4章 おばけトウモロコシ ウイトラコチェ 

第18話 秘密の恋人みたい

 ケイトがベルと出会ってから、早くも三カ月が経とうとしている。

 季節は夏から秋へ移り、森に生えている木々は、それぞれ独特の色に変化していった。


 木の実が落ちるようになると、未だ会ったことがないもう一人の同居人は、毎日楽しそうに外へ出かけて行った。

 腰に巻いたエプロンをカゴ代わりにして、呆れるほど大量の木の実を持ち帰ってくるのを見たことがある。


 もっとも、ベルはもう一人の同居人にケイトの存在を知らせていなかったし、どうやら今後も隠し通すつもりのようだったから、こっそりと遠目に見ただけだが。


 もう一人の同居人はひどく臆病で、人なんて見たら卒倒してしまうような魔族らしい。

 魔族といえば人の数倍は強いイメージしかなかったので、聞いた時は「そんなか弱い魔族もいるのか」と驚いた。


 もしも倒れてしまったらかわいそうだもの。

 そう言って困ったように笑うベルの口調は、けれどちっとも困っているようには聞こえなくて。

 ケイトは、ベルはもう一人の同居人のことをとても大切にしているのだなと思って、羨ましくなった。


「この時期のレティは忙しいの」


 もう一人の同居人が寝静まるのを、耳をそばだてて待ちながら、ベルは言った。


 ケイトの活動時間は、もう一人の同居人が眠ってから始まる。

 地の国では人の国のように日が昇ったり沈んだりしないからわかりづらいが、なんとなく夜行性の生き物になったかのような錯覚を抱いて、新鮮さに心が浮き足立つ。


 早寝早起きの健康的な朝型だったケイトが、憧れだった夜型生活をこんな形で叶えることになるとは、本人も予想できなかったことだろう。


 ベルはもう一人の同居人とケイト、二人と生活するために、昼から夜中にかけて起きるようにしているようだ。


 自分のことがなければ、もう一人の同居人と同じ時間に生活していたのだろうなと思うと、面倒をかけている申し訳なさを感じる。

 だが、彼女が自分のために時間を割いてくれていることに、ケイトは喜びを隠せない。


(夜しか会えないなんて、秘密の恋人みたいだな)


 勇者と魔王の娘。まさにうってつけのシチュエーションだが、そんな関係になりたいと思っているのはケイトだけのようだ。


 魔族について教えてくれるたび、生き残る術を教えてくれるたびに、いつか手放すことを匂わせている彼女に、ケイトは毎度のように少なからず凹んでいる。


 どうすれば手放したくないと思ってくれるだろうか。

 最近のケイトはそればかり、考えている。


 できることを指折り数えても、ベルの方が得意だったりして、情けないことこの上ない。


 頭の奥深く、もう忘れたものと思っていた元仲間たちの「絶対に迎えにくるから」という言葉が制止をかけるけれど、ほんのつかの間だけだ。気づくとまた、ベルのことを考えている。


「彼女はリス獣人と魔族のハーフで……獣人の方の血が濃いから、冬になると冬眠するのよ」


 冬になったら、ベルと二人きりになれるらしい。

 朗報に、ケイトの表情が明るくなる。


(嬉しいが、自制が効かなくなったらどうしよう)


 隣で眠ることに慣れたと思ったら、これか。

 もはや試されているとしか思えない。いや、むしろ試されているのか?


 ケイトがアスモから逃げてきたことを、ベルは知っている。

 もしかしたらケイトが男としてかどうか試しているのかもしれない。


(……そんなわけ、ないか)


 おかしな考えを打ち消すように、ケイトは頭を振る。

 そんな彼に、ベルは小さく首をかしげた。


(いくら大きいとはいえ、一つのベッドで並んで寝ているのだぞ?)


 手を出すならとっくに出しているし、出せる距離を保っている。

 つまり、これ以上試す必要なんて、どこにもないのだ。


「ん。レティ、寝たみたい。そろそろ、行きましょうか?」


 壁際に置いた椅子に座っていたベルが立ち上がる。

 スタスタと歩き出す彼女は、ケイトがついてくると信じて疑いもしない。


「まぁ、その通りなわけだが」


「なにか言った?」


「今日は何を学ぶ予定だったかな、と」


「今日? 今日は、空中から魔族が襲ってきた場合の対処法を練習するつもりよ」


「そうか、わかった」


「ああ、でも」


 振り返ってくれたら、嬉しいのに。

 そう思っていたら急にベルが振り返ってきて、ケイトの心臓は跳ね上がった。


「終わったら、ちょっと手伝ってもらいたいことがあるの。いいかしら?」


「あ、ああ。大丈夫だ、手伝う」


「よかった。じゃあ、よろしくね」


 ベルの小さな唇が、キュッと上がる。

 そんなささやかなしぐさでさえ、かわいいと思ってしまうのだから、恋ってやつは厄介だ。


 再び歩き出したベルを追いかけて、ケイトは部屋を後にした。

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