3章 迷子の迷子のうさぎさん
第12話 あまりの寂しさに、耐えかねて
レティが寝静まったのを見計らって、ベルはケイトを連れて家を抜け出した。
人の国と違い、地の国に昼も夜もない。
常に空は不気味な色をしていて、赤い月が浮かんでいる。
それでも、月の位置や大きさ、空の色でなんとなく時間を把握することはできる。
今の時間は、人の国で言う午前一時くらいだろうか。あくまでベルの知識の範囲で換算するなら、だが。
あながち間違いでもないだろう。
空にポッカリと空いた人の国とつながる穴から、日の光が漏れていない。
ベルが初めてその穴を見た時は、うっすらと金の光が漏れていたから、今は日が出ていない時間ということになる。
家から少し離れたところにあった切り株へ腰掛け、ベルは宣言通りケイトのサバイバル教育を開始した。
魔王にあっさり負けてしまうような勇者だ。どんな環境でも生き残れるように、基本中の基本から教えるべきだろう。
ベルは、真剣な面持ちで彼女の言葉を待っているケイトを見た。
美形揃いの地の国で目が肥えているベルでさえ、ケイトの容姿は整っていると思う。
看病していたから気づけたことだが、彼は着痩せするタイプらしい。
スラリとした体躯には無駄なく筋肉がついていて、かといって鍛えすぎることもなく、ベルの目にはちょうど良く映る。
(見た感じ、体格に問題は見受けられない。ということは、使い方がなってないのよ)
生き残るために必要なこと。それは──、
「まず落ち着くことよ」
勇者が負けた理由。
それは圧倒的な力の差が大きな要因ではあったけれど、それだけでなく勇者たちの気持ちが高ぶりすぎていたことにもある。
心拍数が上がると、認知機能が落ちる。
冷静な判断ができないと、できるものもできなくなるものだ。
「まずは体を動かさずに、座って呼吸を整えるの」
ベルの言葉を疑いもしないで、ケイトは素直に切り株の上へ腰掛けたまま、深呼吸を繰り返す。
あまりに従順で、少し心配になるくらいだ。弟を
(んん? 弟って……)
もしかしたらベルは、自身で思っているよりも家族のことが好きなのかもしれない。
追放が決まってから、やけにきょうだいのことを思い出す。
ケイトのことを心配するのは、弟の代わりに見立てようとしているかのようだ。
(あまりの寂しさに、耐えかねて……?)
おなかのあたりが、ぽっかり空いているような気分だ。
これが、ホームシックというものだろうか。といっても、魔王城は遠くに見えているのだけれど。
「呼吸が整うと、認知機能が向上するな」
木々の向こうに小さくある魔王城のシルエットを見つめていると、不意に声をかけられた。
ケイトの声は明るく、しんみりとした気持ちは、あっという間に消えてなくなっていく。
これが勇者の力なのだろうか。
だとしたら、恐ろしい力だ。なにせ、一声かけるだけで寂しさが消えてしまうのだから。
「落ち着いたら、自分が置かれた状況を見つめて、それにどう対処できるのか考えるのよ」
「見極めることは大事だな」
「わかっているじゃない。状況が把握できたら、戦略を立てる。必要に応じて計画を修正することを恐れてはいけないわ」
言いながら、ベルはその通りだと思った。
(勇者を逃がす。そのために、教育する。今はただ、それだけよ)
その時、ガサリとベルの背後にあった低木が揺らいだ。
二人の鋭い視線が、そちらに向けられる。
「すぐに動かなければならない差し迫った場合に動くのは、」
「それは、例外」
ベルが答えると同時に、ケイトが動く。
大きな危険を感じなかったので、ベルは彼に任せることにした。
飛び出していった彼は、低木の中へむんずと手を突っ込み、そして引き摺り出した。
フワフワの毛玉が、ケイトの腕の中へおさまる。
こんがり焼いた、きつね色の毛。体長四十センチ、体重二キロほどの丸い体に、長い耳。
地の国には存在しない、いかにも無害そうで食べがいがありそうな生き物のその名は──、
「アナウサギだ」
「ウサギ。これが……!」
ケイトの腕に抱かれ、忙しなく鼻をヒクヒクさせているのは、
生まれて初めて見たウサギに、ベルは目を輝かせた。
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