に満ちた目は、農業従事者のそれだった。
「蔦を切る前に気絶させることはできないのか?」
「蔦を切る前に黙らせるには、腐るまで待つか、破壊するかの二択しかないの」
なるほど。それだと、食材としては使えない。
「カボチャの収穫のポイントは、即気絶」と、ケイトは頭に刻み込んだ。
「カボチャにナス、ニンジン、ジャガイモ、サツマイモ、あとはダイコンに……ああ、トウモロコシも最後のものがまだ残っていたわね」
「たくさんあるのだな」
「せっかくだからってあれもこれも試していたら、このありさまよ。レティはよく一人でこなしていたものだわ。私一人じゃ、間に合わなくって」
ベルは、ことあるごとにレティの話をする。
大切な家族を自慢するように、愛おしげに。
ケイトはそれが少しだけ、面白くなかった。
だってベルは、ケイトのことをレティに話したりしない。
ケイトはレティと同じ土俵にすら立てていないのだ。
そう、詰まるところ嫉妬である。
(役に立つことをしよう。そうすれば、少しは近づける。はずだ)
気を取り直したケイトは、隣で畑を見回していたベルに尋ねた。
「僕は何をしたらいい?」
「そうねぇ。じゃあ、トウモロコシをお願いできる? 収穫するにはもう遅い時期だから、襲うこともないと思う。ただ……もしかしたら病気になっているかもしれないから、その時はまた声をかけて」
「わかった」
カボチャの収穫に向かったベルと別れ、ケイトはトウモロコシの畑へ向かった。
そよそよと吹く夜風は湿り気を帯びている。最初は咳き込むほど苦手だった
「人生初の体調不良は、おそらく瘴気のせいなのだろうな」
おそらくは、体を地の国の環境に合わせるために。
風邪をひいたら熱が出るのと同じように、ケイトの体は発熱することで免疫力を上げ、瘴気に対応したのだ──と彼は推測している。
トウモロコシのスラリと伸びた茎は、ケイトの背よりも高かった。
およそ二メートルと言ったところか。
収穫するにはもう遅いと言っていただけあって、残っているのは数本だけだった。
「ん? これは……」
見覚えのある形に、「おや」と眉が上がる。
「まさか地の国にも、
懐かしさに、頬が緩む。
人によっては目を背けたくなるような代物を、ケイトは手際良くむしっていった。
そのまま十本ほど収穫して、背負っていたカゴへ入れる。
残った茎は引っこ抜き、持ちやすいように紐で括った。
収穫後に残る茎葉は残さと言い、畑に残すと次の栽培に大きく影響する。
堆肥化するのが良いのだろうが、ケイトには少し気がかりなことがあったので、ベルの判断を仰ぐことにした。
「さて、行くか」
立ち上がった瞬間、コツンと踵に何かが当たる。
なんだろうと振り返ると、親指ほどの小さなジャガイモが、ケイトの足に体当たりしていた。
「小芋はそのまま揚げるのがうまいんだ」
小芋の揚げ物に軽く塩を振ったものの味を思い出したら、ケイトの腹がキュウッと鳴いた。
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