第13話 何を置いても、おいしいごはん

 非常に残念なことに、ケイトが捕まえたウサギは数分もたたずに衰弱して死んでしまった。

 瘴気しょうきに耐えられなかったのか、それとも他のことが要因なのかはわからない。


 それでも、死んでしまったものはもう元には戻らない。

 暴食の名を戴く姫として、ベルはありがたく食べることにした。


 ケイトへのサバイバル教育を取りやめ、家へ帰る。

 レティは熟睡しているのか、家の中はしんとしていて静かだった。


 この家はベルが特別に注文して建てたもので、防音はもちろん、防臭防菌加工もしてある。

 キッチンの他に肉を下処理する部屋もあり、その他にも、狭いながら皮を加工する部屋や燻製くんせいする部屋なんかもあったりする。


 ベルは暴食姫ではあるけれど、見境なく殺して食べているわけではない。

 彼女にだって、それなりの美学ルールがある。

 命をいただく以上、すべてを無駄にしない。皮を加工する部屋があるのは、そのためだ。


 ベルはケイトに家の中を案内したあと、目的地である下処理の部屋へ入った。

 ガランとした部屋は、食肉処理場というより診察室のような印象を受ける。かすかに感じる消毒液の匂いが、そう思わせるのかもしれない。


「まずはウサギを洗いましょう」


 洗い場へウサギを寝かせるよう指示しながら、ベルは言った。

 金属製の洗い場へウサギを下ろしたケイトは、渡されたエプロンを身につける。

 エプロンには特別な加工がしてあるのか、弾かれた水がスッと流れていった。


「その次は?」


「その次は生体検査をするついでに瘴気を抜く作業をするの。あ、シャワーを任せてもいいかしら? 私が洗うわ」


「わかった」


 ケイトにシャワーを任せ、ベルは丁寧にウサギを洗っていった。

 なかなかふくよかな体つきをしているウサギに、期待が高まる。

 ベルは知らず、笑みを浮かべた。


 だが、病気持ちだったら大変だ。

 ベルはまだしも、ケイトが食べられるかあやしくなってくる。


 瘴気で鍛えられている魔族と違い、綺麗な空気と綺麗な水で育ってきた人は毒に弱い。

 人の中には体を毒に慣らす強者つわものもいるそうだが、ベルのようになんでも食べたいがために克服する人はまずいないだろう。


(でも、せっかく仕留めたのだもの。食べたいわよね?)


 チラリとケイトを見ると、ばっちり目が合った。

 ほっこりとした、何やら癒やされ中のようなしまりのない顔で笑いかけられて、びっくりする。「ん?」と発せられた声はどこか甘えているようにも聞こえて、ベルは戸惑った。


 いったい、何があったというのだろう。

 ウサギを食べることが、それほどまでに楽しみだということなのだろうか。


(それならそうと、言ってくれたら良いのに)


 魔法で出した温風でウサギを乾かしながら、つい上機嫌になって鼻歌を歌いそうになる。


 ベルは食べることが好きだが、誰かと一緒に食べることはもっと好きだ。

 それに、作ったものを「おいしい」と食べてくれる姿を見ると、幸せな気持ちになる。


 とはいえ、ベルが調理するものは大抵が珍味ゲテモノなので、付き合ってくれる者はほぼいない。

 数少ない理解者の一人が父である魔王なのだが、追放されてしまったのでしばらくお預けだ。


 だからケイトが付き合ってくれると、とても嬉しい。

 人である彼が食べても大丈夫なように、また付き合ってもいいかなと思ってもらえるように、ベルはいつも以上に気合いを入れた。


 洗い場から作業台へ移動すると、ベルは今までにないくらい熱心にウサギを検査した。

 といっても、難しいことは何もない。魔力をまとわせた手をウサギにかざし、【鑑定】するだけだ。

 真剣な顔をして鑑定魔法を使用するベルを、ケイトは息を潜めて見守る。


「それは何をしているんだ?」


 静かにするよう言ったわけでもないのに、内緒話をするように小さな声で恐々と尋ねてくるケイトがおかしくて仕方がない。

 ベルはたまらず、吹き出した。


「気を使うような作業ではないから、普通に話して大丈夫よ。部屋には防音加工もしているから、安心して」


「そうか。鑑定は難しい作業だと聞くが、あなたはそうではないのだな」


「魔族は人より魔力保有量が多いから。今は、死因を調べているわ」


「死因か……」


「心当たりはある?」


 ケイトは「ふむ」とつぶやきながら、考えるように片手で口を覆った。

 やがて、ベルの鑑定が終わる。


【死因、ストレス。瘴気耐性なしのため、抵抗できなかったと思われる】


 死因がストレスだなんて、魔獣に追いかけられでもしたのだろうか。

 しかしそれにしては、傷一つついていない。


 作業台に横たわるウサギをじぃっと見つめていると、横からケイトの手が伸びてきて、柔らかな茶色の毛を慈しむように撫でた。


(フワフワの毛並みは触り心地が良さそうね)


 綺麗に剥いでなめしたら、首に巻いてモフモフしたい。

 頰とか口の周りとか、フワフワしたものを押し当てるのは、とても癒やされる。

 巻いたところを想像してニヤついているベルに、ケイトは答えた。


「ウサギが死んでしまう理由の一位はストレスと言われている。構わずに放っておくと、寂しさからストレスを感じて死んでしまうんだ」


「そんなに弱い生き物なの? 地の国では到底、生き残れないわね」


「ああ。だから僕がいた国でも、食用ウサギはそんなにメジャーではなかった。ペットとして飼う人の方が圧倒的に多いと思う」


「あなたはウサギを飼ったことがあるの?」


「いや、僕は食べる方だった。勇者なんて呼ばれていたが、もともとは農民でね。よく罠を仕掛けて獲っていたよ」


 何の気はなしに振った話題だったが、ケイトにとってはあまり良いものではなかったようだ。

 答える声は、ややくらい。


 ──勇者なんて呼ばれていたが。

 その言葉が、やけに耳に残る。


(呼ばれていた、なんて。まるで、もう勇者じゃないみたいな言い方ね)


 諦めてしまったのだろうか。

 もちろんベルとしては嬉しいことなのだけれど、なにもかもがどうでもいいという投げやりな気持ちは良くない気がする。


(そんなことじゃ、生き残れないもの!)


 生きたい。

 そう思わせることが、大事だ。


 そのためには……何を置いても、おいしいごはんである。


「ウサギって、どんな料理と相性が良いの?」


「パスタ、シチュー、カレー、あとはハンバーガーもいいな」


「なるほどね。任せて、全部作ってあげるから!」


 どーんとおまかせあれ。

 そう言って胸を張るベルに、ケイトは「楽しみだ」と笑った。

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